一生懸命に諭すアス
現在アスは、ニケにいきなり突撃され、彼女と対峙しているところだった。まだ誰も起きていない早朝からの狩りだった為、目撃者なども居ない状況だ。
「尋常に勝負するのにゃ!」
「勝負って言っても殺し合わないといけないのよね? 私の方にあなたを殺さなければいけない理由が無いわ!」
「お前の方に無くても、あたいの方には十分あるのにゃ! 誰も見てないにゃし、抵抗しにゃいって言うのにゃら、好都合だにゃ!」
「ちょっと待って! 話を聞いてよ!」
「問答無用にゃ!」
そう言って爪を出すニケ。いよいよ飛び掛かろうとしたその瞬間アスの発した一言で、彼女はピタリと動きを止めてしまう。
「ショウヤに嫌われても良いの?」
「き、嫌う? 何でにゃ?」
「当然でしょ? だってショウヤは私の事が好きなんだから! 好きな相手を殺されたりなんかしたら、その相手の事を好きになんてなれると思うの?」
物凄い自信である。なかなか自分から、そんな事を堂々と言える人も居ないだろう。
しかし、そんなアスの言い分も、獣人族であるニケに対しては通用しない理屈のようであった。
「言ってる意味が良くわからないにゃ! より強い方を好きになるに決まってるんじゃないのにゃか?」
「あなた達の感覚ではそうなのかも知れないけど、私達の感覚では強いか弱いかとかは、あまり関係ないのよ! お互いの良いところを見つけ合って、初めて好きって事になるの! むしろ強引なのは嫌われるわよ?」
「う~ん......やっぱり良くわからないのにゃ!」
「じゃあ、例えばあなたのお父さんやお母さん、友達でも良いわ。あなたが大切に思っている人が決闘で殺されてしまったら、その相手の事を恨まない?」
「正式な決闘だったとしたら風習からして、仕方の無い事にゃ!」
「風習はこの際、関係なしに、恨まない? 悲しいと思わない?」
少し考え込んだ後、出していた爪を引っ込めてから呟くニケ。
「悲しいとは思うにゃ」
「本当の好きって言うのは、そう言う事だよ!」
ニケはアスが言った事がトドメとなって、完全に戦意を失ってしまう。
「それじゃ、人間やエルフの感覚にゃと、ご主人様はお前の事が好きって事になってるにゃか?」
「そうよ! 私もショウヤが好き、ショウヤも私が好き、そう言う事なの!」
「じゃあ、お前達の理屈でご主人様があたいの事を好きににゃれば、ご主人様はあたいの物って言う事になるにゃよね?」
強ち間違いでも無いところが凄い。
そう考えてしまうと、獣人族達の理屈の方が正しいような気すらしてくるから不思議だ。
ニケの質問を肯定してしまうとNTR上等になってしまう為、アスは一瞬、乗ってしまいそうになるものの、そこは否定した。
「一度、約束を交わした場合は別よ! 約束を交わした者同士の間に入って、横取りするような事はいけない事とされているわ!」
「にゃんか人間やエルフの考え方は、めんどくさいにゃね! 戦いに勝って、好きにゃら嫁にする。嫌いなら殺す。の方がわかりやすいのにゃ! それに獣人族は強ければ何人、嫁や婿をとっても、良い事になってるのにゃよ! 勿論、負けた方は別にゃけどね」
好きの基準についての違いは、何となくわかってもらえたように感じたアスだったが、ハーレムを肯定するか、否定するか、の溝だけは埋める事は不可能だと直感的に思う。
そうなると結局は翔哉の考え次第と言う事になってしまうが、彼女を恋慕の関係で殺害するなんて、自分自身も寝覚めが悪い上に翔哉の性格からしても、とてもできるとは思えない。
慎重に考えた結果、もう一つ彼女に問うてみるアス。
「そもそもあなたは、ショウヤの事が好きなの?」
「好きにゃ! 強いから旦那として申し分ないのにゃ!」
「う~ん、だから強さについてはこの際、除外して、それ以外に好きなところ、何処か有るのかしら?」
「けっこう紳士的なところも好きにゃ! それと見た目もカッコいいから好きにゃよ?」
「えっ? 紳士的って、どうしてそんな事わかるのよ?」
「部下の娘に聞いたにゃ。わざわざ場所をずらして、あたいの事を抱きかかえながら、そっと置いてくれたって」
『えっ? 意外と好きになるポイント一緒なんじゃない?』と思ったアスは、多少共感すると共に危機感も覚えた。そして、これは正々堂々と勝負するしかないのかも知れないとも思う。
「私達はそんなに長くここに居るつもりはないけど、何日かは滞在するつもりだから、それまでの間にショウヤから好意を持ってもらえるように、アピールしてみたらどうかな?」
「それでご主人様が、あたいの方を好きになったとしても、お前は文句ないにゃか?」
アスとしては勿論、文句が無いなんて事はなかったが、この場をとりあえず収める為には仕方がないと思い「それで文句ないわ」と返事をした。
ショウヤなら、絶対に彼女なんかに気が移るなんて無いはず。根拠は全く無いが、そう信じるしかないと思ったのだ。
とりあえずその場の危機を脱したアスは、狩りを終えると翔哉の元に戻って、ニケに襲われた事を報告する。
フェアでないのは流石に少し気が引けたので、彼女が翔哉の事を口説きに来ると言う話だけは、上手くしないようにした。
アスとしては別に「ニケがショウヤの事を口説きに来るから、乗らないようにしてね」と彼に言い含めておく事も出来たわけだが、そんな必要は無いと信じたかったのと、恋愛感情の事で無理強いするのは何か違うな、と思ったというのもあったのだ。
「アスの作ってくれる鳥鍋は、やっぱり最高だね!」
翔哉がホブゴブリンから奪った丸型の盾を、鍋代わりに使って作る鳥鍋は彼の好物である。
焼いて食べるだけでは飽きるので彼が考案したものだったが、調理担当は専らアスの仕事であった。
食事が終わった後で、翔哉はアスに質問する。
「今日この後すぐに、この国を出発するよね?」
「えっ? どうして? 昨日、せっかくだから2、3日はここでお世話になろうって言ってたじゃない?」
ちゃんとした場所で寝泊まりできる機会もあまり無いので、昨晩二人で相談して2、3日はここに滞在する事にしていたのだ。
「だってまたアスが、ニケに襲われちゃうかもって思ったら心配!」
「ショウヤ......私の事を心配して、そう言ってくれたんだね? ありがとう♡」
ショウヤの気持ちは、とても嬉しいと思うアスではあったが、ニケに対して嘘を吐いてさっさと逃げ出すような形になってしまうのも、とても心苦しいと感じていた。
「でも大丈夫! もうなるべくショウヤから離れないようにするし、せっかくの機会だから昨日言った通り2、3日はしっかり体を休めましょ? とりあえず今日は、宴会の時に首長が言ってた温泉に行く予定だよね? 私、楽しみ!」
「本当に平気?」
「うん、平気だよ!」
「そう......じゃあ、今日は予定通りに温泉に行こうか!」
こうしてこの日は、予定どおり温泉に行く事になったのだが、当然の事ながら二人は再びニケの突撃を受ける事になってしまう。
温泉に向かう為、首長の屋敷から出た所で、待ち構えていたニケに二人は声をかけられる。
「今日、二人とも共同露天風呂に行くらしいにゃね?」
「うん、そうなんだ! これから出発するところだから、今日はもう良いかな?」
毅然とした態度でそう言う翔哉に、アスは頼もしさを感じていた。
「良くないのにゃ! 今日はあたいが二人に、しっかり街の観光案内をするように首長から言われているのにゃ! じゃ、まずは温泉街を案内するから、あたいに付いてくるにゃよ!」
かなり強引な感じもするが、案内してくれると言う事なら無下にも出来ない。しかも、ここであえて避けてしまうのはフェアではない。
アスはそう考えていたのだが、翔哉はまた毅然とした態度で断りを入れた。
「うん、ありがとう。でも案内の方は間に合ってるから大丈夫だよ!」
しかし、それでもめげないニケ。
「そんな事を言わずに、素直に案内を受ければ良いのにゃ!」
ニケはそう言うと、強引に翔哉の手を取り引っ張って行く。彼女からは何故か甘い感じの良い香りが漂っていた。
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