皇帝との密会



 異世界人達が邪神の塔に向けて出発した日の夕方、皇帝の元に大樹海の部族より使者が訪れていた。


「この度は拝謁を賜り、誠に恐悦至極に存じます。私はバルハーラ族族長の代理でエルフィンと申します。以後お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」


 皇帝の前に片膝を付きそう話すのは、長い金髪をした中年のハイエルフの男だった。


「うむ、以前より打診は有ったようだが、周りの目も有るのでな。しかし、十数回にも及び親書を受けては、流石に会わぬわけにもいかぬと思い、今回は会う事に決めたのだよ」


「はい、それで本日お目通りいただいた要件といたしましては、親書にも有りました通り、この度、我々バルハーラ族及び周辺の15部族が聖道教への改宗を決めたのでございます。それに伴い帝国側とは、是非とも友好関係を結びたいと各族長達は考えているのです」


「うむ、我々としても近々、樹海への大規模遠征を計画しておったところでな。その際には当然、我が方に味方して手引きを行ってくれるのであろうな?」


「それは勿論でございます陛下。こちらといたしましても、遠征の際には帝国側への協力を惜しまぬ所存にございます」


 お互いの親交を深める事を約束し会見を終えた両者は、その後其々の思惑について話をしていた。


 大臣の一人が皇帝に対して問う。


「陛下、まさか本気で亜人族共と友好関係など結ぶおつもりなのですか?」


「ふん、そんなわけは無かろう。所詮、奴らは我等にとっては、奴隷という扱いでしかない種族よ」


「利用するだけ利用した後は、始末されるおつもりなのですね?」


「無論そのつもりだ」



 一方のバルハーラ族では、エルフィンとその従者が話をしていた。


「ハーベの使徒達の力は強大だ。それに比べマリーザの使徒は、年々その力を弱めている」


「しかし、今後の友好関係の発展次第では、我が種族の未来も安泰でしょう」


「うむ、せいぜい利用されるだけ利用されて、裏切られるなんて事態にならないよう願いたいものだな」


「我々もハーベの恩恵を受けられるようになれば、そのような事にもなりますまい」


 バルハーラ族にとって、今回の友好関係を締結する最大の目的は、樹海外周部の各部族が帝国からの侵略を受けるのを回避する事にあった。


 それと共に、近年、女神の使徒のレベルが段々と下がってきている事を危惧した外周部族の族長達としては、樹海民がハーベの恩恵を受けられるようになる事も大きな目標の一つとなっていたのだ。


 皇帝との初会見が行われたのを皮切りに、バルハーラ族をはじめとする樹海外周の各部族は、頻繁に友好の使者を送り込むようになり、何度目かの交渉の末にハーベの洗礼を受ける者達が少しずつ現れ始めた。


 交渉が行われていた間にハーベによって再び神託が有り、樹海の民の中から選ばれた者達が、恩恵(ギフト)を授けられる事になったのである。


 そして、樹海の民で初めて恩恵を付与するための儀式が行われた日、そこにはアスを自分の女だと豪語していた、あのリュークの姿が有ったのだ。


 20名の樹海の民達が聖道教本部にある儀式の間に集められ、中央に描かれた魔法陣の中に移動させられる。


 周りを取り囲んだ100名の司祭達が、異世界人達を召喚した際に歌われた聖歌に似た歌を歌い始めると、樹海の民から選ばれた者達が次々と石の床に倒れていく。


「こ、これはどう言う事だ! まさか我々を謀ったのか?」


 樹海人の部族長の一人がそう叫んだが、最高司祭のトーレスが彼を窘める。


「あなたはこれから最高神ハーベの信徒になる身であるはずなのに、我等が主の下された神託を信じられないとでも言うのですか?」


「し、しかし、何故この者達は皆、突然倒れてしまったのだ?」


「この者達の魂は今、神界へと誘われているのです。そこで恩恵を与えられた後、再びその魂は肉体へと戻る事でありましょう」


 トーレスの言った通り、倒れていた者達は次々と意識を取り戻していく。


 全員が意識を取り戻したところで、続けて彼らに与えられた恩恵の確認をする為の儀式が行われた。


 リュークの順番が来て、彼は例の水晶の前に立つ。すると、彼の体と水晶は強烈な光を放ち出す。


 光が収まった後、祭壇に置かれていた台の上には、一枚のプレートと、荘厳なデザインの大弓が出現していた。


 トーレスに促され、ステータスオープンにて自身の能力を確認するリューク。


 それを見たトーレスは驚愕の叫びを上げた。


「なんと言う事だ! こんなステータスは初めてかも知れん! 伝承に有る過去の勇者達の物を圧倒的に凌駕するではないか!」


 以下、リュークのステータス情報。


名前 リューク・メタルカーナ  年齢 15歳


天職 神弓士


天恵レベル1


腕力 18(2,818)


敏捷 18(2,818)


体力 16(2,816)


光力 2,800


光力操作 15


アクティブスキル


颱乱空牙レベル5 炸裂光矢レベル5 大精霊召喚レベル5


神域レベル1 神域光矢(テメノスヴェロス)レベル1


パッシブスキル


全状態異常無効 全属性耐性レベル10



 このとんでもない能力値に一番驚いたのは、リューク本人であった。


 アスのステータスを何度か見た事の有る彼だったが、彼女の能力値が異常に低かった事は知っていたものの、それにしても自身の能力値があまりにも桁外れな事くらい理解する事はできた。


『この力が有ればアスを取り戻せる!』


 すぐにリュークは心の中でそう言ちた。


 アスが集落を去った後、彼の彼女に対する思いは募るばかりだった。そして、それと同時に、彼女を連れ去った異世界人の少年に対する憎悪の感情も、日を追う毎に増幅されていったのだ。


 恩恵の力を見慣れた人間ですら驚愕するような力を得たリュークは、自身の心の中に何かが芽生えるのを感じる。


 そんなリュークの様子を伺っていたトーレスもまた、何かを悟り彼に対して釘を刺す。


「恩恵の力とは、我等が主であるハーベの敬虔な信徒である証でも有るのだ。その力を私利私欲の為に使おうとすれば、必ずや天罰が下る事であろう。その事を努々、忘れぬようにな」


「はい。勿論わかっておりますよ最高司祭様」


 リュークは気の無い感じでそう返事をした。


 恩恵の儀式に同行していたギルバートも、息子が恐らく過去最高の力を得たらしい事を知り内心では大喜びであった。


 他の者達のステータス確認も全て終了し、何れも目を見張る程の力を得ていたのだが、息子が得た力はその誰よりも遥かに飛び抜けていたのだ。


 息子の力が有れば、私は周辺部族の盟主になれるかも知れない。そして、ともすれば、人間達を駆逐して樹海の外にまで一族の勢力を広げられるかも知れない。


 彼も内心では、そんな事を思い始めていたのである。



 儀式が行われた翌日、この結果を受け宮廷では緊急の会議が行われていた。


「まさか我等が主ハーベが、亜人族共にまで恩恵を授ける展開になろうとは......」


「洗礼を受けてしまった以上、今までのように奴らを奴隷として扱うわけにもいかなくなってしまいましたな」


「ハーベが邪神の信徒だった者達を受け入れるなど、思いもよりませんでした」


「しかも、我々が召喚した異世界人達よりも、遥かに強い力を授けられてしまうとは......」


「まだそれは、わかりませんぞ! 今までの伝承によれば、成長の幅は人によって異なるようですからな。初期値が高ければ、最終的に最強になるとは限らないでしょう?」


 会議に出席していた大臣達が、各々の見解を述べていたのだが、最後に皇帝は端的な言葉でその場を締めくくる。


「こうなってしまった以上、異世界人達の成長に期待するより他はあるまい」



 そんな異世界人達の一軍扱いである隼人パーティーは、既に邪神の塔の30階層をチャレンジするまでに成長していた。


 隼人パーティーのメンバーは以下の通りである。


パーティーリーダー 天上寺隼人  天職 勇者


サブリーダー 山城雪菜  天職 聖女


パーティーメンバー 上高遊馬(カミタカアスマ)  天職 聖騎士


パーティーメンバー 藤原勇輝  天職 賢者


パーティーメンバー 天川萌奈(アマカワモエナ)  天職 結界士



 二軍の太志パーティーがまだ20階層で苦戦している事からしても、彼らの優秀さが一際光っている事は確かだった。


 因みに隼人の現在のステータスは、以下の通りである。


名前 天上寺隼人  年齢 16歳  天職 勇者


天恵レベル35


腕力 21(671)


敏捷 18(668)


体力 24(674)


光力 650


光力操作 35


アクティブスキル


光爆覇レベル8 神の息吹レベル4 天の結界レベル2


神速レベル2


パッシブスキル


全状態異常耐性レベル7 全属性耐性レベル5



 流石に勇者と言うだけの事は有って、彼は期待通りの成長を遂げていた。


 後に、翔哉と隼人率いる一軍メンバー達との間で、この塔に有るレアアイテムを巡り、熾烈な争奪戦が繰り広げられる事になるのだが、当人達にとってこの時点ではまだ、知る由もない事であった。

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