迷宮攻略1
神殿らしき建物がハッキリと視認できる距離まで近付いた所で、ハーピークイーンは突然口を開く。
「悪いがこの辺りで私の役目は終わりだ!」
「えっ? どう言う事?」
「神殿の周りには魔物を寄せ付けない様にする為の、強力な結界が張り巡らされているようでな。私の力を持ってしても、その結界を破って入る事が出来ないんだよ。まぁそもそも、そんな所に入る必要も全く無いわけなんだけどな」
ハーピークイーンはそう言うと、翼をはためかせ10メートルくらい上空で一旦制止し、翔哉に再び言葉をかける。
「次にまたここにやって来る機会が有ったらまた戦おう! それまでに更に魔力を高めておくのでな! では、さらばだ!」
最後の挨拶を済ませた彼女は、そのまま元来た方向へと飛び去って行ってしまった。
「またここに来る事なんて有るのかなー?」
翔哉は独り言ちると、再び神殿が見える方へと向かい歩き出す。
ハーピークイーンは、神殿の周りに結界が張り巡らされていると言っていたわけだが、翔哉達にとっては全く関係無いらしく、彼らが近付くのを阻害されるような事は一切ないようだった。
神殿の周囲だけは何故か草花が生い茂っていて、美しい花畑には外界にいるような蝶などの昆虫が舞っていた。
その花畑を突っ切って行き、白銀色に輝く神殿へとどんどん近付く翔哉達一行。
ずっと存在感を消していたアトラが突然、喋り出す。
「あの神殿の中に、マリーザの元へと通じる迷宮の入り口が有るのね? お姉さん、彼女に会うの初めてだから緊張するわ~」
口調や声からアスでは無い事はわかるのだが、どうしても彼女の中から発せられる声には違和感が消えない。
特に翔哉はそう感じていたので、ただの独り言だと処理して黙っていたのだが、アトラは少し機嫌を損ねたらしく翔哉に対して突っ掛かってくる。
「旦那様、酷~い! 私の事は無視? 無視なの? ぷりぷりっ!」
「えっ? 僕に対して話しかけてたの? 気付かなかったなぁ...ごめんごめん!」
翔哉が気の無い謝罪をすると、アトラは報復だとばかりにある行動を行う。
「キャッ!!」
何故か叫びながら両肩を抱いてしゃがみ込むアス。
「どうしたの?アス、大丈夫?」
「う、うんダイジョ...ヤンッ!!」
翔哉が心配してアスに近付くと、再び彼女の中からアトラの声がしてくる。
「私の事を怒らせたら、アスちゃんの敏感な処に悪戯しちゃうんだから! 私とアスちゃんは一心同体みたいなものなんだから、私の事も大切に扱ってね!」
よくよく考えてみたら、大精霊とは天災そのものである。そんな危険極まりない存在に、肉体を人質に取られているようなものなのだ。いくら力を得られるからと言って、もう少し慎重に考えるべきだったのかも知れない。
そんな事を今さらながらに、思い始めるアスだったのである。
「わ、わかったから、それ以上アスの体に変な事をしないで!」
翔哉がアトラに対してそう懇願すると、彼女は更に過激な事をのたまう。
「本当にわかったの? あまり私の事を怒らせてばかりいたら、旦那様がアスちゃんの体を調教する前に、私が彼女の体を隅々まで開発し尽くしちゃうからね♡」
そんな事を言われたアスのダメージは、かなり大きかったようだ。
彼女は真っ赤になった耳を両手で押さえて、地面にペタンと足を付けお姉さん座りをしながら、もはや立ち上がる事さえ出来なくなっているようだった。
「う、うん。わかったよ! アトラの事もう怒らせないって約束するよ!」
「本当かしらね~? まぁ良いわ! いつまでへたり込んでるのよアスちゃん! さあ、行くわよ!」
一体、誰のせいなのか?
四人は皆、漏れなくそう思ったのだが、やっとこの茶番から解放されると思い、余計な事は言わないようにと、誰も突っ込もうとはしなかったのである。
美しい花畑を抜け、神殿の入り口に到達した四人が石の階段を上ると、無数の石柱に支えられた屋根を持つその内部は明るく、はっきりとその様子を見る事ができた。
どう言う材質なのかはわからないが、その神殿を造っている石自体が白銀色に輝いている為に、照明が要らないくらい明るいのである。
突き当たりの壁には、試練の門と同じくらい大きな扉が中央に有り、その前に立った時、メルがまた詩の一部を言い始めた。
「白銀の門は試練の門と同じ。要はまた押せって事か?」
そう聞いて翔哉は無言で頷くと、その巨大な扉を押し始める。
「うわ! 試練の門よりも力が抜ける感じだよ!」
実際、見るからにその扉は強烈な青い光を放っていて、如何にも沢山のエネルギーを吸っているんだろうなと、想像できる感じに見えた。
そして、試練の門と同様に、白銀の扉は徐々に両側にスライドして開いていく。
翔哉は言ちる。
「この神殿の奥行きってそんなに有る感じじゃないし、やっぱりまた下に降りる階段でも有るのかな? ってやっぱそうみたいだね!」
開き始めた扉の向こうには、翔哉の想像した通りの下へと続く階段が見え始めたのである。
アスは翔哉に寄り添いながら、ギュッと彼の手を繋ぎ言う。
「ついにこの階段の先が迷宮なのね? この先どんな強い魔物が現れるのかしら? 私、怖いわショウヤ」
翔哉が返事をする前に、ニケが反応して言う。
「カマトトぶってるんじゃないにゃよアス! お前もう、あたい達よりも強いじゃないにゃか?」
ニケの言い様に反論するアス。
「この中で一番強いのはショウヤだよ? 一番強いショウヤに頼るような事を言ったって自然な事じゃない?」
ただ単に羨ましいだけとは言えず、反論されて余計に悔しい思いをするニケに対し、メルはそっと耳打ちをする。
「余計にストレスが溜まるだけだから、一々ちょっかいを出すのは止めなよ。それに、かえって印象が悪くなって、ショウヤに嫌われるだけだよ」
「ぐぎぎぎぎ~!!」
悔しさのあまり歯ぎしりが止まらないニケ。
四人は階段を下り始めたのだが、一人へそを曲げたニケは一番後ろに回り、仲の良さそうな翔哉とアスを口惜しそうに睨みながら下っていた。
階段を下りきった先は広い通路になっており、内部は試練の門の階段と同様に魔道具による明かりが灯っていて、視界は十分に確保されているようだ。
「右の壁の矢印に従え。確かに右の壁に矢印が書いて有るけど、上を向いてるんだよな......」
メルはそう言ってかなり困惑していた。
しばらく行くと左に折れる曲がり角にぶち当たる。左にしか行きようがないので一行は左に曲がったのだが、今度は右の壁の矢印が下を向いたのである。
「とりあえずよくわからないから、このまま真っ直ぐに行ってみようか?」
自信なさ気にそう言うメルに対し、翔哉とアスは生暖かい目で彼女を見守っていた。
行けども行けども真っ直ぐな通路は何処までも続く。30分、1時間、こんなに長い通路が有るはずもない。
流石にこれはおかしいと思った翔哉は、メルに戻る事を提案する。
「一旦、戻ってみない? やっぱり矢印が何か関係有るのかも知れない」
「戻るって、道はこれしか無かったわけだぞ!?」
「最初の曲がり角に何かヒントが有るのかも」
「そんなに言うなら一回そこを調べてみるか......」
メルの了承を得て、四人は一旦、踵を返して元来た道を戻り始める。
「ん? 矢印!」
翔哉が右の壁を見ながら言い、メルは叫ぶ。
「はぁ? どうなってるんだこれは!?」
何故か左側に描かれていたはずの矢印が右の壁に移っていて、その指し示す方向も左に変わっていたのだ。
しかも、5分も歩かないうちに先程の曲がり角が見えてきた為、驚きのあまり再び叫び出すメル。
「ループでもしてたって事なのか? ここに戻って来るには早すぎるだろ!」
曲がり角まで戻って来た一行は、一旦立ち止まって考え始める。
「突き当たりの壁は上になってるんだよね」
そう言った後で、翔哉は真後ろに向き直り突き当たりだった壁を見て叫ぶ。
「ん? 何も書いてないよ! ひょっとして、進行方向はこの壁の向こうなんじゃないかな!?」
翔哉が壁に手を触れると、彼の体はその中に吸い込まれていってしまったのだ。
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