大樹海の部族
翔哉は一瞬、意識を失っていたようだ。ホブゴブリンから奪い取ったミドルソード。彼にとっては十分ロングサイズだったが、それを手から地面に落とした音で気が付いたので、一瞬の事だったのは間違い無いだろう。
例えるなら、ベッドで使っていたスマホを、顔面に落とした時と同じ感じである。
「そう言えば、食べられる物によく似た毒キノコも有るって、図鑑に書いてあったよね......」
慣れとは恐ろしいものだ。完全に慎重さを欠いていた。
初めてこのキノコを口にした時は、一瞬その事が頭を過っていたのだが、その時以降は大丈夫だったので、それに対する翔哉の認識は、すっかり”安全な物”になってしまっていたのだ。
もしやと思い、ステータス画面を開いてみる翔哉。
以下、翔哉のステータス情報。
名前 涼森翔哉 年齢 16歳 天職 女神の使徒
天恵レベル2
腕力 21(271)
敏捷 24(274)
体力 41(291)
神気 250
神気操作 275
アクティブスキル
瞬足レベル2 剛腕レベル2
パッシブスキル
女神の加護レベル9,997 毒耐性レベル5
思った通りであった。やはり即死するような目に遭うと、女神の加護はレベルが一つ下がり、その代わりに神気の項目が上がった分だけ補正値も上昇するようだ。
しかも、死亡した時の状況に応じて、新たに獲得するスキルにも影響するようである。
名称が変わった意味についてはよくわからないが、光力と神気は恐らく同じ種類の物と言う事で間違いは無いだろう。
特筆すべき点は、レベルアップ時の上昇幅だが、天才と言われた隼人や太志ですら、光力の上昇幅は少ない時で10、多い時で30程度であった。そう考えると翔哉の上昇幅は、とんでもない増えかただと言う事になる。
「要するに死ぬような目に遭えば遭う程、神気が上がって強くなるって事?」
嬉しい事実が判明した事で、つい独り言が漏れてしまう翔哉。
戦いに死は付き物である。そう考えたら、こんな無敵なパッシブスキルも他には無いだろう。
「加護レベルがもし0になっちゃった時は、一体どうなっちゃうんだろう?」
恐らく人智を超えたステータスになっている事は、間違いない。
ある程度、何度か死亡を繰り返すうちに、人界で相手になる敵は居なくなるだろう。
「いや、居るか! 邪神がね!」
「でも、神って言うくらいだから半端な人外レベルじゃ、きっと相手にならないのかも!」
「あれ? でも、最初は確か邪神の呪いって言う名前だったよね?」
「それが何で、女神の加護に名称が変わった?」
あれこれ独り言をブツブツと呟きながら、いろいろ考えた結果、翔哉はある決断をする。
「そうだ! その邪神に会ってみれば、きっと何かわかるかも知れないよね!?」
翔哉はこのまま順調に事が進めば、無敵になり得るかも知れない、と言う自信を付けた事もあり、本来なら一人では無鉄砲とも言うべき大樹海の奥地までの探索を進め、その邪神とやらに会いに行ってみる事を決意したのである。
その後も幾度となく敵とエンカウントしたが、お目当ての大型亜人族に遭う事はなく、片っ端から猛毒そうなキノコや山菜を食べてもみたのだが、毒耐性のせいか苦しむばかりで、死んでしまうような事はなかった。
因みにスキルレベルは、天恵レベルが上がらなくても変動するようで、敵と戦っているうちに剛腕がレベル3に、毒植物を食らい続けているうちに毒耐性がレベル6に上がっていた。
翔哉はいずれ大型亜人族にエンカウントする時まで、これ以上のレベルの伸びはないだろうな? とは思いつつも、この辺りでは、もはや無敵であるという事実に間違いはないだろうとも思っていた。
そんな感じで、いつものように余裕をかましながら鼻歌混じりに歩いていると「カンッ!」という音と共に、うなじの所に軽い衝撃を感じる翔哉。
完全に奇襲攻撃であった。常人だったら確実に即死であっただろう。
翔哉が後ろを振り返ると地面には矢が落ちており、木の影には愕然とした表情でこちらを見る、美しい女性が立ち尽くしていたのだ。
その女性は腰まで伸びたプラチナブロンドの長い髪を、ツインテールにしている。瞳の色は吸い込まれるような碧。透き通るような白い肌に形の良い大きめな胸。全体的にスリムな体型で、絵に描いたような完璧な美女であった。
翔哉が少しずつ近づく度に、弓を横に構えながら後退りする美女。
「あの、僕の名前は涼森翔哉です。いきなり攻撃して来るなんて、酷いじゃないですか?」
「あなた人間でしょ? だったら敵よ!」
やはり森の住人であっても、言葉は通じるようだ。しかし、見た目の感じからして、彼女も人間にしか見えない。
そう思った翔哉は、単刀直入に聞いてみる事にした。
「えっ? あなただって人間ですよね?」
「人間なんかと一緒にしないで! 私はハイエルフ! 女神の使徒よ!」
「えっ? エルフなの? 耳、尖ってないみたいだけど......」
「はぁ? 耳が尖ってるって何よ!? 言ってる意味がわからないんだけど!」
どうやらファンタジー物でよく有りがちな、耳が尖っているエルフのイメージは、人間が勝手に作り出した物であったようだ。
そんな中、翔哉の後方から何十人もの人の喧騒が響いてくる。
人々の声が聞こえる方向に振り返ると、遠くの方に何十人もの人のような姿の者達が歩いて来るのが見える。そして、翔哉がもう一度後ろを振り返ると、彼女の姿は既に消えてしまっていたのだ。
翔哉は呆然とその場に立ち尽していたのだが、当然の事ながらその姿を発見され、弓を構えた男達に周りを囲まれてしまう。
きっと、すぐにハリネズミにされるんだろう。翔哉はそう思ったのだが、意外にもリーダー格と思わしき男が彼に対し話し始める。
「あなたは異世界からの召喚者ですね?」
「えっ? 何故それを?」
「やはりそうでしたか。私はバルハーラ族の族長を務めるギルバートと言う者です。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。僕は涼森翔哉です。こちらこそ、よろしくお願いします」
翔哉の思惑通り、話が通じそうな部族の登場である。見た目の感じから、恐らく先程の彼女と同じ部族の人間なのだろう。
「最近やたらと強い人間が一人で、この樹海の中を闊歩していると言う噂を聞きましたので、そのような力を持っていると言う事は、恐らく召喚者なのだろうと思っていたところだったのです」
やはり普通の人間であれば、一人でこの大樹海を探索しているのは異常な事であるらしい。
その男の合図で、一斉に弓を下ろす他の男達。
翔哉は完全に敵意は無いと見て、恐る恐る聞いてみる事にした。
「あの、そちらに敵意が無いのであれば、僕としても積極的に何かをするつもりは有りません。先に進みたいのですが、よろしいでしょうか?」
「これから邪神を倒しに行かれるのですよね?」
「えっ? あ、まぁ、そんなところです......」
倒しに、と言うとかなり意味が違ってくるような気もするが、会いに行こうとしている事に間違いはない。そう思い翔哉は、咄嗟にはぐらかしたのだが、それがこのあと思わぬ展開を生む。
「では是非、我々の集落に寄っていって下さい。精一杯、オモテナシさせていただきますので」
自分達が信仰する神の事を邪神と言ったり、それを倒しに行こうとしている敵であるはずの人間をもてなすなど、腑に落ちない点は多い。
そう感じた翔哉だったが、しばらく野人のような生活をしていた事もあり、久しぶりにまともな食事が取れるかも知れないと言う期待感が膨らみ、彼は誘惑に勝つ事ができずに、その話を受ける事にした。
集落に向かう道中、翔哉はあの美しい彼女の事について族長に訊く。
「そう言えば、あなた方に会う直前、とても綺麗な女性にいきなり攻撃されて、一言二言、話をしたんですけど、彼女もあなた方の仲間なんですよね? 長い髪を二つに分けていた女性です」
「アストレイアに会ったのですか?」
「アストレイア? いえ、名前までは聞いていませんでしたけど、僕と同じ女神の使徒だって言っていましたね」
その話を聞いた途端、族長のギルバートは急に怪訝な表情に変わり、翔哉の言った内容を訊き返してくる。
「女神の使徒? 天職の項目がですか? 勇者や聖騎士などではなく?」
「えっ? あ、はい。そうですけど、それが何か?」
「い、いえ。何でも有りません。アストレイアは私の姪でしてね。つい先日、前の族長である彼女の父、私にとっては兄ですが、急に亡くなってしまいまして、彼女は今、情緒不安定になっているのですよ」
けっこう感の良い翔哉は、それを聞いた瞬間さっきまでの状況と照らし合わせ何かを悟った。
しかし、今さら逃げ出すわけにも、理由もよくわからないまま攻撃したりするわけにもいかない。
虎穴に入らずんば虎子を得ずだと思った翔哉は、一旦、誘われるがままに集落へと赴き、彼らの出方を見てから行動を決める事にしたのであった。
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