25、失せ物
「クソッ!あの小人ウソを吐いたな!」
日が落ちてすっかり暗くなった森の中、魔物の襲撃が止んだところでポールは堪らず悪態を吐く。
理由は単純。小人の集落の長から聞いた通りに進んだにも関わらず亜人の集落に着く気配すらないからだ。
『少々距離は離れていますので幾ら皆様でも日暮れ前に着けるかどうか…』
と同族を庇おうとしていたのか渋る小人の長に、
『女神の加護がある我々に心配無用』
そう言って聞き出したが…。
(肝心なところで日和ったのか!?亜人風情が!)
恐らく亜人同士の繋がりから女神信仰でない亜人の扱いがどうなるのか勘繰ってしまったのだろう。無駄な事をしてくれた。
苦々しい顔をしているポールの周りにいる捜索隊の騎士達は既に暗くなっている為、近くにあった拓けた場所で野営の準備を始めた。
「はぁ…森では罠に四苦八苦。やっと小人の集落に着いたと思えばまた罠で泥だけ。しかもポール司祭の指示で泊まることすらなく魔物を倒して進む…」
「やっと休めるな…」
例え騎士と言えども先程まで断続的に魔物の襲撃に会っていた所為か疲れが隠しきれずふらついている者に堪えきれずに欠伸をした者もいる。
そんな緩んだ空気の中、欠伸を噛み殺した騎士の視界の端で何かがキラリと光ったのに気が付いた。気配はないことから魔物ではないと近付く。
「………なんだ指輪か」
低木に乗っかっていた指輪を取って眺める。
シンプルな形の指輪に暗くて色が見えないが石が嵌まっている。どうしてこんな物が、と思うが先程までいた小人の集落で家の中を捜索した騎士がゲットしていた物を落としたのだろうと思い、それなら自分の物にしてしまおうとニヤリと笑った。
暗がりでも分かる程、指輪は美しく輝いた。
指輪を見付けて懐に収めた後、素知らぬ顔で戻ってきた騎士は急に肩を叩かれてドキッとしながら振り返る。
「この指輪、どうした?」
後ろには自分の班の小隊長が立っていた。だが騎士はそれよりも小隊長の手にある指輪に釘付けだった。
「あれ?何で小隊長が持っているんだ…?」
自分は落ちないように大事に懐にしまった筈だ。そう、俺の指輪を小隊長になんか渡す筈がない。
「返せ!」
「どうしたんだ?これは私の指輪だ。渡す訳がないだろう」
「違う!俺が見付けた俺の指輪だ!」
俺の指輪を取り戻そうとするが小隊長はヒラリと避けて返す気配はない。早く取り戻さなければ俺の指輪は渡さない。
「どうしたんだお前!…ってなんか金切り音がしなかったか?」
騎士と小隊長で唐突に始まった指輪を巡る戦いに周りの騎士は仲裁しようと押さえ付ける。
「そんな事気にする暇あるなら抑えろ!おい!あんな指輪持っている必要ないだろう!」
「あ、ああ。落ち着け!街に行けばあれよりも良い指輪なんて何処にでもあるぞ!」
「うるせえ!俺の指輪を侮辱するなぁ!」
「この指輪の美しさが分からないとは残念だな」
だが凄い力で暴れられて上手くいかない。仲裁しようとしている騎士はくすんだ石が嵌まったボロボロの指輪を奪い合う2人に困惑しつつ押さえよう必死になる。
金切り音がする度にフワフワと降る灰色の粉を気に止める暇はなかった。
「何が起きているんだ…」
ついさっきまで騎士達はテントの設営や食事の準備等をしていたのに、あっという間に変わってしまった。
「お前の所為で落とし穴に落ちた上に泥だけになったんだ!土下座して詫びろ!」
「はぁ!?落とし穴に落ちたのはテメェの不注意だろ!責任を押し付けるんじゃねえ!」
テント設営をしていた騎士が仲良く談笑していた筈なのに取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「聴こえる聴こえる聴こえる聴こえる。耳を塞いでも何をしても聴こえる。うるさいうるさいうるさいウルサイウルサイうるさい」
耳に刃物を当てながらガチガチと歯を鳴らしている騎士がいた。
「可愛いでちゅねーんー?よーしよし嬉しいでちゅかー?」
「ミンチミンチミンチ~♪今日はミンチミンチ~♪」
「アハハハハッ!アッハッハッハ!ガハッ!ハハハ」
「どうしてこんな俺はまだ生きているんだろうか。息をするのも烏滸がましい。俺なんて神に祈る資格すらない。神の御前でこんな汚い自分が行くなんて……」
他にも恍惚とした表情で野菜を撫でる者、仲間を殴り続ける者、殴られているのに笑い転げる者、全裸になって身体から血が出る程ゴシゴシと拭き続ける者、等々…おかしいと気が付いた時にはもう相当数の騎士がおかしくなってしまっていた。
ポールは無事な騎士はいないかと周りを見渡したが灰のような物が降っている所為で視界が悪い。そもそもこの灰のような物は何なのか。
「これは…?」
そんな考えが頭を過ったポールの視界に美しい花が写った。
真紅の花はどうやら偽物らしいがそんな事が気にならなくなるくらいに美しい。見たことがないその花は美しく、麗しく、美しく美しく美しく美しく・・・・。
「あぁ。この花の前ではどんな宝石も塵芥のゴミ屑だ。世界一美しい。この花以外はいらない。本物の花なんて焼き払ってしまおう」
既に粉が舞っていることを気にする捜索隊の者はもういなくなっていた。
「……此所は?」
目を覚ますと何時も使っているテントの中だった。布には防刃、防魔、等々の効果が織り込まれる形で付与されている。捜索隊の中で魂喰らいの行方を唯一追えるポールという存在だから使える物だった。
凄く良い夢を見た気がするのに何処か喪失感を感じる事に首を傾げつつ外に出ると朝日の眩しさに顔をしかめた。
「ポール司祭おはようございます!」
「ああおはよう。今日中には亜人の集落に着けると良いんだが」
「え?何を言っているんですか?亜人の集落は昨日巡り終えて魂喰らいがいない事を確認して今日は街に帰るところでした…よね?」
そうだよな?と言っている途中で不安になったらしい騎士が隣に立つ騎士に確認を取る。
「あぁすまない。昨日で終わっていたんだったな。寝惚けていたようだ」
急に話を振られた騎士が自信なさげに頷いたのを見たポールは昨日の記憶を思い出した。
小人の集落を去った後、確か魔髪人の集落に行き、そこにも魂喰らいはいなかった記憶がある事を。何か夢を見ていた所為か、昨日の疲れか、まるで白昼夢のように曖昧な記憶だが、この記憶は本物だと断言出来る。
ホッとした顔の騎士達を護衛に連れてポールは森を出て魂喰らいがいなかった報告をする為に急いだ。
◇◇◇
木々が風に揺れてガサガサと音を立てる。視界の下には森を出ようとしている教会の魂喰らい捜索隊が歩いていた。
里にも来ていた者達はたまに現れる魔物を討伐しながら順調に進む。
「ふふ。凄いのう。本当に誰も覚えておらんのか。あれが小人の秘薬か?」
太い枝の上で息を殺して教会の捜索隊を見ていたが隣の魔女に話し掛けられた。
まぁどうせ彼らは気付けないだろうから多少は気を抜いてもバレないと判断して楽な体勢になる。近くで見ている仲間も楽になるように伝えて魔女の問いに答えた。
「樹木人から貰った薬草にウチの優秀な調合士が作った只の薬だ。…今回は呪具の効果で精神が隙だらけだったから特段強く効いただけだ」
「それでも精神の洗脳に記憶の改変。都合の悪い記憶を消し、都合の良い記憶を植え付ける薬だ。あぁ恐ろしい恐ろしい」
うねる漆黒の髪の魔女との雑談を始めたが、まだまだ眼下の捜索隊の列は途切れる気配はない。
「量は作れないし魔物には効かない薬だ。こういう時くらいしか使い時がないだけの使い勝手の悪い薬だよ」
深緑の髪をした目付きの悪い少年は子供がしないような悪い大人の笑みを浮かべる。
「ベレニケ。回収した呪具を数え終わったって。欠けている物は無いそうだよ」
「そうか。手間を掛けたな」
樹を通じて現れた者の報告に魔女は満足そうに頷いた。様々な呪具の効果実験を出来た事に。
「いやいや。我々が1番適していた役割だったからね。ふふ、それにゴルゴンの瞳?とかの遊びを思い出して楽しかったしね」
眼下の捜索隊が彼等に気が付けない原因を作った森の半精霊は自ら以外も森と気配を同化させながらもかくれんぼ中かのようにニコニコしていた。
「あれを遊び呼ばわりか。流石、森の精だな」
「半分だけどね」
「それよりも、相当数の呪具を貸し出したのだ貸しっぱなしとはいくまいよ。なぁ?ナノス」
「ええ~」
楽しげに会話をする3人の頭にはもう眼下の捜索隊の事は忘れられている。
彼等はこの森にいる亜人の里をしっかりと捜索した。もう一度来ることはないだろう。
捜索隊の要の司祭は昨日とある件を了承してくれて力を喪失したのでもう使い物にならない。
懸念事項としてはまだ聖刻の魔力を与えた者がいることだが、当分は司祭が捜索隊を率いる筈でそれなら問題にならない。
「さて。そろそろ帰るか。ナナネの飯が待っている!2人もどうだ?」
「馳走になろう。勿論、呪具の貸し出しとは別でな」
「嬉しいなぁ。私たちは料理を殆どしないから楽しみだよ」
その会話を最後に捜索隊の周囲にいた小人、魔髪人、樹木人達は気取られる事なく離れて行った。
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