ニケの誘惑【温泉回】



「えっ? ちょっ!」


 ニケに無理やり手を引っ張られ、アスの方をチラチラ気にする翔哉。


 その辺りは一応、許容範囲のようで、アスは翔哉に対し頷いて見せる。


 温泉地に行く途中、温泉街を楽しそうに案内するニケ。彼女は食事の美味しい店などもけっこう詳しく、単なる戦闘狂ではない一面も見せてくれた。


「あそこが源泉の涌き出ている所にゃ!」


 そう言ってニケが指した方には、石造りの立派な門が有った。


 湯煙は漂って来ていたものの、臭いはそんなに感じない。


 ニケはそのまま翔哉の手を引っ張っていき門を潜ると、何だか恐ろしい事を言い出した。


「あの辺が脱衣所にゃから、適当にあの見えやすい岩の上辺りに脱いだ服を置いておくのにゃ!」


 翔哉は聞き返す。


「あの辺? 見えやすい岩の上辺り?」


「そうにゃ。あの辺で適当に脱いだら、服を盗まれないように見えやすい所に置いておいて、後はジャブんって入れば良いのにゃ!」


「えっ? 混浴? しかも脱衣所って建物すら無いの?」


「コンヨクって何にゃ? それと建物にゃんて建てたら、服を盗まれるにゃよ?」


 獣人族達は性に対してかなり開放的なようである。裸を異性に見られる事は、それほど恥ずかしい事ではないのだろうか?


 そうこうしてるうちにその場所に着くと、服をあっという間にはぎ取り、一糸纏わぬ姿になってしまったニケ。


 あまりにも一瞬の事に、翔哉とアスは目が点になってしまう。


「何してるにゃか? 二人とも早く来るにゃ!」


 体も洗わずにいきなり湯にダイブしたニケが、元気良く手を振りながら二人を呼んでいる。


 すかさず後ろを振り向いた翔哉は言う。


「後ろ向いてるから、お湯に浸かったら呼んでくれる?」


 既に入らないと言う選択肢は無いと覚悟したアスは「わかったわショウヤ」と短く返事をして、手早く服を脱いでニケの服の隣に置くとすぐに駆け出す。


 その様子を伺っていたニケは、何かを悟り「そう言う事にゃか」とニヤつきながら口元を両手で押さえていた。


 湯に浸かったタイミングで、アスは翔哉に声をかける。


 アスからお呼びがかかった翔哉は、服を脱ぎアスの服の隣に置くと、前を両手で隠しながら二人の元へと移動した。


「ご主人様は何故、前を隠しているのにゃか?」


「人間やエルフは、やたらと異性に裸を見せないものなんだよ!」


「そんにゃの獣人族だって一緒にゃ!」


「じゃあどうして、お風呂は混浴が当たり前みたいになってるの?」


「にゃからコンヨクって何なのにゃ?」


「男女が一緒にお風呂に入る事だよ」


「男女関係無しに、親しい者同士が一緒にお風呂に入るのは当たり前の事にゃ! お風呂に入る時は裸にならないと入れないから、見られるのは仕方がないのにゃ!」


「わ、わかったから、立ち上がらないでよニケ!」


 目を逸らせながらそう言う翔哉。ニケは力説のあまり立ち上がって話すので、彼女の全てがさらけ出されていたのだ。


「ひょっとしてご主人様は、女の裸を見た事ないにゃか? アスの裸もまだ見た事ないのにゃら、まだやってないって言う事にゃよね?」


 ニケの言い様に顔を真っ赤にして言うアス。


「なっ、何を言いだすのよニケ! やるって一体、何の事よ!」


「決まってるにゃよ! 子作りする時にする事にゃ! 約束にゃんて偉そうな事を言うわりには、まだやる事もやってないのにゃね?」


 約束の言葉に反応して翔哉がアスに質問する。


「昨日も思ったんだけど約束って何の事?」


「えっ? あ、えっとね......私達、恋人同士って言う事で良いのよね?ショウヤ」


 翔哉にしてみても何となく既成事実では有るのかな? と言う認識では有ったものの、ハッキリお互い告白し合ったわけではなかったので、改めて言われて多少、答えに窮してしまう。


 しかし、ここはハッキリさせておいた方が良いだろうと思い、彼はニケに対してはっきりと宣言する。


「うん、そうだよ! 僕とアスは恋人同士なんだ! でも人間やエルフの場合、恋人同士だからってすぐにそう言う関係になるとは限らないんだよ!」


「ショウヤ♡」


 翔哉の答えを聞いて、アスは頬を染めとても嬉しそうである。


「そうにゃのか? 好きにゃらやれば良いだけにゃと思うけど、人間やエルフはめんどくさいにゃね!」


「勿論、全部が全部じゃないけどね」


「人によるって事にゃか? それにゃらとりあえず、あたいと一発やってみるにゃか?」


 そう言ってニケは、再び立ち上がり翔哉に迫ろうとするが、アスも立ち上がって彼女の前に立ちはだかる。


 アスの美しい後ろ姿が丸見えになり、目のやり場に困る翔哉。


 立ち塞がるアスに対してニケは質問する。


「アスはご主人様とするのは嫌なのかにゃ? あたいはいつでも捧げる覚悟はできてるにゃけどね!」


「別に嫌だなんて事あるわけないじゃない! 私だっていつでも捧げる覚悟はできているわ!」


 つられて過激な宣言をしてしまうアス。DTな翔哉の妄想は膨らみ、彼の心臓は爆発寸前だ。


 堪り兼ねた翔哉は、とりあえずその場を収めようとニケに対して窘めるような事を言う。


「ニケいい加減にしてよ。そんなに強引に迫るような事を言ったり、したりされたら、こっちだって困っちゃうし、とりあえず温泉はのんびりする場所なんだから、その話は後でゆっくりしたらどうかな?」


「後でゆっくりにゃね? わかったにゃ! それにゃら後で、ゆっくり話す時間を設けてもらう事にするにゃよ!」


 ニケがそう言った後で、立ち上がっていた二人はゆっくりと湯に浸かり直した。


 しばらくの間、沈黙が続く。


 翔哉の向かい側で湯に浸かるニケは、何故だか不敵な笑みを浮かべている。


 アスは先程、自分が言ってしまった事を思い出し、今更ながらに羞恥の感情が込み上げているのか、うつむき加減で顔を真っ赤に染めている。


 そんな中ニケが再び口を開く。


「ご主人様ちょっと質問しても良いにゃか?」


「なあに?ニケ」


「あたいとアス、どっちの体がご主人様にとって好みにゃか? 勿論、見た目の話にゃけど」


「またそういう事を言うなら、後で話す時間あげないからね!」


 翔哉にそうハッキリと言われ、少しシュンとなってしまうニケ。


 彼女は言う。


「そんにゃに辛辣な事を言わなくても良いと思うのにゃ。あたいはご主人様の事を好きになってしまったのにゃ。好きだからアピールしたいと思ってるだけにゃよ?」


 目を潤ませ、少し上目遣いでそう言うニケに対して、翔哉の感情はかなり動いてしまう。


 いやいや、さっきアスと恋人宣言したばかりじゃないか! いくら異世界だからって、ハーレム展開なんていかんいかん!


 そう思い直し、翔哉は「好きだって言ってくれるのは嬉しいけど、ニケの気持ちには答えてあげる事は出来ないよ」とはっきり言うのだった。



 温泉から帰った二人は夕食を終えた後、間借りしている首長の屋敷の一室にて就寝の準備をしていた。


 昼間の事が有ったので、二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。


 そんな中、アスが先に口を開く。


「ねえ、ショウヤ。今晩しちゃう?」


「えっ? あっ、う、うん......良いの?」


「うん、ショウヤがしたいって言うなら良いよ♡」


 ついに卒業の時はやって来たのか? しかし、初めてだし、どうやって良いのか全くからない。


 もし失敗して彼女に嫌われてしまったらどうしよう?


 せっかく訪れたチャンスでは有ったが、そんな事をあれこれ考えていたら急に不安になってきてしまう翔哉。


 彼は念のためアスに一つ質問をしてみる事にした。


「ところでアスって...そう言う事、今までにしたこと有るのかな?」


「無いよ! 初めて♡」


 アスも初めてなのであれば、上手いか下手かなんて彼女にもわからないかも知れない。


 そう思った翔哉は、思いきり良くいってしまおうと考え、彼女の肩を抱き流れるようにそのまま唇を奪う。


 さあ、この後はどうしてくれようか? 高鳴る胸を押さえつつ次なる行動を考える翔哉だったが、そんな中、部屋のドアをノックする音が聞こえ、残念ながら二人の初体験に邪魔が入るのであった。

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