一章

能力について気づく



 樹齢が何千年も有りそうな大樹に寄り掛かりながら、ここまでの経緯を思い出していた翔哉は、ある決意をしてその事をブツブツと呟いていた。


「とにかくもう、あんな奴らの居る所なんて戻りたくない」


「ここで頑張って生きられるだけ生きよう!」


「密かに図書館に通って、読んで得た森の知識についても、けっこう役立ちそうじゃないか!」


 まるで自己催眠をかけるように、そんな事を繰り返し言ちながら、意を決した翔哉は木の根元に生えていたキノコをむしり取り、生のまま自らの口に運んだ。


 独特のフレーバーが口の中に広がり鼻腔を抜ける。後から強烈なえぐ味を感じたのだが、図書館の本に書いてあった通り、何とか生で食べる事ができるキノコで合っていたようだ。


 それと翔哉は、蜥蜴人間達から逃走している最中に、ある事に気付いていた。


 必死で逃げていた彼だったが、何故か彼らの会話が聞こえていたのだ。


 その時の内容を思い出す翔哉。


『おい!お前、槍投げの名手だろ?』


『まだ子供に近い若い兵士じゃないか。逃げているのにわざわざ殺す必要も無いだろう』


『じゃあ、お前、あいつを逃がすって言うのか?』


『まぁ逃げられてしまったなら、それで構わないさ』


 樹海の民である蜥蜴人間が、外界の人間と同じ言葉を話している事自体、驚きだったが、更に翔哉を驚かせたのは、個体によっては敵に対しても情けをかける者がいるという事実であった。


 亜人族イコール邪神の手下であり、野蛮なだけで知能が低く、一切の交渉は通じない相手。そう帝国側から教えられていたのだが、ひょっとしたらけっこう話が通じる相手なのかも知れない。


 大樹海の中には、彼らの集落が無数に有ると聞く。上手くしたら、そのうちの何処かに保護してもらえるかも知れない。とにかく今は、大型の亜人や魔物に気をつけながら、生き延びる事だけを考えよう。


 そう思って再び歩きだした翔哉の鼻腔を強烈な死臭が襲い、彼は思わず手で口と鼻を塞いだ。


『終わった......』


 背後に気配を感じた翔哉は、ゆっくりと振り向く。そして、先程まで生き抜くと誓ったはずの彼は、すぐに自身の死を悟った。


 そこには個体の中では比較的小さいものであろう、体長3メートル程のオーガが、大きな石斧を振り上げ、下卑た笑みを浮かべながら、今まさに彼を殴殺しようとしていたところだったのである。


 無意味と思いつつも、咄嗟に両腕をクロスして頭をガードする翔哉。


 ドガンッ!!


 車が衝突事故でも起こしたような、もの凄い音が辺りに響く。


『即死だったから痛くなかったのかな? せめて楽に死ねて良かったよ......』


 そんな事を思いながら、ゆっくりと目を開ける翔哉。


 ところが、そう思った彼の目の前には、どういうわけか先程のオーガが茫然と立ち尽くしていたのだ。


 オーガは持ち手の部分から先が折れて、何処かに飛んで行ってしまった石斧の柄と、翔哉のことを交互に見ながら不思議そうな表情をしている。


 しかし、すぐに気を取り直したようで、今度は右腕を振り下ろし、爪によって翔哉を切り裂こうとした。


 腕力で勝てるはずも無い相手だったが、反射的にオーガの腕を左手で掴み取る翔哉。


「あれ? わりと耐えられる!?」


 何故か圧倒的な筋力のはずのオーガ相手に、そんなに力負けしているような気がしない。


 ものは試しとばかりに、翔哉はがら空きになっていたオーガの脇腹に右の拳で一撃を加えた。


「あがっ!!」


 オーガは血反吐を吐いて、その場に力無く崩れ落ちる。


「あ、あれ? う、嘘!? 僕のパンチがもしかして効いたの?」


 この信じられない光景に愕然とする翔哉。


 気を取り直してとりあえず息を確認すると、どうやらオーガは完全に事切れているようであった。


 そして、翔哉はもしやと思い自身のステータスを確認する。


「ステータスオープン!」


 以下、現在の翔哉のステータス情報。


名前 涼森翔哉  年齢 16歳  天職 女神の使徒


天恵レベル1


腕力 18(168)


敏捷 21(171)


体力 35(185)


神気 150


神気操作 250


アクティブスキル


瞬足レベル1 剛腕レベル1


パッシブスキル


女神の加護レベル9,998



 このステータス表示を見た翔哉は、驚愕として思わず声を上げる。


「えーーーっ! 何だよこれ! 表示がバグッちゃった訳じゃないよね!?」


 実はまだ本人も気付いてはいないが、見た目の容姿もかなり変化していた。


 元々身長は165センチくらいの翔哉だったが、彼の身長はいきなり10センチ以上も伸びており、今までの中性的な顔立ちから、かなり精悍なマスクに豹変していたのだ。


 ステータス表示の事に関しては、いろいろ表示されていた名称が変化していたり、一つも無かったアクティブスキルが出現していたりしたのだが、彼が特に目を引いたのは、女神の加護に名称が変わったパッシブスキルのレベル表示であった。


 そう、逆に減っているのだ。レベル9,999からレベル9,998に。


 とりあえず落ち着いて考える為に、先程まで休憩していた大樹に再び腰かけ、ステータスオープンする翔哉。


 何度見ても、見間違いやバグなどでは無いようである。


 少なくとも一つだけハッキリしている事は、女神の加護に名称が変わったパッシブスキルのレベルが下がって、他の能力値が上がったと言う事だ。


 では次に、どういう条件で女神の加護レベルは下がると言うのか?


 ネーミングからして、果たして下がってしまっても良いものなのか? と少し思ったものの、常人であれば間違いなくソロで倒すなんて出来ないであろうオーガを、一撃で沈めてしまう程の力を得られたのである。


 そう考えると当然、下げないようにすると言う選択肢はない。


 翔哉は冷静に状況を整理した結果、一つ思い当たる事に気づいた。


 オーガの攻撃を受ける直前に“死ぬ”と思った、という事だ。


 感情の方が大事なのか、それとも実際にそれだけの大ダメージを受けるくらいの攻撃をされる必要が有るのか。


 考えていても結論は出ないので、翔哉は確証を得る為、実際に敢えてもう一度攻撃を受け、試してみる事にした。


 森を彷徨いながら、再びあつらえ向きなオーガを見つけた翔哉は、わざと挑発をして追い詰められるフリをする。


 オーガは例の石斧で翔哉を殴殺しようとするが、彼の脳天を直撃した瞬間、その石斧は粉々に粉砕してしまう。


 そして、翔哉はかなりの激痛を感じたものの、全くの無傷だったのである。


 翔哉は再びワンパンでオーガを倒すと、すかさずステータスを確認する。しかし、彼の期待は外れ、数値の動きは何一つ無かったのだ。


「う~ん、何が条件なんだかやっぱりよくわからないな」


「やっぱり即死するような攻撃を受けないと、ダメって事なのかな?」


「という事は、ステータスが上がったせいで、オーガの攻撃が死ぬような攻撃では無くなったって事だよね?」


「実際、かなり痛かったけど、何とも無いみたいだし」


 歩きながらそんな事をぶつぶつと独り言ちていた翔哉は、突然立ち止まり眼下に広がる光景を眺める。


 そこは、かなり高い崖の上だった。


「......」


「う~ん......やっぱり止めとこ」


 とにかく確証を得る為には、もう一度、即死するような攻撃を受けてみるしかない。


 オーガの攻撃で死ぬ事がもはやできなくなっているのなら、もっと強い相手を見つけるしかないが、図書室で読んだ本で得た知識によると、この樹海には体調10~20メートル程のトロールやサイクロプスの他に、即死する猛毒を持った巨大な蜂なんて言うのもいるようだ。


 毒で即死は何か違うような気がした翔哉は、オーガよりも大型の亜人族を探す事にして再び歩きだした。



 その後、三日間、大樹海の中を彷徨った翔哉だったが、エンカウントするのはホブゴブリンやハイオーク、ちょっと強めでリザードマンばかりで、結局オーガよりも大型の亜人族にお目にかかる事は無かった。


 図書室で得た知識により、森で食べられる物もある程度は把握しており、このままここの住人になってしまっても生活していけるんじゃないか? と思うくらい、森の住人っぷりも板に付いてきていた翔哉。


 彼は歩きながら、たまたま目に止まった、いつもの食べられるはずのキノコをもぎ取り、何の躊躇もなく口へと運ぶ。


「!?」


 強烈な喉の痛みが襲い、全身が熱い。


 食べられない物を覚えるのが面倒だった翔哉は、食べられる物だけを覚えるようにしていたのだが、それが完全に仇となってしまったようだ。


 普通、逆だろ?


 そこは、突っ込まないで欲しい......。


 要は食べられる物によく似た、食べられない物も有ると言う事であった。


 翔哉が食べてしまったキノコは、エキスを一滴、舌に垂らすだけで昇天する事ができる、猛毒キノコだったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る