ご主人様と呼ばせて欲しいにゃ



「にゃ!? 消えた?」


 そう言った瞬間には背後の気配を感じとり、指先から爪を出した腕を、怒りに任せて回転様に水平に振り抜く獣人族美女。しかし、翔哉はそれを簡単に掴み取って、そのまま彼女を制してしまった。


「どう? 少しだけでもわかったと思うけど?」


「わ、わかったって何がだにゃん?」


「えっ? 僕の方が圧倒的に強いでしょ?」


「そんにゃのまだ、これだけじゃわからないのにゃ!」


 獣人族美女はそう叫ぶと、腰に着けていた短剣を空いている方の手を使い逆手で鞘から引き抜き、何度も何度も翔哉の胸に突き立てた。


「にゃんで刺さらないのにゃ!」


「もうわかったよね?」


 周りに居た仲間の獣人族達も、短剣の刃を物ともしない翔哉の頑丈さに、かなり驚いている様子だった。


 それでも諦めずに攻撃を止めようとしない獣人族美女だったが、仲間の一人から待ったの声がかかり、ようやく短剣を突き立てるのを止める。


「もう良いだろ?ニケ。お前の敗けだ!」


 ニケと呼ばれた彼女はその声の後、短剣を地面に落とすと力なく項垂れた。


 どういうわけか、彼女は気絶してしまったようで、失禁もしているようだ。


「気絶しているみたいだし、もう離してやってくれないか?」


 そう声をかけて来たのは、白い犬耳に黒い瞳、くるんと巻いた尻尾を生やした、ニケと呼ばれた彼女に負けじと劣らない美女であった。


「あれ? いつの間にか気絶しちゃってる。何で??」


 翔哉の疑問に犬の獣人美女が、そのわけを答える。


「理由はよくわからないけど、遠く離れていても何だかゾクゾクするのよ!あなたって。戦いが始まったら余計だったわ」


「僕ってそんなにゾクゾクする?アス」


 急に翔哉から話を振られたアスは、驚きながらも端的に答える。


「う、うん、ちょっとだけするかも」


 再び話し出す獣人美女。


「今はかなり収まったみたいだけど、さっきの状態であんなに近くに居たら、それだけで意識を保っているのも大変だったと思うわよ?」


「そ、そうなんだ。自分ではあまり意識してなかったけど......」


 腰巻が着いた毛皮のパンツの間から、太ももを伝って流れる液体を見て、その場から少しずれた位置に、彼女を抱きかかえながらそっと下ろしてやる翔哉。


 その様子を見た犬の獣人美女が再び話し出す。


「私の名はメル。警備隊の隊長で女神の使徒だ。その娘はニケと言って、同じく女神の使徒で警備隊の副隊長でもある。いきなり好戦的な対応をして悪かったな」


「うん、別にそれは構わないよ。怪我とかしたりしたわけじゃ無いしね。それで僕達、今晩あなた達の国で泊まっても良いのかな?」


「害意は無い様だし、女神の使徒だと言う根拠も十分、実力で示してもらったからな。歓迎するよ! ただ一応、確認の為にステータスを見せてもらっても良いか?」


 彼女に確認を促され、ステータスを開示する翔哉。それを見た獣人族の者達は驚愕する。


「な、何なんだよこのステータス! バグってるにも程があるだろ!? まぁ、確かに天職は女神の使徒で間違いは無いけど、こんな人外なステータスは初めて見たよ!」


 続いてアスが自身のステータスを開示する。


「うん、ハイエルフのお嬢ちゃんの方は女神の使徒としては、まぁ普通だな」


 翔哉のお陰で10倍くらいパワーアップしたはずのアスは、それでも普通と言われてしまい、かなりショックを受けている様子だ。


 結局二人はメルと、ニケを運ぶ為に選ばれた数名の隊員達と共に、獣人族の国に案内されて首長の屋敷にてもてなされる事となったのである。


 屋敷に招待された二人はすぐに客間へと通されたが、そこに首長が挨拶にやって来てお互いの自己紹介が為された。


「初めましてバルハーラ族の使徒と、人間界に於ける使徒のお二人よ。私は獣人国首長のベガールと申します。以後よろしくお願いします」


 ベガールと自己紹介した男は、見た目の容姿からして、虎の獣人族のようである。身長は2メートルくらい有り、ガッチリしていてかなり強靭そうだが、非常に物腰の柔らかい男だ。


 翔哉が口を開く前に、アスが進んで二人の自己紹介を始める。


「私はハイエルフ、バルハーラ族の使徒でアストレイアと申します。こっちは人間界では珍しい、女神の使徒であるショウヤです! 私達はわけ有ってマリーザ様に会いに行く旅をしています。この度は入国の許可をいただき、ありがとうございます」


「うん、なかなか良く出来たお嬢さんのようですな。まぁ、詳しい話はこの後、宴の席を用意しておりますので、その時にでもお訊きしましょう」


 挨拶も程々にすぐに退出するベガール。


 しばらくして大広間に案内された二人は、大層手厚いもてなしを受ける事になる。最初の対応とは雲泥の差だ。


「なるほど、ショウヤ殿は最初、ハーベの使徒として召喚されたはずが、無能の烙印を押され追放された後で力に目覚め、それがどうやらマリーザ様の使徒としての力だったと。それを確かめる為にマリーザ様に会いに行くと言うのですな?」


「はい! その通りです!」


 追放されたのかどうかについては、ハッキリとそう言いきれない部分も有るが、状況からして十中八九、間違いは無いだろう。


 あの時、仲間の隊員達は「防御形態!」と隊長が叫んでいたにも関わらず、翔哉が気づいた時には誰も居なくなっていたのだ。


 その手際の良さから考えても、事前に示し合わせていたと思えなくもない。


 続いてアスはしばらく悩んでいる様子をしていたのだが、意を決したように自身の事についても語りだす。


「それと私の事についてなんですが......嘘を吐き続けるわけにもいかないので、正直にお話しますね!」


「アストレイアさんにも、何か特別な事情が有るのですかな?」


「はい、実は......」


 全ての事情を話し、裏切り者と同族で有る事を嫌悪されると思っていたアスだったが、意外にもベガールはその境遇に同情し、むしろ彼女の情報を感謝しているようであった。


「実は我が国の女神の巫女によるお告げが、つい先日有ったのです」


 唐突にそんな事を言い出すベガール。


 女神の巫女とは、使徒と同じように啓示を受けた者がなる事がでるマリーザとの連絡役の事で、人間界で言うところの聖女のような者である。


 獣人族国の巫女が受けたお告げの内容とは、人間の中から一人、使徒を選んだ事、その使徒が自分に会いに来ようとしている事、会いに来た時に今後、樹海の民がどうするかについて改めてお告げを出す事、等についてを語る内容だったようだ。


 ニケと呼ばれた彼女は、元々かなり好戦的で人間嫌いな性格だった事も有り、お告げの内容について通達はしていたのだが、その話を全く信じようとしていなかった。


 その為、お告げの通りの人間が現れた事により、余計に自分の主張を押し通そうと考え、翔哉の事を本気で殺そうとしたようである。


 宴も終盤に差し掛かってきたところで、遅れてやって来たニケとメルの二人が、改めて夕方あった事の謝罪をする為にやって来た。


「昼間の件はいきなり乱暴な応対をして、本当に済まなかったにゃ!」


 何故か目を逸らし、モジモジしながらそう言うニケの脇腹をメルが軽くエルボーする。


「うん、僕達に怪我とか無かったわけだし、もう気にしなくて良いよ?」


「それでにゃ!」


「ん?」


「えっとにゃ......」


「どうしたの?」


「お前、あたいの恥ずかしいところを見たにゃ! だから責任を取るのにゃ!」


 顔を真っ赤に染めてそう叫ぶニケ。すぐに何を言いたいのかを悟ったアスは、先んじて防衛線を張る。


「ショウヤは私と約束を交わしたの! だからあなたに対しての責任は取れないわよ! 大体お漏らしをしたところを見られただけで責任を取れだなんて、そんな乱暴な話も無いでしょ?」


 アスの毅然とした態度とハッキリとした物言いに、ニケは目に涙を浮かべながら大声で「お前、後で必ず殺すニャーーーッ!」と叫び、会場から飛び出し走り去ってしまった。


 後に残されたメルが獣人族の習わしについて説明する。


「殆どの獣人族の間で、習わしとして共通するのが有ってな。個人で取り決めた一対一の決闘では、必ず殺し合わなければいけないんだ」


 アスが言ちる。


「そんな、いくら何でも乱暴な......」


「いや、ただ例外が有ってな。殺さなかった場合は、その代わり主従関係を結ばなければならないんだよ」


「主従関係?」


「うん、同性同士ならそのままの意味だけど相手が異性だったら、それは結婚する事を意味するんだ。だからショウヤ、お前はもうニケの旦那なんだよ。風習的にはな!」


「えっ?」


 そう聞いて唖然とする翔哉とアスの二人。続けてメルは言う。


「あとプライドの高い獣人族的に言えば、異性にお漏らしを見られたなんて事は、それだけでも責任を取ってもらわないといけない案件だな! どうしても嫌なら、改めて彼女を殺すしかなくなるけど、どうする?」


 因みにメルの部下達は全員が女性だったので、ニケとしては彼女達にそれを見られた事自体は問題なかった。


 翔哉にしてみても、ニケを改めて殺すなんて事は当然できるわけもなく、二人は顔を見合せながらしばらくの間考え込んでしまう。



 その後、宴会もお開きとなり、就寝前にアスは翌朝の予定について考えていた。


『明日の朝は、早く起きて鳥を狩りに行こう! ショウヤ、とり鍋が好きだもんね』


 まさかニケが立ち去り際に言いはなった事が、本気だとも思わずに。

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