ドリュアスとの交渉



 そこは先程までの樹齢が何千、何万も有ると思われる大樹がそびえ立っていた空間と違い、明らかに数百年程度の樹齢であろう木々が生い茂る場所であった。


 翔哉達の周囲には怪しい霧が立ち込め始め、如何にもといった雰囲気を醸し出していたが、予想通り彼らが立つ地面はうごめき出し、先程まで地中に埋まっていた木の根っこが突然はい出してきたのだ。


 木々の幹に人の顔のような物が浮かび上がり、その中の一つが人の言葉を話し始める。


「ここから先は我々、精霊達の住む世界である。許可なく立ち入る事は許されない」


 交渉役は必然的に年長者であり、多少は彼らに対して知識の有るメルが担当する事となる。


「私達は女神の使徒だ。女神マリーザ様の神託を受ける為に、この先の廃都に有る地下迷宮に行きたいのだが、ここを通してもらうわけにはいかないか?」


 マリーザと聞いて、怯えた様子になるトレント達。しかし、先程の木霊が拒否の旨を返答する。


「あの禍々しい邪神の使徒達か。その名を出せば、我々が言う事を聞くとでも思ったのか? 当然、邪神の使徒と聞いて、ここを通すわけは無かろう!」


 どうやらトレント達は、この樹海に住んではいるものの、マリーザに服従しているわけではないようだ。


 疑問に思った翔哉が質問する。


「樹海に住んでいるのに、女神を信仰しているわけじゃ無いの?」


 木霊は言う。


「当然だ。この宇宙の全知全能なる神とは、ハーベの事である。主の力はマリーザの比では無い。例えこの世界を創った者がマリーザであったとしても、我々、精霊族は真の創造主であるハーベにのみ服従するのだ」


 その言葉にメルは問う。


「しかし、そのハーベを深く信仰する外界の人間達が、もしこの樹海に侵攻すれば、森は焼かれ、お前達もきっと絶命する事になるぞ! それでもこの森を守ろうとする私達に味方せず、ハーベに従うと言うのか?」


「お前達が抵抗する事なく、大人しく皆殺しにでもなれば、そのような事にはなるまい。結局のところ大層な事を言ったところで、所詮は種族同士の争いにすぎないのだ」


「くっ! それを言われたら身も蓋もないな。どうやら交渉は決裂らしい!」


 メルはそう言うと、刃に被せてあった革の袋を外し、スピアを構える。


 彼女の行動に呼応して翔哉達も各々の武器を構え、戦闘態勢をとった。


「実力行使でまかり通ると言うのだな? 良かろう! 串刺しにして、その躯を我等が養分と変えてくれよう!」


 木霊がそう言ったのと同時に、他の木々も徐に動き出し、這い出していた地面の根っこは無数の槍となって翔哉達に襲いかかり始めた。


 四人共、華麗なステップで根っこの攻撃を躱していくも、剣と爪により斬り飛ばす事が出来る翔哉とニケ以外の二人は、躱すだけで精一杯な様子である。


 アスはただひたすらに躱し続けるだけで、メルはスピアで凪払うも、その攻撃は何度も纏わり付いてくる蚊の如く、全くもってキリがない感じだ。


「足元にも気を付けろ!」


 メルの警告も虚しく、彼女がそう言った直後、アスの足首は根っこによって巻き付かれ、そのまま彼女は宙吊りにされてしまう。


 重力には逆らえず、彼女の豊かな部分は今にも服から溢れ出しそうである。


「キャーーーッ! ショウヤー!!」


 彼女の豊かな胸部に向かって、槍と化した根っこが襲いかかる。


 しかし、彼女の危機に瞬間的に反応した翔哉は、襲いかかる槍の根っこを斬り刻み、巻き付いていた根も切り離して落ちてくる彼女を抱き止めたのだ。


「ありがとうショウヤ♡」


 見つめ合う二人に、ニケは苛つきながら叫ぶ。


「二人だけの世界に入ってる場合じゃないにゃよ! 本体を叩くのを手伝うのにゃ!」


「うん、わかったよ! ちょっと待って!」


 翔哉はそうニケに返事をすると、アスに向かって言う。


「結界を張るから、ここから動かないでね! この間みたいに結界から出たりしちゃダメだよ!」


「うん、わかったわ! 動かないって約束する!」


 アスの返事を聞いた翔哉は、彼女の周りに結界を展開し走り出す。


 苦戦しているメルの周りを纏わり付く根っこの槍を斬り飛ばしながら、彼女に質問する翔哉。


「ところで本体ってどれの事なのかな?」


「あの浮き出ている顔の部分だよ。ただ、半端な攻撃じゃダメだけどな!」


 メルの言う通り、根っこの攻撃を躱しつつ顔の部分に近付き爪の斬擊を加えるニケだったが、抉られてもすぐに再生してしまうようで、本体は全くダメージを受けている様子は無かった。


 そして、その様子を見て翔哉はようやく気付く。


 斬り飛ばしていた根っこは、飛ばされた先に関してはただの破片となっているようだったが、切り口はすぐに再生して元の形に戻っているようなのだ。


「OK僕に任せて!」


 翔哉はそう言うと、ワンステップで一気に一体の木霊の顔に迫り、青白く輝きを放つ剣を振り下ろす。


「キェーーーーーーーーーッ!!」


 断末魔の叫び声を上げながら、その木霊は袈裟斬りに切断されてしまった。


 一斉に動きを止める木霊達。


 最初に言葉を発した木霊が再び話し出す。


「どう言う事だ? この力は神気のようだな。地霊を吸い上げても再生する事が出来ないようだ。使徒とは言え何故、人間ごときが神気を扱えるのだ?」


 代表と目される木霊がそう言った瞬間、大気はざわめき、落ちていた木の葉は舞い上がり次第に渦を巻いていく。


 大気の変動が収まると、先程までの木霊とは違う声が聞こえてくる。


 その場所には人ほどの大きさの、女神とも妖精ともつかないような姿をした、緑色の髪の女性が佇んでいたのだ。


「私はこの樹海の精霊達を束ねる、ドリュアスのアトラティエよ! あなたのようなイケメンがここに訪れるなんて、何百年ぶりかしらね? お姉さんとっても緊張しちゃうわ♡」


 何だか見た目のイメージとかけ離れた感じの話し方に、翔哉達は皆、唖然としてしまう。


 明らかに翔哉に対してだけ興味を示している様子の彼女であった為、それを感じ取ったメルは小声で彼に交渉役を託す。


「翔哉、お前に興味があるみたいだから、後は頼んだ」


「えっ、えーっ?」


 再び話し出すドリュアスのアトラティエ。


「うふふ♡ あなた達、ここを通りたいのよね?」


「あっ、はい! 女神様に会う為にここを通る必要があるので、通してもらえると嬉しいです!」


「いいわよ! ただし、あなただけはここに残ってちょうだい! 一緒にお姉さんのお家に行きましょ♡」


「あなたのお家に? 行って何をするつもりなんですか?」


「うふふ♡ お姉さんとずっと、仲良く暮らしましょ?」


 その言葉を聞いたニケは叫ぶ。


「ご主人様! 絶対に行っちゃダメにゃよ! 行ったら木の中に閉じ込められて、二度と出てこれなくなるのにゃ!」


 ニケの叫びに苛立ちの表情になり、急に汚い口調になるアトラティエ。


「余計なこと言うんじゃないよ小娘が!」


 思い出したかのように、今度はアスが話し始める。


「そう言えば、前にお父さんから聞いた事あったわ! ドリュアスに拐われた若い男は、木の中に引きずり込まれて、彼女が飽きるまで何十年も帰って来れなくなるって」


「何よ! あなたハイエルフでしょ? 私に逆らうなら、二度と精霊魔法を使わせてあげないからね!」


 どうやらドリュアスが精霊魔法の元締めであるらしい。


 彼女達のやり取りを黙って聞いていた翔哉は、再び口を開く。


「僕達が急がないと、もうすぐこの樹海の中で戦争が始まっちゃうみたいなんです! だから何十年も足止めされるわけにはいかないんですよ!」


「ちょっとだけでもダメなの? お姉さんと一時間くらいチョメチョメするだけでも良いのよ?」


 代わりにアスが応答する。


「チョメチョメって一体なんなんですか? 変な事だったらダメに決まってるでしょ!」


「うるさいわね、小娘2号が! 乙女に皆まで言わせる気? そうよ! ヤるのよ! 男女がヤるあの事よ!」


 そう聞いて翔哉はハッキリと言う。


「僕にはアスと言う恋人がいるので、あなたとそう言う行為をする事はできません! さあ皆いこ!」


 翔哉のかけ声に何故か従う三人プラス一精霊。


 四人プラス一精霊は、廃都が有ると言われている場所に向かって歩き出す。


 取り残された木霊達は、どうして良いかわからずに、困惑して動きを止めたまま、遠ざかる彼らの後ろ姿をただ見守るしかなかった。

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