空を翔る翔哉とアス



 アスとニケが二人がかりで両側から翔哉を担ぎ、四人は開き始めた門に向かって歩き出した。


「ごめん、二人とも。担いでもらってるのに、歩くのもやっとみたいだよ......」


「良いのよショウヤ。門の前まで行ったら、少し休みましょ!」


「そうにゃ! 動けなくなってはしまったにゃけど、あんな化物を一撃で粉々に破壊したショウヤは、やっぱり凄いにゃよ!」


「でも使いどころを間違えると、逆にピンチになっちゃうね......」


 戦闘の総括をしながらやっとな感じで、既に完全に開いていた門の前までたどり着いた翔哉達。


 門の向こう側には、一体何処まで続いているのだろう と言った感じの、底が見えない程の地下へと下る階段が、両側の照明に照らされ浮かび上がっていた。


「ショウヤ、まだ動けそうもないか?」


「うん、もう大丈夫そうだよ」


 メルに聞かれた翔哉は、回復したようなのでそう答えた。


 地竜を逃がし手荷物を纏めると、四人は階段を下り始める。


 魔道具なのか下り進む度に両側の照明が勝手に灯り、四人の視界を確保するが、まだ底が見えて来る様子はない。


「どんだけ長い階段なんだろうね?」


 翔哉の独り言にメルが答える。


「詩の一節に奈落の底に在りし迷宮ってあるけど、一般的には2,000メートル地下に有る大空間を越えた所に、その迷宮は存在すると言われているな」


「うげ~。2,000メートルも下りるとか、かなりしんどいね~」


 この中で一番、人外な身体能力を持っている翔哉だが、まだ完全には先程のダメージが回復していないようである。


 メルは翔哉に質問する。


「制限解除って一体何なんだ?」


「僕もあまり良くわかってはいなかったんだけど、名前からしてたぶん、パワーアップできるスキルじゃないかと思って使ってみたんだよね。こんなに反動が来るとは思ってなかったけど」


「ただでさえ人外レベルな戦闘能力なのに、そんな物まで使えるなんて、チート過ぎるにも程があるよな!」


 続いてニケが、ずっと気になっていた事をアスに聞く。


「ところでアスのスキルも、とんでもない破壊力にゃね? いつの間に、あんな強力なスキルを使えるようになったのにゃ?」


「ショウヤに教えてもらったのよ。武器に霊気を伝わらせる事で、強度と威力が上がるってね!」


 その話にメルとニケは興味津々な様子で食い付く。


「武器に霊気を? 霊気って身体能力が上がるだけじゃないのか?」


「その話が本当にゃら、あたい達も出来るようになりたいにゃね」


 翔哉は言う。


「後で時間が有る時にでもちゃんと教えるけど、イメージとしては力の流れを掴んで、その流れを体だけじゃなく、その先にも伝えるようにする感じ?」


「う~ん。それだけじゃ、よくわからないにゃね」


「後で実践してあげるよ」


「後で実践? 益々よくわからにゃいにゃ」


 そんな会話をしているうちに、四人はついに地の底までたどり着いたようである。


 階段を下りきり高さが30メートル程の洞窟を潜り抜けると、そこにはメルが言った通りの広大な地下空間が広がっていた。


 岩盤に生えている苔が、うっすらと緑色の光を放っているようで、ぼんやりだがある程度の視界は確保できるようだ。


 空間の高さは1,000メートルは有るだろうか。広さに関しては、もはや想像もつかない。


 上空には鳥らしき物が飛んでいるようだ。


 メルは言ちる。


「見える範囲に神殿らしき物は無さそうだな」


「神殿? 迷宮って神殿の中に有るの?」


「ああ、詩の一節によれば『奈落の底に在りし広大な空間を、魔の鳥の女王が指し示す方向へ進みし場所に、迷宮の入口となる神殿が現れる』とあるな」


「魔の鳥の女王...何だか嫌な響きだね」


 翔哉の吐露した不安の言葉は現実となったようで、アスが警戒するよう呼び掛ける。


「上空の鳥、約2,000羽から殺気を感じるわ! たぶん襲って来るわね! そのうちの一体、物凄く強いのが混じってるみたいだよ。皆、警戒して!」


「アス、そんなに沢山になっても、おおよその数までわかるようになったの? しかも、強さまでわかるなんて凄いね!」


 翔哉に誉められて、アスはとても嬉しそうである。


「アスの気配感知は、なかなか便利にゃね」


 今度はニケにまで誉められて、どや顔をするアス。最弱の汚名を返上できたのだから当然の事だろう。


 上空を陣形を組ながら旋回を繰り返していた鳥達は、ついに翔哉達の方に向かって急降下を始める。


 視認できる距離まで近付いたところで、ある事に気がつく翔哉。


「鳥じゃない!? 鳥人間(ハーピー)!?」


 鳥だと思っていた飛翔体は、両腕が翼になっていて、足以外は人の姿をした、鳥に似た亜人だったのだ。


 武装もしているようで、片足の鉤爪には器用に三股の槍を掴んでいる。


 一斉に降下してきた鳥人間達は、30メートル程の上空で羽ばたきながら一旦停止し、一人に対して5羽の割合で更に降下して襲いかかってきた。


 アスは距離を詰められる前に、迫り来る鳥人間達を片っ端から一撃で撃ち落とす。


 音速の矢は容赦なく彼らの胴体を貫通し、大きな風穴を開けていく。


 翔哉も群がる鳥人間達の槍による攻撃を難なく躱しながら、舞うような動きで次々と彼らの四肢を斬り刻む。


 メルとニケの二人は、ヒット&アウェイにて波状攻撃を繰り返す鳥人兵に対し、苦戦を強いられているようだ。


 ニケはアスの射撃を見て、自身も飛び道具による攻撃に切り替えるが、クナイのストックはすぐに尽きてしまい、再び防戦一方になってしまう。


 矢が尽きたのはアスも一緒で、弓矢以外の攻撃手段を持たない彼女は、メルとニケ同様に苦戦に陥ってしまった。


「なあアス! 精霊魔法で一気に殲滅とか出来ないのか?」


 防戦しながらそう言うメルに対してアスは答える。


「何だかアトラの話によると、殲滅系の精霊魔法は広範囲で無差別だから、仲間も一緒に殺しちゃうらしいよ。だから今ここでは使えないみたい......」


 アトラティエでは長いので、アスはいつの間にか彼女の事を、アトラと短縮して呼ぶようになっていたようだ。


「何にゃ、せっかく誉めてあげたにゃのに、やっぱり役立たずにゃね!」


 ニケの嫌みに対してアスはムッとしながらも、すぐに不敵な笑みを浮かべながら言う。


「見て驚きなさいニケ! 私の新スキル風脚をね!」


 アスがそう言った直後、彼女の周囲に気流が発生し、体がフワリと50センチくらい浮き上がる。そして、彼女は次の瞬間、もの凄いスピードで一気に上空まで飛び上がって行った。


「うわ!マジか! アスのやつ空まで飛べるようになったのかよ!」


「そんにゃの反則もいいとこだにゃ!」


 メルとニケは驚愕の叫びを上げた。


 空中を自在に飛び回り、乱気流を発生させて、次々と鳥人間の群れを撃破していくアス。彼女の魔法による真空の刃は、彼らの羽や胴体を容赦なく切り刻んでいく。


 2,000体いた鳥人間達の数はみるみるうちに減っていき、いつの間にか一際大きな一体と、僅かに生き残った精鋭と思われる者達が十数名だけになっていた。


「己れ! 私の可愛い子供達をよくも殺してくれたな! 代わりにお前を食らって、我が魔力に変えてやろう!」


 他の者達よりも倍くらい大きな、女性の体つきをした鳥人間は、そう言うとすぐにアスに向かって襲いかかる。


 そして、十数名生き残った精鋭達も同時に動き出す。


 彼らに乱気流や真空の刃は効かないようで、アスは鳥人間達に囲まれないように上手く立ち回りながら、ただひたすら逃げるばかりだった。


 しばらく逃げの一手を打つばかりのアスだったが、とうとう彼女は彼らに包囲されるような陣形を取られ、逃げ場を失ってしまう。


 アスは再び乱気流を発生させて抵抗を試みるも、元々その攻撃に耐えて生き残った連中である。そんな攻撃にはものともせずに、彼らは彼女に対して一斉に襲いかかってきたのだ。


『助けてショウヤ!』


 無駄とは思いつつも、瞬間的に心の中でそう叫ぶアス。


 自分のように空を飛ぶ事でも出来れば別だが、そうでもなければ助けにこようにも、来る事などできようはずもない。


『終わった......』


 彼女が自身の死を覚悟した瞬間だった。周囲から襲いかかる鳥人間達は、四肢を切り離され血飛沫をあげながら、次々と落下していったのである。


「アス! 大丈夫!? 助けに来たよ!」


「ショウヤ!」


 翔哉は空中を蹴りながら瞬く間にアスの元まで駆け上がって行き、一際大きな一体を除く精鋭の鳥人間達を全滅させてしまっていたのだ。

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