二人の冒険は始まる
彼女の話しでは伝承によって語り継がれている詩の中に、マリーザと呼ばれる女神の居場所を見つけ出すヒントが隠されているのだと言う事だった。
しかし、その謎を解いた者であれば、誰でも女神の所までたどり着けると言うわけではなく、選ばれし者、即ち女神の使徒として啓示を受けた者のみが、その場所にたどり着く事が出来るのだと言う話しである。
「世界樹の根元に神の光が差し込みし時、金色の扉が現れ選ばれし者、女神の元に導かれん」
世界樹と言うのは、この大樹海の中央にそびえる、樹齢何十万年もの大樹の事だと言われているらしい。
しかし、その場所にたどり着くまでには、大型の亜人族や凶悪な魔物が生息する一帯を越えて行かねばならず、樹海の外周付近に住む部族の者達は、その場所に近づく事はまず無いのだと言う。
「ショウヤのステータスなら、きっとその場所までたどり着く事が出来ると思うよ!」
「うん、僕も君の事、絶対守ると誓うから、アスも道案内の方しっかり頼むね!」
元、陰キャの彼からは想像も着かないキザなセリフを言ってしまった翔哉だったが、それは自分がとんでもないチート能力を得た事を自覚したことによる、自信の現れだったのかも知れない。
「わかったわ! 道案内は私に任せて!」
少し頬を赤らめながらそう言うアスに対し、更に心臓を射抜かれてしまう翔哉。
どんなに勘の悪い人間でも、そんな彼女の表情を見れば気づくであろう。彼女は今、自分に対して好意を持ち始めているのだと言う事を。
しかし、翔哉にはわかっていた。それが所謂、吊り橋効果だと言う事をである。
このまま強引にいけば、恐らく彼女は落ちるであろう。だがしかし、吊り橋効果とは危機的な状況が回避されると、その時の感情が冷めるのも早いらしい。
お互い好きだと思い込んでいたのに、目的が達成された途端こんな美少女からフラれてしまったら、まさに天国から地獄である。最近、似たような経験をしたばかりだが、あんな思いをするのはもう二度とごめんだ。
そんな事をあれこれ考えていると、アスは首を傾げながら話しかけてくる。
「ん? どうしたのショウヤ。ずっと見つめられてたら、恥ずかしいよ!」
彼女の言葉でハッとなる翔哉。どうやらあれこれ考えながら、彼女の事をじっと見つめてしまっていたらしい。
翔哉は誤魔化す為に「あ、ごめん、アスがあまりにも綺麗だから、つい見とれちゃって......」と、思わず心の声をどストレートに漏らしてしまう。
「えっ? あっ、うん、あ、ありがとう。嬉しいよ♡ショウヤ」
普通の女性であれば、たぶんだが、あまり好意を持っていない異性にこんな事を言われれば、むしろ嫌悪の反応を示す者も多いだろう。しかし、彼女は頬を少し赤らめ、素直に嬉しいよと言ったのだ。
これはひょっとしたら落ちたのかも知れない。例え後でフラれるのが確定的なのだとしても、男なら行けるところまで行ってしまえば良いのではないか?
そんな事を考えながら、しばらくお互いに無言の時が続くのだった。
アスが女神の使徒としてこの周辺では多少、名が知れていた事もあり、好戦的な部族は別としても、殆どの部族から道中、攻撃を受ける事なく二人の旅は順調に進んだ。
中にはしっかりもてなしてくれる部族もあったのだが、彼女は何故か同族に裏切られたと言う話を、他の部族の者にする事はなかった。
小型のリザードマンの集落でお世話になっていた時の晩、翔哉はどうしても気になってしまい、その事について彼女に聞いてみる。
「ねぇ、アスは何で自分の部族の人達が女神様を裏切ろうとしている話を、他の部族の人達にしようとしないの?」
「うん、だってまだ勢力が小さいのよ? そんな事が知れ渡ったりしたら、周りの部族から一斉に攻撃を受けて、きっと皆殺しになってしまうわ」
「でも、君の事を殺そうとした人達だよ?」
「そうかも知れないけど、何もわからない小さい子だっているし、私に良くしてくれてた人達だってたくさんいたんだよ? 悪いのは叔父さんと、大叔父さんと、それに従う一部の人達だけなのに、巻き添えで関係ない人達まで皆殺しになったりしたら私......」
「アスはとっても優しい娘なんだね。本当に君の言う通りだと思うよ。察しが悪くてごめんね」
「ううん、心配してくれてありがとうショウヤ。でも私の考えが正しく無い事も何となくわかってはいるの」
「正しく無い? どう言う事?」
「だって、ここの部族の人達だってそうだけど、私達が女神の使徒だって聞いて、とっても良くしてくれてるのよ? 何だかそんな人達を騙してるような気もするし、何よりも私の部族の計画が成功したらしたで、今度は私達に親切にしてくれた人達と戦争になるかも知れないじゃない?」
「その時はその時で、仕方がないんじゃない?」
「でも火種が小さいうちなら、受ける被害だって小さくて済むはずよ?」
流石は元、族長の娘と言うべきか。年齢のわりに、とてもしっかりとした考えをお持ちのようである。
そんな彼女に感心しながらも、話を続ける翔哉。
「アスはその事で悩んでいるんだね......」
「う、うん、少しね。ショウヤはどうなの? 自分の事を見捨てたクラスメイト達に仕返しがしたい?」
「う~ん、どうだろう? そこまでそんな事、思ってはいないかな? アスと違って元々あまり仲が良かったりした訳じゃないからね。とにかくもう関わりたくないって感じ?」
「ショウヤってやっぱり優しい人なんだね?」
「えっ? 僕が?」
「うん、だって根に持つ人は、そんな目に遭ったらずっと根に持ってるわよ」
「う~ん、まぁそうだね。きっとずっと忘れたりはしないだろうけど、復讐したいまでは思わないかな?」
「でもショウヤ?」
アスは真剣な眼差しで、翔哉を真っ直ぐに見据える。
「なんだい?アス」
「私達って女神の使徒なんだよ? だからもし、マリーザ様に会えたとして、人間達、あなたの元クラスメイト達と、戦わなければいけなくなった時はどうする気なの?」
少し悩んだ素振りを見せた翔哉は、彼女の方をチラチラ見ながら言う。
「アスはどうして欲しい?」
「えっ? わ、私は......」
しばらくうつむき加減で目を逸らし沈黙していたアスは、小さな声で呟く。
「ショウヤとはずっと一緒にいたいかも......」
彼女の言いたい事は恐らく、自分が人間達の味方をすれば、その時は一緒にいる事が出来ないと言う意味なのだろう。
そう悟った翔哉は、恥ずかしいと言う感情もすっ飛び、彼女の手を取りながらハッキリと宣言する。
「アスが望むなら、僕は君の為に戦うよ!」
翔哉の宣言を受けたアスは、目に涙を浮かべながら言う。
「嬉しいショウヤ♡ 私も頼れるのはショウヤ一人だけ! 敵が誰かなんてもう関係無いわ! 私もショウヤの為だけに戦うよ!」
そう言って彼女は翔哉の首に手を回し、濃厚な口づけをしてきた。勿論、翔哉にとってのファーストキスである。
事が終わって脳ミソが完全にとろけてしまった翔哉。後でフラれるかも知れないなんて事は、彼の中ではもう、どうでも良い事になってしまった。
即ち落ちてしまったのは、翔哉の方だったのだろう。お年頃の男子がこんな可愛い娘にこんな事をされて、落ちない方がむしろおかしい。
そんな彼は、例え最終的に彼女から「実はそんなに好きじゃなかったのかも」と言う死刑宣告をされたとしても、その時が来るまでは彼女の事を精一杯、守り続けようと心に誓うのだった。
リザードマンの集落を出てから二日ほど樹海の中を彷徨った二人だったが、ついにその世界樹と言われている大樹らしき物を、視認できるところまで差し掛かっていた。
小高い丘の上から大樹を指して質問する翔哉。
「ひょっとして、あれが世界樹なのかな?」
「うん、たぶんそうだと思う」
「もう近くまで来たんだね!」
「ん? まだまだだよ? あの木、高さが3,000メートル有るって言われてるからね」
確かに周りの木々の高さも十分バグってるサイズなのだが、遠くに見えるあの木だけ、周りと比べ明らかに突出して大きいようである。
アスの説明を受け、まだまだ先が長そうな予感に茫然としてしまう翔哉。
そんな二人の背後から、夥しい数の殺気が迫っていた。
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