二章
四人の旅立ち
「止めとけヴァン! 恥をかくだけだぞ! ショウヤ、こいつにお前のステータスを見せてやってくれ!」
そう言って止めたのはメルであったが、ニケがイラッとした表情で彼女に対して言う。
「余計な事を言うんじゃないにゃよメル! 決闘ににゃれば、既成事実ができるところにゃったのに!」
即ち翔哉がそれを受けると言う事は、ニケを自分の女にすると宣言するようなものである。非常に危ないところであった。
翔哉はヴァンと呼ばれた若い男に、自分のステータスを見せつつ言う。
「僕は彼女を嫁にするつもりも、恋人にするつもりも無いんだ。だから、ヴァンさんと無理に争う必要は無いんだよ」
「だがしかし、彼女はお前の事を既にご主人様扱いしているじゃないか!? それに実際、決闘して勝ったんだろ? 欲しけりゃ奪い取るのが獣人族の習わしだ!」
そうは言いつつも翔哉のステータスを見た後だったので、明らかに彼のトーンは最初に比べて下がっていた。
彼の勢いがもはや無いと悟った翔哉は、一つ彼に提案する。
「それじゃ、こうしましょうか? 僕はニケに次にここに戻って来る時まで、絶対手を出さないと約束します。大事な任務の前に怪我をしたり死んじゃったりするわけにはいかないですから、それまで試合はお預けにするって事にしませんか?」
引っ込みを付けられるように、逃げ口上を与える為に言った言葉である。しかも、あえて決闘ではなく“試合”と言って見せた翔哉だった。
『チッ!』
心の中で舌打ちするニケ。
彼女にしてみれば、幼馴染みと言うだけで事ある毎に自分に言い寄って来るウザい男が始末できる上に、思い人から自分の女宣言をしてもらえるところだったのである。
せっかくの良い展開が流れてしまい内心、面白くなかったのは当然の話だろう。
そんなニケの様子を見たメルが、彼女の脇腹にエルボーをして耳打ちをする。
「今は我慢するって約束したよね? 相手の気持ちの方が大事なんだから、焦らないでじっくりいこうよニケ」
翔哉の提案を受けたヴァンは、お陰で引っ込みが付けられたようで、捨て台詞を吐いてその場は引き下がる。
「ふん! そう言う事ならこの場は収めてやろう! お前がマリーザ様の元から戻った時には必ず倒してやるからな! 首を洗って待っとけ!」
ヴァンの犯した無礼に対して、代わりにベガールが謝罪をする。
「ヴァンが無礼をしまして申し訳ありません翔哉殿。彼もニケも若いのに何故か考え方が古臭くて、種族の習わしにうるさいのです。獣人族全体としては、今はそのような考え方をいたしませんので、どうか勘違いなさらないでください」
その話を聞いた翔哉とアスは、揃ってメルに対してジト目を向ける。
二人からそんな目を向けられた彼女は、視線を反らしてそそくさと何処かへ消えてしまった。
晩餐会も終わり部屋に戻った翔哉とアスは、一つのベッドに腰掛け寄り添い合っていた。
「ショウヤ、今日こそしちゃう?」
「う、うん。今日こそしちゃおうか」
今宵がしばらくの間は、二人っきりでいられる最後のチャンスである。再び邪魔が入らない事を祈りつつ、行為を始める翔哉とアス。
しかし、やはり安定のお邪魔虫襲来である。いよいよアスの胸のボタンに手がかかろうとした時、この間のように部屋のドアを叩く音が響く。
「ショウヤ! 明日から一緒に冒険する仲間として、これから親睦会だ!」
「ご主人様、アス。今夜は一緒に朝まで飲み明かすのにゃ!」
乱れていた着衣を直すアス。
メルとニケは既にかなり酔っているようで、全くそんな事は気にしていないようであった。
「なんだ、またやるタイミングだったのか! 毎度毎度、邪魔しちゃって悪いな~」
「もうこの際にゃから、四人でやってしまえば良いのにゃ!」
「はぁ? 四人って私も含まれてるのか? まぁ、私は別に構わないけどな!」
「それにゃらご主人様の筆下ろしは、あたいが担当するにゃよ! メルとアスはその後にゃね!」
いきなり邪魔をされた挙げ句に、勝手な事ばかり言われて、アスはとうとうぶちギレる。
彼女はメルの持っていた酒瓶を取り上げると中身を一気に飲み干し、二人に対して捲し立てた。
「何で恋人でもないニケが一番なのよ! それに、もっと関係ないメルまで、冗談にしたって悪乗りしすぎよ!」
急にキレ出したアスに対してメルは驚いて言葉を失い、ニケは逆に楽しそうに反撃して言う。
「何にゃアスも言う時は言うのにゃね? それに、にゃかにゃか良い飲みッぷりにゃね! こっちの酒の方が強いにゃから、二人で飲み比べするのにゃ!」
結局、自棄になったアスは、誘われるがままに酒を呷りまくってすぐに酔い潰れてしまう。
メルとニケの二人も元々できあがった状態でやって来ていたので、三人はアラレもない姿でそのまま寝てしまった。
翔哉はと言うと、薬物耐性なのか状態異常耐性の方なのかはわからないが、恐らくどちらかのせいでいくら強い酒を浴びる程に飲んだとしても、全く酔う事が出来なくなってしまったようだ。
イヤらしい処をさらけ出しながら気持ち良さそうに眠る三人に、目のやり場に困る翔哉。
とりあえず彼は、三人に毛布だけかけてあげて、夜の散歩へと出かけるのだった。
翌日になって出発の時間を迎えた四人には、多くの見送りがやって来ていた。
「隊長~。副隊長~。なるべく早く帰って来てくださいね~」
「そうですよ~。よりによってヴァンの奴が帰って来たタイミングで二人が不在になるなんて......」
警備隊の隊員達が、そう不安を吐露していた。
「あ? 俺が何だって?」
ヴァンが当然のように反応し、ニケがその理由を述べる。
「いつもウチらの隊に、ちょっかい出して来るからに決まってるにゃよ! あたい達が居にゃい間に隊員達に何かしたら、殺すにゃからね!」
「ふん! 俺の目当ては......」
そう言いかけて言葉を飲み込むヴァン。
続いてベガールが最後の挨拶をする。
「それでは四人共よろしく頼みましたよ! メル、ニケ、翔哉殿達の道案内の役目しっかり果たして来てくださいね」
獣人族国の面々としばしの別れを済ませた翔哉達は、荷物運搬用の地竜と共に歩き出す。
しばらく進んだところでメルが突然話し始めた。
「この辺りからトレント達の縄張りに入るから皆、気をつけて! 警戒を怠るな!」
「あいつら植物のくせに、自分の意思を持っているにゃから、ものすごく気持ち悪いにゃよ!」
ニケの一言に翔哉は向こうの世界で得たファンタジー物の知識を思い出し、二人に質問をする。
「トレントってひょっとして、木なのに動くってやつの事かな?」
その質問にはメルが答える。
「ああ、木だけじゃ無いけどな。草や花、キノコの化物なんかもいるよ」
「それって倒せるの?」
「まぁ、木の化物なんかだとかなり硬いから、けっこう苦労はするかも知れないけど、倒せないって事は無いぞ。ただ、この状況を見ればわかるだろ?」
この状況と聞いて周りを見渡す翔哉。
何処まで行っても大樹や草花が生い茂っている光景が広がっている。
「これ全部がトレントになるって事?」
「まぁ大樹のトレントは居ないから、もう少し先だとは思うけど、お察しの通りだ。奴らの縄張りに入ったら、森全体が敵だと思え!」
「話しは通じない相手なの?」
「木の化物なんかはわりと知能が高いから、ある程度は通じるかもな。ドリュアスが出てきてくれれば、ひょっとしたら交渉で穏便に通過できるかも知れないけど、滅多に出て来ないからあまり期待は出来ないよ」
ニケもその話に被せて奴らの特徴について語る。
「あいつら火に弱いから、火魔法でも使える者が居れば良かったにゃけどね。アスは使えたりしないのにゃか?」
「私は風魔法なら多少の心得は有るんだけど、火は全然ダメね」
アスの話しに翔哉は反応する。
「えっ? アスって魔法も使えるの?」
「うん、エルフは大体、精霊魔法に精通してるから、使えない人の方が珍しいよ」
「へぇ、そうなんだ!」
そんな話をしているうちに、どうやらトレント達の縄張りに入ったようで、周囲を怪しい霧が立ち込め始めたのだ。
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