新しい剣が欲しい



 部屋をちゃんとノックする辺り何となく察しはついていた翔哉だったが、二人の初体験を邪魔した張本人達とは、メルとニケであった。


 ニケが一人で来ていたのであれば、恐らく部屋の外から大声で叫んでいたはずだ。


 部屋に入ってきたニケは、開口一番いつもの調子で歯に着せぬ発言をする。


「なんにゃ? まさかこれから致すところだったにゃか?」


 ニケの的を射る一言に、アスは過敏に反応する。


「致すって何よ! 致すって!」


「そんにゃの決まってるにゃよ。子作りに決まっているのにゃ!」


「今、赤ちゃんが出来ちゃったら、マリーザ様に会いに行けなくなっちゃうでしょ? ちゃんと避妊はするわよ!」


「避妊するって、外で出すにゃか?」


 あまりにも過激な発言ばかりするニケに対して、メルは彼女の頭にゲンコツを入れて、その言動を叱りつける。


「にゃにするにゃメル! 痛いにゃよ!?」


「ニケにゃんはそう言う事ばっか言うから、男にモテないんだよ! ほら! ショウヤだって引いてるみたいだよ?」


 実際に翔哉はかなり引いていたのだが、メルの言動を見ている限り、ニケの感覚は獣人族全体の感覚などではなく、彼女個人の物なのかも知れない、とも彼は考え始めていた。


「それでな、ちょっと二人にお願いしたい事が有って来たんだけど、少し時間もらっても良いか?」


 メルが担当すると、話は非常にスムーズだ。


「うん、お願いって何かな?」


「二人共マリーザ様に会いに行くんだよな?」


「うん、そうだよ。いろいろ聞きたい事とか有るからね」


「実は最近、外周部族の一部に不穏な動きが有るって言う情報は、我々も掴んでいてな。獣人族の国でも今後の行動について指示を仰ぐために、何人かマリーザ様に会いに行く事になったんだよ」


「ふ~ん、それで?」


「私達二人も、それに志願しようと考えててな。それで、せっかくの機会だし、一緒に行動しないかと思っているんだけど、やっぱり迷惑か?」


 二人の関係がようやく発展してきたタイミングで、新たに二人も行動するメンバーが増えるなど、正直な話し迷惑以外の何ものでもない。


 しかし、次のニケの一言で翔哉の考えは一変する。


「ご主人様とアスは、世界樹への行き方を知ってるのにゃか? 世界樹に行きたければ、普通に見える方向に行っても永遠に着かないにゃよ?」


「えっ? それってどう言う事?」


「世界樹の周辺には強力な結界が張り巡らされているのにゃ。にゃからそこに行きたければ、地下迷宮を通っていかにゃいとダメなのにゃ」


 翔哉はアスに視線を向け無言で問う。


「私もそんな話、初めて聞いたわ。普通に行けば良いだけだと思ってた」


 アスの答えを聞いたニケは、急に明るい表情になり話し始める。


「やっぱり外周の部族には知られていにゃい話にゃのね。行き方がわからないのにゃら、案内役は絶対に必要になるのにゃ! 地下迷宮の入り口もそうにゃけど、内部も知らにゃい者が行ったら絶対に迷ってしまうにゃよ?」


 ニケの話に対し、翔哉は念のため確認してみる。


「絶対に知らない者が行ったら迷っちゃうわけ? 行き方だけ教えてもらえば、何とかなりそうな気もするけど」


 その質問に対してはメルが答える。


「確かに何とかなるかも知れないけど、その場合、攻略に何年もかかるんじゃないかな? 深部の民にしか伝わってない伝承が攻略の鍵になるから、案内役が居ると居ないのとでは偉い違いが出ると思う」


「ひょっとしてメル達も、その迷宮にチャレンジした事は無い感じ?」


「ああ、勿論ないぞ。ここ何十年、マリーザ様に会いに行こうなんて者自体いなかったからな」


「一度もチャレンジすらした事ないのに攻略できる自信は有るの?」


「正直あまり無いな! 迷宮のトラップは攻略できる自信は有るんだけど、内部の魔物が尋常じゃない強さらしいからな」


「お互い協力し合えば、攻略も早くなるって事?」


「まぁそう言う事だな」


 悩んだ末、翔哉はアスにも確認してみない事には決められないと思い、彼女に伺いを立てる。


「アスはどう思う? 僕はあくまで案内役としてだったら、ついてきてもらっても良いかなって思うんだけど」


「うん、私もそうした方が良いと思う。早くマリーザ様の新しいお告げをもらわないと大変な事になりそうだからね」


 アスの了承も得た翔哉は二人の同行を許諾し、両者は固い握手を交わした。


 行動を共にする事が決まったところで、メルは一つ気になっていた事を翔哉に質問する。


「ところでショウヤ。何で樹海の剣を使ってるんだ?」


「ん? 樹海の剣? あー、これってホブゴブリンの戦士から奪い取ったやつだね! 一回バルハーラ族の集落に置いて来ちゃって、奪い取ったのも二回目だけど」


「それで、樹海で使われている剣を持っていたんだな。でも、最初に持っていた剣はどうしたんだ?」


「剣って言うか槍だったんだけどね。蜥蜴人間の兵士達から逃げる途中で投げ捨てたよ」


「お前ほどの強さを持っていて、何で逃げる必要が有るって言うんだよ」


「その時はめちゃくちゃ弱かったの。首長さんには話したんだけど聞いてない?」


「初耳だなー。一体どう言う事なんだ?」


「僕の場合、呪いなのか加護なのかわからないんだけど、どんなに訓練しても、戦闘経験を積んだとしても、天恵レベルは上がらないみたいなんだよね」


「上がらないって、上がってたみたいじゃないか?」


「うん、女神の加護レベルが一つ下がると、天恵レベルが一つ上がるみたいなんだ」


「あの異常な数値の加護レベルか? 確か9,995だったっけ? て事は最初は9,999だったって事?」


「うん、そう言う事だね」


 話は脱線してしまったが、メルは剣の話に話題を戻す。


「それでショウヤ。ちょっとその剣、見せてくれないか?」


 翔哉は言われるがままにメルに剣を鞘ごと渡すと、彼女はそれを鞘から引き抜き刃の点検をしてから言う。


「随分とボロボロだな。よくこんなんで、ここまで来れたもんだ。新しい剣に買い換えた方が良いぞこれは」


「そうしたいのは山々なんだけどね。僕達お金を一切、持ってないからさ。買い換えたくても買い換えられないんだよ」


「なら、おあつらえ向きなやつがあるぞ! 一応、首長の許可は取る必要が有るけどな」


 メルの話では、かつて獣人族達の間で英雄と言われた伝説の使徒は、マリーザより直接授けられたという剣を使っていたそうだ。


 マリーザから直接授けられたと言うだけあって、神界の金属で作られているとされるその剣は、途轍もない強度と威力を持っているらしい。


 しかし、それが何故か高さが1,000メートルも有る断崖絶壁の頂上付近の壁に、突き刺さった状態になっているのだ。


 一応チャレンジするには、その時の首長に許可を取らなければいけないのだが、引き抜く事に成功した者が所有しても良いと言う事になっていた。


 翌日になって翔哉達がさっそく首長の許可を取りに行ったところ、久々の挑戦者と言う事で、首長をはじめ多くのギャラリーが続々と集まってしまう。


「こんなに沢山の人達に見られながらじゃ、緊張するよ」


「頑張ってショウヤ!」


 そう言ってアスは彼の背中を両手で二回、バンバンと叩く。


 彼女に勇気をもらった翔哉は、意を決してそびえ立つ断崖絶壁を登り始める。


 身体能力が完全に常人離れしているので、何の問題もなくすいすい登り進める翔哉。


 できる事なら一度は頂上まで行き、命綱を着けた状態で降りる方が楽なのだが、この断崖絶壁は何処から登ったとしてもよじ登るしかない崖なので、一応ロープだけ用意して一旦ダイレクトにチャレンジする事にしたのだ。


 みるみるうちに豆粒になっていく翔哉を、下にいる者達が固唾を飲んで見守る。


 そして、僅か数分で、翔哉は目的の場所に到達した。


「これ引っこ抜くって言っても、片手で抜けるのかな? ロープをくくりつけて、上から引っ張ってみようか?」


 そう独り言ちた翔哉は、その作戦を採用する事にしてロープを剣の柄にくくりつけ始める。


 過去に何十人とチャレンジした者がいたらしいのだが、まるでアンカーでも入っているくらい完璧に食い込んでいるらしく、そこまで到達した者は大勢いたが、誰一人として引き抜けた者はいなかった。


 そう言われてしまうと、いくら人外なステータスを持っている翔哉であっても簡単には抜ける気がしない。


 無理をして落ちてしまえば、この高さである。流石の彼でも確実に即死するであろう。


「ま、万が一落ちたって、たぶん平気なんだけどね」


 しかし、片手ではなかなか上手くロープを巻く事が出来ない。


 仕方なく翔哉は両手で柄を掴みロープを巻き付けようとしたのだが、どう言うわけか剣はその瞬間、いとも簡単に壁からすっぽ抜けてしまったのだ。


「えっ?」


 まっ逆さまに地上に落下していく翔哉。


 何故か彼は青白い光を全身から発しながら、通常の何倍もの速さで落下していき、地面に激しく叩きつけられてしまった。

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