厄介払い



 翔哉の事を馬鹿にしていたはずのクラスメイト達ですら、正直引いてしまう程の蹂躙劇であった。


 岬は前蹴りによって翔哉を蹴り飛ばした後、彼の持つスキル、瞬足レベル3により目にも止まらぬ早さで急接近し、翔哉の胸ぐらを掴み立ち上がらせると、明らかに訓練の域を越えていると思われる暴行を加え始める。


 何故か教官達は、誰一人として止めようとしない。


 むしろ、そんな容赦の無い彼の姿を、称賛する者まで現れだす始末だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、涼森、お前けっこう頑丈じゃないか! 人をボコるのは初めてだけどよ。人って意外となかなか死なないもんなんだな!」


 そんな岬の言動からも、彼は本気で翔哉の事を殺すつもりのようであった。


 教官から一旦、休憩の合図がかかり流石に暴行を止めた岬だったが、彼はぐったりして倒れたままの翔哉を放置して、そのまま所定の場所に戻ってしまう。


 他のクラスメイト達も翔哉の事を心配して、駆け寄る者など一人も居ない。


 自分の事で精一杯という事もあるが、この異常な状況に皆、現代日本人として正常な考え方が出来なくなっているのだろう。


 流石に見かねた教官の一人が翔哉の様子を見に行くと、あの蹂躙劇から想像した見た目ほど、彼は大きな怪我をしていないようであった。


 休憩が終わり後半戦が始まる直前に、翔哉は意識を取り戻したのだが、それが余計に岬を苛立たせる事になる。


 自分の攻撃があまり効いていなかった事の証明になったわけだし、三人一組になるという計画も台無しだ。


 後半戦が始まった途端、岬は翔哉に対し、先程よりも更に激しい暴行を加えていく。


 翔哉の木剣は開始早々、何処かに弾き飛ばされてしまい、徒手空拳の状態である彼を岬は容赦なく打ちのめした。


 亀のような状態になり、両手を後頭部に当てて、必死で頭だけは守る翔哉。


 乱取りの時間が終わり、やっとこの地獄が終わったかと思って一安心していた彼を、更なる悲劇が襲う。


 ボロボロになってはいるものの、意外と自力で歩いて移動する事は出来たので、一人寂しく自室へと向かっていた翔哉を不良グループの三人が取り囲む。


 例の剛田太志と、残りの二人は彼とよくつるんでいる、滑川(ナメカワ)須尚(スナオ)、槍杉(ヤリスギ)秀弥(シュウヤ)である。


「なぁ涼森~! お前けっこう頑丈なんだってな~?」


 太志がニタニタしながら、そう言って絡んで来た。


「ご、ごめん......体中が痛くて...早く部屋に帰って休みたいから、僕の事はほっといてくれないかな?」


「そんな事、言わずによ~。ボクちん達にも人を殴る感触を、味あわせてくれないかな~?」


 まさかこれからこの三人は、ボロボロになっている自分の事を更に暴行しようとでも言うのか? いや、きっとただフザけて言っているだけに違いない。


 翔哉の嫌な予感は、まさにそのままの結果を生んだだけであった。


 太志は翔哉の肩をグッと掴み、彼に自ずから体を近付けると、ニヤニヤしながらいきなりボディーブローをかます。


 痛みと苦しみでその場に踞る翔哉に、三人は容赦なく暴行を加え始めた。


「おいおい! ずっと亀になってたらよ~。全然訓練になんかならないからよ~。ちゃんと腹や顔も殴らせてくれよ!」


 そう言って太志は翔哉の髪の毛を掴んで引っ張り上げ、須尚が後ろから羽交い締めにする。


 結局その後も、殴る蹴るの暴行はしばらくの間つづき、満足した三人は踞る翔哉に唾を吹き掛け「早く風呂でも入って飯食おうぜ!」と言って、何事も無かったかのようにその場を去って行った。


 大勢の者達が、この様子を目撃していたにも関わらず、誰も止めようなどと言う者など現れなかった。


 そんな状況が二週間くらい続いたある日、一斉に現在のステータスを確認する為の場が設けられる事になり、多くの者達が歓喜に沸く。


 日々の厳しい訓練により基本的なスペックについては皆、概ね上がっており、才能が有る者達に関しては天恵レベルが5まで上昇していた者も何人かいて、光力が上がった分だけ補正値も上がっていたからだ。


 対する翔哉はと言うと、僅かに基本的なスペックが上昇しているだけで、天恵レベルは0のまま変わってはいなかった。スキルのレベルにも特に変動はなく、新たなスキルを獲得していたなどと言う事も無いようである。


 一部の者達などはスキルのレベルが上昇していたり、新しいスキルを獲得していたりする者も何人かいて、まさしくクラスメイト達の間で何となく別れる格付けにも、大きな影響が出始めていた。


 無能である事はほぼ間違い無いであろうとは思いつつも、訓練次第ではひょっとしたら化ける可能性も有るかも知れない、そう思っていたアトラシア側の人間達も、この確認会の結果を受けて完全に翔哉に対して冷たい態度を取るようになってしまう。


 その確認会が有った翌日、翔哉は一人だけ、下級の教官に呼び出され、教官達の控え室へと向かった。


 もはや応対する人間も、教官長ですら無いようである。


 部屋に入ると、いつも暴行劇をただ傍観しているだけの教官補助の一人が、やる気の無さそうな顔で面倒くさそうに翔哉に向かって話し始めた。


「ああ、来たね涼森翔哉くん。君を呼んだのは実はね。今日から君は部隊に配置される事になったんだよ。だから、これから私が君の事を、そこに案内するからね。じゃ、早速行って早く済まそうか」


 そう言うと彼はすぐに部屋のドアを開け、翔哉に手招きをして一緒に行くように促す。


 翔哉はまだ二週間くらいしか訓練を受けていない上に、一般人と同じくらいの能力しか持ち合わせていないのだ。そんな彼をいきなり部隊に配置するなんて、ただ飯食いに対する厄介払いだとしか思えない。


 わざとらしくなのか、たまたまなのか、教官補助の彼は移動する際、クラスメイト達が訓練している屋外広間の回廊を通るルートを取った為、翔哉は何処かへ連れて行かれるのを皆に目撃されてしまう。


 隼人と雪菜がその件について会話し、太志、そして、岬が独り言ちる。


「あいつ本当ダッセ! 弱い癖にいきなり実戦配備なんて完全に廃棄処分って事だろ?」


「あはは! 廃棄処分なんて言ったら流石に可哀想だよ隼人~。一応、元クラスメイトなんだからさ~」


「ちっ、殴る感触を実感する為の練習台を新しく考えなきゃだな!」


「せっかくあいつ居なくなったのに、俺の相手、今度は教官かよ......」



 翔哉が配属される事になった部隊は、斥候部隊であった。斥候部隊と言っても、彼らの活動場所は主に邪神が住むとされる大樹海が中心である為、実はかなり危険な任務が多いとされる部隊なのである。


 配属早々、厳しい訓練に参加させられる翔哉。


「おいおい! 異世界の人間はこちらの世界の人間よりも強い力を持っているんじゃないのか?」


 翔哉の事を木剣で打ちのめしながら、そんな事を言う意地悪な先輩の隊員。


 周囲から一斉に笑い声が発生する。


 そんな感じで一週間くらいは、毎日のように訓練と称する暴行に堪えていた翔哉だったが、最高司祭に彼の事を委任されていた下級司祭と、彼に呼び出された直属の司令官が、執務室で配属から一週間が経過した事で感じた内容について会話を行っていた。


「彼はどうですか? 少しは強くなりましたかな?」


「あー、いやー。あれはダメですな! まぁ別に普通と言えば普通なんで、この先も普通に訓練していけば、普通の兵士にはなれるでしょうがね......」


 やたらと普通を連呼する司令官。


「召喚者としての才能の方は、どうなのですかな?」


「問題はそれなんですよ。普通あれだけの量の訓練をしたら、天恵レベルが1くらいは上がりそうな物なんですけどね。全く上がらんのですわ!」


「他の召喚者達も、あれから更に一週間が経って全員レベル5を超えたと聞きましたが、彼だけはまだレベル0なんですか......」


「それで一つ思った事が有るんですけどね」


「思った事? 何ですかな?それは」


「あの邪神の呪いとか言うパッシブスキルが影響して、レベルが上がらないのではないかと?」


「様々なデバフを相手に付与する魔法なら聞いたことは有りますが、自身のレベルアップを阻害する魔法がパッシブスキルとして、最初から付与されているなど聞いたことも有りません。しかし、文字通り呪いなのだとしたら、確かに納得いかない事もないですね......」


「やはり邪神と言う名の通り、マリーザから受けた呪いなのでしょうか?」


「恐らくそうでしょうな。ハーベの使徒で有りながら、このような事は前代未聞ですが......」


 しばらく沈黙が流れた後、下級司祭は司令官に言う。


「明日から早速、実戦に投入いたしましょう!」


「は? しかし彼は普通の兵士としても、まだ未熟ですが?」


「実戦に出せば、そのスキルについて何かわかる事が有るかも知れませんし、もし死んだとしても厄介事が無くなるだけでしょう?」


「なるほど、確かにそうですな! では早速、その様にいたしましょう!」



 そして、翔哉は森の中で起きた襲撃事件を経て、現在に至るのであった。

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