捕らわれてしまう翔哉



 集落に着くまでの道中で、翔哉は必死に思考を巡らせていた。恐らく彼らは、今の翔哉にとって敵である事は間違いなさそうだ。


 言葉を選ばず正直に話して戦闘になるか、嘘をついてその場をやり過ごすのか。


 散々、悩んだ結果、翔哉は適当に話を誤魔化して、穏便に済ませる事にしたのである。


 彼らの集落に到着した翔哉は、流石は異世界ファンタジーと言うべき光景を目の当たりにする。


 そこは樹齢が何千年、何万年と有るだろう大樹同士を吊り橋で繋げて造られた集落であり、夕方だったので大樹の上に建てられた木造の家から溢れる灯りと、月明かりとが、非常に幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 族長であるギルバートの家に招き入れられた翔哉は、リビングへと誘われ、そこで食事の用意が出来るまで待つ事になった。


 流石は族長の家と言うべきか。彼の家は、木の上に造られているにも関わらず、かなり広く部屋数も多いようだ。


 九官鳥のような鳥が籠の中に入っていたので「こんばんわ!」と話しかけてみる翔哉。しかし、全く反応はない為、彼は一緒に座っていた族長に「大人しい鳥ですね?」と聞いてみる。


「基本的には大人しいですが、人が会話を始めると、よく鳴く事があります」


 翔哉が納得する様子を見せると、再び族長は話し出す。


「ところで、翔哉殿は何故一人で、この樹海を彷徨っておられたのですかな? 他のお仲間達はどうされたのですか?」


「索敵や情報収集の為、探索していたら蜥蜴人間達に襲われて、その時に仲間達とはぐれてしまったんです」


「その仲間達とは、あなたと同じ異世界召喚者の事ですか?」


「え、ええ、まぁ、そうですね...」


「キャーキャーキャーキャーキャッ!」


 急に籠の中の鳥が、けたたましく叫び出す。


「すみませんな。煩くて」


「あ、いえ、大丈夫ですよ」


「それで、仲間達のところには帰らずに、一人で邪神を倒しに行くなど、何故そんな無鉄砲な事をされるおつもりなのですか?」


「あ、いえ、邪神を倒しに行くと言うのは、今からと言う意味では無くて、勿論、追々はと言う意味ですよ。迷ってしまっている為に、帰れなくなっているだけです」


「キャーキャーキャーキャーキャッ!」


「そうですか。では、私共が明日にでも、樹海の出口までご案内いたしましょう」


「いえ、大丈夫ですよ! 自力で何とかしますから!」


「そうですか。ではせめて今宵だけは、宴の準備もいたしましたので、是非、存分に楽しんでいってください」


 そう言って族長のギルバートは、しつこく案内を奨める事もなく一礼すると、何処かへと去って行ってしまった。



 エルフとは男女問わずに容姿端麗の者が多く、宴会中に女性エルフ達が余興で舞う姿に、つい見とれてしまう翔哉。しかし、昼間会った女性の事がどうしても頭から離れず、彼はつい彼女の事を呟いてしまう。


「昼間の女性、本当に綺麗な人だったな~」


「アスの事か? アイツは俺の女だからな。絶対に手を出すなよ!」


 そう言ってきた彼は、族長の息子で名はリューク、歳は15歳だという。


 ハイエルフなどの種族は、ファンタジー物では不老不死や不老長寿が定番だと思うが、意外にも普通な年齢設定に驚きの表情を見せる翔哉。どうしても気になってしまった彼は、彼女の年齢も遠回しに聞いてみる事にした。


「えっ? リューク15歳なのに彼女いるの? 僕なんて生まれてこの方、彼女なんて一度も出来た事ないよ! でもアスさんって、かなり歳上なんでしょ?」


「はぁ? アスは俺と同い年だぜ!」


 ずいぶん大人びていたようだが、昼間の彼女は15歳だったのだ。


 酒宴と言う事ではあったが、酒が苦手な翔哉は勧められても断っていた。しかし、何故か急に強烈な眠気に襲われて、彼はいつの間にか気を失ってしまっていた。


 そして、次に意識を取り戻した時には、お約束通り両手と両足を縛られ、冷たい床に放置されている状態だった。


「これは一体どういう事ですか?」


 自分に対し、冷たい視線を向けながら目の前に立つギルバートにそう問う翔哉。 


「君は嘘を吐いていたよね? 一人で森を彷徨っていた本当の理由は、さしずめ邪神の手先で有るが故に、仲間達から追放でもされたと言う事なのであろう?」


 本当のところは、無能であるが故に追放されたわけなのであるが。


 彼の話から察して、やはり邪神イコール女神と言う事で間違いは無さそうである。


「どうしてですか? あなた達はその女神様を信仰していたのではないのですか?」


「これ以上、人間族と戦争したところで、勝てる見込みなど無いのでな。我が部族は聖道教に改宗する事にしたのだよ」


「あのアスって娘を追いかけていたのも、彼女が女神の使徒だから?」


「大人しく従っていてくれさえすれば、手出しするつもりも無かったのだがな。私が兄を殺したと言う話を聞かれてしまい、飛び出して行ってしまったのだよ。この話を他の部族に知らせられては、少し面倒なのでな」


 そう言って持っていた長剣を引き抜き鞘を床に投げ捨てると、ギルバートは剣を翔哉の首筋に向かって振り下ろす。


 しかし、翔哉の首を確実に捉えた刃は、ガンッ! という音をたて真ん中辺りから折れ、剣の先は回転しながら飛んでいき、ギルバートの後ろの床に突き刺さった。


「くっ! なんだ!? 金属のように硬いぞ!」


「体力の補正値も250プラスされているからね。大型の亜人族並みに硬い体になっているんじゃないかな? 体力って頑丈さも含まれるんでしょ?」


「くっ! 剣では殺せぬか! では火炙りにでもしてくれよう!」


 ギルバートが部下に目で合図をすると、翔哉は後ろ手に縛られたまま二人の男に担がれて、広場へと向かって運ばれていく。


 何とか脱出を試みようと踠く翔哉。そんな彼に冷たい視線を向けながらギルバートは言う。


「無駄だ! その縄は大型の亜人ですら拘束できる、大蜘蛛の糸で編まれているのだ。いくら人外の力を持っていると言っても、その体勢ではちぎる事もできまい?」


 彼の言う通り、オーガですらワンパンで倒す翔哉の力を持ってしても、その縄をちぎる事はできないようであった。そして、翔哉は集落の広場まで運びこまれると、そのままの状態で丸太に縛り付けられてしまう。


 立てられた丸太の下に、いよいよこれから火がかけられる、と言うタイミングで、明らかに集落のエルフ達とは違う者達がわらわらとやって来て、それらを率いていた初老の男が族長に話しかける。


「ギルバート。しっかりじゃじゃ馬の管理をしないとダメではないか」


 その男に後ろ手に縛られた状態で連れて来られたのは、前日の昼間に出会った美女であった。


「やはり、叔父さんの所に行っていたのだな」


「アス! 戻って来たんだね!」


 ギルバートが発言した後、リュークは彼女を見てそう叫ぶ。


 そんなギルバートの質問を無視して、彼の事をキッと睨み付けるアス。


「まさか、大叔父さんまでグルだったなんて、思いもよらなかったろ?アストレイアよ」


 アスはギルバートの言葉に反応して、大声で喚き散らす。


「何で父さんを殺したりしたの! 女神を裏切って人間の味方をするって言うの!?」


「ああ、そうだとも。これ以上、人間族と戦争したところで、勝てる見込みなど無いのでな。それに、お前のせいでも有るのだぞ?アストレイア」


 ギルバートの言い様に、叔父も同調して話し出す。


「今代の女神の使徒が過去最弱と呼ばれる程の無能でなければ、このような選択をする事も無かったかも知れんがの! 帝国は一度に大勢の異世界人を召喚してきたと言うのに、こちらは過去最弱の使徒が一人では、とても勝負になどならんからな」


「それで叔父さん、アストレイアの処遇はどうしたら良いでしょう?」


「他の部族を説得するまで、もう少し時間がかかるからの。しっかり管理が出来ないのなら、殺してしまった方が面倒は無いだろう」


 大叔父の言い様に、自称恋人のリュークが叫ぶ。


「アスを殺すって? 俺が彼女をちゃんと説得するから、それだけは待ってくれよ!親父」


「ふむ、まぁその話はひとまず後にして、まずはこの異世界人の処刑を済ませないとだな」


 ギルバートの話しに、彼の叔父はずっと気になっていた事を質問する。


「ところで何故、人間を火炙りにして処刑しようとしているんだ?」


「この人間はどうやら、女神の使徒のようなのです」


「人間なのに女神の使徒とは、俄には信じられんな」


「本人が天職の項目について、アストレイアと同じ女神の使徒だと言っていたので、間違いない事だと思います。異世界召喚者で有りながら、女神の加護を受けている為、どうやら追放されて来たようなのです」


「ふむ、確かにそれならば、さっさと処刑してしまうのが吉であろうな」


 叔父の同調も得られたギルバートは、部下に「やれ!」と一声かけて合図をする。そして、翔哉の足元には、とうとう火がかけられてしまうのであった。

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