迷宮攻略3
ニケはメルに対して視線を向け頷くと、自分が言われている内容について語り始めた。
「あたいに聞こえている内容は、アスを殺してしまえにゃ! 殺ってしまえば、ショウヤはあたいに惚れるって言ってるにゃね! 心の不安って言うよりも、本気でそう思っている節も有るのにゃけどね!」
最後の言葉が少々気にはなったものの、実際以前から彼女自身がそう言っていたので、今だに本音の部分は変わらないんだな、と受け止めるだけ受け止める事にする翔哉とアス。
続いて三人は、メルに対し無言で視線を送り、彼女にも内容を話すように促す。
「えっと......私だけどなー。ショウヤが年下のクセにちょっとムカつく。だってさ。生意気だし、ろくに訓練もしないでチートな能力を持ってる所とかな!」
何かが少し足りないような気もするが、全員の内容が出揃ったところで、緊急の対策会議が開かれる事になる。
相変わらず両側から聞こえてくる声がうるさい中、アスが先ず意見を言う。
「私、その詩ついては聞いた事が無かったんだけど、壁から聞こえる声に従うか抗え。だっけ? だとしたら私は当然、抗う方を選ぶよ!」
翔哉も当然、彼女の意見に同調する。
「僕も当然、壁の声には抗うよ! もうそんな事は、とっくの昔に解決済みの問題だしね!」
続いてメルは言う。
「私の場合、従うとか抗うとか言われても、ムカつくから何なんだ?って話なんだよな」
「あたいの場合は、アスを殺っちゃえば良いだけだから、簡単にゃね!」
ニケの短絡的な言い様に翔哉は釘を刺す。
「そんな事したら、僕はきっとニケの事を許せないと思う」
翔哉がはっきりとそう言うのに乗っかり、アスも言う。
「そうだよニケ! 壁の声になんて惑わされちゃダメだよ! ショウヤの気持ちだって、前に私が言った通りだったでしょ?」
「わかったにゃ! そう言う事にゃらあたいも壁の声に抗う事を選択するにゃよ」
各々の方向性が決まったところで、四人は相変わらずうるさい壁の声を聞きつつ、ひたすら前へと進み続ける。
通路の突き当たりには、詩にあった通り両開きの扉が有り、四人は緊張しつつもその先へと進入する為に、恐る恐る扉に手を掛けた。
特に神気を流すなどの必要もなく、その扉はまるで四人を招き入れるかの如くあっさりと開放してしまう。
扉の向こう側は洞窟の内部となっているようで、四人は出口と思われる薄明かりの見える方へと向かい歩いて行く。
数十メートル歩いた所で、何故か彼らの耳に波のような音が聞こえてくる。そして、洞窟の出口を潜った四人は、その先に広がる光景に驚愕のあまり言葉を失ってしまう。
地下2,000メートル以上の迷宮内部であったにも関わらず、そこには満天の星が煌めく浜辺が広がっていたのだ。
そんな彼らの耳に女性の美しい歌声が響き始め、その声の方を見やると、鳥の翼を持った、下半身が魚の姿をした女性が、鎖を幾重にも巻き付けられた状態で岩場に腰かけていた。
歌声に誘われるように、彼女の方に近付いていく翔哉達。
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「そうだよね。確かに雪菜の言う通りかも知れない。ちゃんと気持ちも聞かないで決めつけたりして、すまなかったよ涼森!」
「えっ!?」
何故か翔哉の周囲は、あの日の教室に場面が変わっており、召喚される直前の状況になっていたのだ。
「翔哉くんだって本当は、皆の輪に入りたいって思ってるんだよね?」
雪菜の問いに翔哉は何となく答えてしまう。
「うん、皆と仲良くする事は良い事だとは思うよ」
「それなら帰るなんて言わないで、皆と一緒に後夜祭に参加しよ?」
しかし、翔哉は即答する。
「ううん、僕には戻らなければいけない所が有るから、皆と一緒には行けないよ!」
その答えを聞いた雪菜と隼人は、あからさまに不機嫌そうになり再び翔哉に問う。
「戻らなければいけない所? 私達と一緒にいる事よりも大切な所なの?」
「せっかく雪菜がそこまで言ってるのに、涼森お前、何様のつもりだよ!」
「ごめんね......でも、僕にはアスって言う大切な存在が出来たんだ! だから、僕は彼女の元に帰らないといけない!」
太志がアスの名前に反応して、翔哉を馬鹿にするような発言をする。
「はぁ?アスだー? 誰だそりゃ? アニメの中のヒロインの名前か? 涼森ちゃんは現実の女よりも二次元の彼女の方が大切なんだってよー」
その場にいた全員が爆笑を始め、雪菜は再び問う。
「翔哉くんは皆と一緒にいる事よりも、そんなにアニメの中のヒロインが大事? もう一度だけ聞くよ! 皆と一緒に後夜祭に参加しよ?」
「何度、誘われても答えは一つだよ! 僕は皆と一緒には行かない!」
翔哉の答えを聞いた雪菜の表情は、悪鬼の如く歪んでいく。
その直後、空間も歪み始め、今度は翔哉の周囲が大樹海に有るバルハーラ族族長の家の中に変化する。
正面に座るギルバートは言う。
「私の大切な姪が人間などと結婚するなど、認めるわけにはいかない。彼女にはいずれ、私が然るべき相手を見つけて結婚させるつもりだ! それともショウヤ! お前は人間である事を捨て、この部族の一員になる覚悟でも有ると言うのか?」
どの口がそんな事を言うのか?
そう思った翔哉は、彼に対して正論を展開する。
「大切だと言うわりには、彼女の事を平気で殺そうとしましたよね? 自分の目的の為とは言え、簡単に殺せる相手を大切な存在だなんて、果たして言えるんでしょうか?」
「何を言っているのショウヤ! 叔父さんが私の事を殺す? そんな事するわけないじゃない!」
何故かその場に同席しているアスがそう言う。どうやらこの世界では、部族の裏切りの件は無かった事になっているようだ。
続けてアスは、悲しそうな表情になりながら言う。
「ショウヤが部族の人間になるって言ってくれるって信じてたのに......やっぱりショウヤは、ハイエルフの私なんかと結婚する気なんて無かったのね?」
彼女の問いに対し、翔哉は迷うこと無く返答する。
「うん! 僕は部族の一員になる気は無いよ! 女神様の所に行くって言う目的が有るからね! 一緒に行くって約束したよね?アス」
「私はマリーザ様の所に行く気なんてないわよ? ショウヤが部族の一員にならないって言うなら、もう良いよ! そんな危険を冒してまで付いていく程、私あなたの事を愛してなんかいないもの! さようならショウヤ......」
「うん、わかったよ! 偽物の君には、一緒に付いてきてもらわなくても大丈夫だからね!」
翔哉の返答を聞いたアスの表情は、先程の雪菜と同様に悪鬼の如く歪んでいき、再び空間も歪み始めた。
そして、彼の周りは再び元の浜辺へと戻ったのである。
「ちっ、純度の高い神気を吸えると思って期待していたのに、とんだぬか喜びだったな! 私の幻惑が全く効かないなんて、状態異常の耐性でも持っているのか?」
半人半魚?鳥の女性がそう言ちる。
「状態異常耐性? 確かに持っているね! でも、前もってどうするか決めていたから、迷うことなんて無かっただけだと思うけどね!」
「決めていたと言うのは、聞いていたから知っていたさ! そんな事は想定内だ! 壁の声はあくまで幻惑にかかり易くするための物に過ぎないのでな。見てみろ! 他の者達は皆、完璧にかかっているようだぞ?」
そう言われた翔哉が周囲を見渡すと、他の三人はタコの足のような触手に巻き付かれており、生気を失っているような青ざめた顔をして気絶しているようであった。
アスに巻き付いている触手を切り離そうと、剣擊を加える翔哉。しかし、彼の体は強烈な衝撃波により弾き飛ばされてしまう。
「ははは! 無駄だ! いくら神気を持ってしても、条件付きの結界はそう簡単には破れん!」
「条件付き? どんな条件なの?」
「心に迷いが生じている間は、絶対に破られないと言う条件を付けたのだよ。その代わり対象に一切の迷いが無かった場合は、砂の城のように脆くなってしまうのだがな」
話を聞きつつも、アスの危機とあらば黙っているわけにもいかない翔哉は、懲りずに剣擊を触手に向かって加え続ける。
「この触手が巻き付いたままの状態だと、どうなっちゃうわけ?」
「わかっているのだろう? ご想像の通りだ! 生命力を吸い尽くされて、いずれは死ぬ事になる」
尚も触手を切り離そうとしながら、その魔物に質問をする翔哉。
「結界が張ってあるのは、この触手だけ?」
「おっと! 本体である私を攻撃しようと思っているのだろうが、それは無駄な事だぞ? この鎖はマリーザの結界が張ってあって、私の条件付き結界よりも遥かに強力だ! まぁ、そのせいで私も、この場所から何千年も動けないでいるのだがな」
完全に彼女から思考を読まれていた翔哉は、少しだけ焦り始める。
制限解除を使っても結界を破れる保証がない以上、安直に使うと言う選択も取れない。
もはや、本人達の意思の強さに任せるより他ないのか? 翔哉がそう思い始めたその時だった。
彼の体から強烈な神気が発せられ、その光は波紋のように広がり、タコの足のような触手はまるで炭化したかのようになって、ボロボロと砕け散ってしまったのである。
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