26、決意
翌日起きると、エナノと一緒にナナネさんがいる里長の家まで行く。
「木工品の工房に行ってもらえるかしら~?ナナかニーニョに話し掛けて指示して貰ってね~」
と、ナナネさんから指示をもらったので木工品の工房へ向かう。
「ったく。教会の奴らめ畑を遠慮なく踏み荒らしやがって。樹木人の人たちには感謝だな」
道中、作業をしている小人達のぼやきが聞こえる。
「お義母さんから貰った家具が壊されちゃってねぇ」
「あらそうなの?うちも息子と夫が作ってくれた棚が壊れてたのよ」
責められている訳ではないけれど心に鉛が次々と放り込まれたように重く沈んでいった。
今回は家や家具が壊されたりした。じゃあ次があったらその時は小人に被害が出てしまうかも。その被害者はコービーやニーニョ、ピグミーにネンやエナノ等の知っている人かもしれない。
一度思うと悪い考えがドンドン沸いて止まらない。
「あれ?アンリ?どうしたの?それにニーニョの娘まで」
聞こえた声に顔を上げるとナナがいた。どうやら考え事している内に工房に着いたみたいだ。
「えっと、何か手伝いたくてナナネさんに聞いたら此所に…」
「そっかー。確かに今日中に終わらせられるかなーって思っていたところだから助かる」
「あのね、わたしはエナノだよ!」
「そっか。エナノか。初めまして、うちはナナだよ」
木工品工房のリーダーを勤めているナナに案内されて中に入ると其所は強盗が家捜ししたかのように荒れていた。
「これでも本当に盗られたら不味い物は別の場所に隠していたんだけど。残していった物は壊れるか行方不明だよ」
肩を竦めたナナの視線の先の床には小人よりも大きな足跡が幾つも残っている。
床の泥を掃除する役目を担った。濡らした布で拭くが泥の足跡は渇いており中々落ちない。
エナノと並んで床をゴシゴシと拭いている内にいつの間にかお昼の時間になった。
里長の家へ向かうとそこは花見の宴会ようになっていた。
「よぉ!」
木の下に1番目立つ集団がいるかと思えば
「おや。アンリじゃないか。ふふ、酒はいるか?」
「顔に泥が着いているよ。これで拭き取ると良い」
気が付かれてしまったので近付くと全員何故か機嫌が良さそうだ。ニコニコしながらお昼を食べている。
ベレニケからのお酒のお誘いは肉体が子供の為、丁重にお断りをして色々な具材が挟まっているサンドイッチを食べる。動いていたのもあってお腹が空いていたらしく何時もより多く食べた。
「はぁ。一仕事終えた後の酒は堪らんのう。ナノスよ何故こんなに旨い酒をもっと作らんのだ?」
「酒にすると子供が飲めないだろ?それに小人は酒に弱い奴が多いから消費が少ないんだ。これでも客人用に多く作っているんだからな」
「ふぅん。まぁ少ないからこそ味わおうと思えるが…。もっと飲みたいものよ…」
酒を飲んで更に色っぽくなったベレニケは吐息を吐くと果実酒を口に含んだ。
「………あぁそうだ。アンリ、教会の捜索隊は森で迷って、魔髪人や樹木人の里には辿り着けずに帰って行った。恐らくもうこの森には来ないだろう」
「ゴホッ!……えっ?ほ、本当ですか?」
突然の情報に丁度飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
「私のスキルでも確認したわ~。本当だから安心してね~」
懐疑的な視線で里長を見た私にナナネさんから情報の補強がされた。
「このカジツシュ?ってちょっと独特な味がするジュースだよね。私は普通のジュースの方が好きだなぁ」
お酒をジュースと同じだと言い張ったリグナムの発言を聞いてベレニケが魔法を私用して酒を奪ったのは直ぐ後だった。
午後も私の仕事は同じで床を掃除する。一部の部屋の床は壊されていたらしく床板を張り替えるので掃除する必要がなく午前中頑張った甲斐もあって床掃除が終わった。
「床掃除してくれてありがとう。助かったよ。外に出していた棚を戻すんだけど中に入っていた細工途中だった物とかを運んで棚に入れて欲しいな。手伝ってくれる?」
「はい!頑張ります!」
次の仕事は小物の運搬になった。殆どが掌サイズの物だが雑に運んだら傷付いてしまったり壊れてしまいそうな物が多く、一気に運べず何度も往復する羽目になった。
夕方になり、ランタンの実が里を照らし出した。室内も照らされるが日中よりも薄暗い。光魔法で照らす事も出来るが長続きしない。それに工房の掃除も明日で終わりそうなので今日は無理せず終わりにしようとニーニョは判断して声を掛けた。
「今日はここまででおしまいにしましょう」
「そうだね。…あー!身体中が痛いよ」
「ナナが細工作りばっかりで引きこもっているからじゃない?」
「えー!ニーニョさん酷い~!大切な工房を一刻も早くキレイにして早く木工品作りを再開したいだけの普通の小人だよ?」
工房を大切にしている影に隠れきれていない私利私欲の塊の発言をしたナナに苦笑する。他の小人を見るが疲れているが昨日の1番酷い状態から結構片付いたことに嬉しそうな顔だ。
そのまま見渡していたニーニョに娘とその娘が妹のように可愛がっている少女が近付いて来るのが見えた。
「ママー!」
エナノがニーニョさんが見えた途端走る速度を上げて抱き付いた。
「あら、エナノ今日は頑張っていたわね。アンリちゃんも、拭いてくれた床がとってもキレイだったわよ」
「あ、いえ、お役に立てて良かったです」
疲れからか猫のように甘えているエナノを撫でながらニーニョさんにお礼を言われてちょっとキョドってしまった。
フワッと微笑んだニーニョさんが手招きをする。
「…………!?」
不思議に思いながらも近付いて行くとエナノと共に抱き締められた。
「エナノ、アンリ、今日はありがとう。よく頑張ったわね」
暖かい言葉、じんわりと伝わる温もり、じわじわと心が暖まっていく。
工房が、里が荒らされた原因は私なのに、手伝いだって大した事出来てないのに、誰も私を責めず笑顔を向けてくれる。
「さぁ!今日の夜は2人の好きな物を作るわよ!何かリクエストはある?」
「ハイハイ!わたしはミートボールが良い!」
「分かったわ。アンリちゃんはどう?」
「…私もミートボールが良いです」
「そう。それなら沢山作らないとね」
エナノが真っ先にリクエストしたミートボールは数日前に食べた肉団子をトマトっぽいソースで煮込んだ料理だろう。確かに美味しかったので同じリクエストをした。
「ミートボール楽しみだね!アンリ!」
小人の温かい優しさたちで温まった私はエナノに笑顔を向けて頷いた。
ミートボール作りをエナノと手伝って大量に作り……過ぎたミートボールは食べきれず、残った分は明日の朝のスープに生まれ変わることになった。
テレビやスマホどころか本だって早々ない世界。眠る時間も早く布団を敷いて横になった私の隣ではエナノが寝ている。
『お姉ちゃんが寝かしつけてあげる!』
と息巻いていたのに結局先に眠ってしまった。エナノが握ってくれた手を軽く握り返すとエナノも軽く握り返してくれる。
とても温かいけど、気分は落ち込んだままだった。
今日見た里の状態に苦しくなった。教会の人達が魔物に襲われて殺されても何とも思わなかったけど、小人達が傷付くと想像するだけで辛いと思った。里の状態を見るに教会は亜人に優しくないようだ。それなら『魂喰らい』の私がいるとバレたら皆殺し、もあり得る。
助けられた側の私が思う事ではないのだろうけど。
でも、私は早く里から出て行くべきだ。恩を仇で返したくない。
時期としては掃除が終わったら、だろうか。それだと残り一週間もないけど何とかなるでしょ。
密かに決意を固めた私は明日からの手伝いを更に頑張らなくちゃと目を瞑った。
小人の里に教会の魂喰らい捜索隊が来て里を荒らして帰ってから数日、里は連日の掃除によって畑も家屋の中も片付け終わった。
「おはようございまーす……アンリです。里長から呼ばれて来ました」
話があると呼び出された私は里長の家に来ていた。田舎あるあるの開きっぱなしの扉から挨拶をするとナナネさんの奥から現れる。
「あら~、おはよう。ナノスから聞いているわ~。さぁ着いて来て」
ナナネさんの後ろを着いて廊下を歩く。
入った部屋に座って待っていたナノスの隣にナナネが座り、私は向かいに座る。
「おはよう。早速話をしようか。聖刻についての話だ。ベレニケが聖刻の魔力解析が大きく進みそうだと連絡があった。やる気で燃えていたから終わるまで数ヶ月ってところか…」
確かに聖刻がそのままなのは懸念事項だった。しかし数ヶ月…教会の捜索隊はいなくなったばっかりだし居ても平気かな。いやいや、教会の魂喰らいへの態度を思い出せ!バレたらヤバい、でも魅力的……。
いやいやだって聖刻があるままだったら街にまともに入れないじゃん!不法侵入常連になりそうだなって思ってたんだよ教会の信者にバレたら一発アウトで追われる生活に逆戻りで次は逃げ切れないかもしれないしそれに…。
誰かに弁明をするアンリの表情は微動だにしていない。
聖刻が無くなるまでだから!!無くなったら即座に出ていってやる!
弁明から利用するだけして捨てるクズのようなことを思い始めた。
…聖刻が無くなるまでにいっぱい手伝って恩返ししよう。無くなってから何もせずに出て行くなんて利用するだけして捨てるクズの所業だし。
気が付いて少し冷静になったアンリは少し深呼吸する。返事は決まっている。後は言うだけ。
因みにここまで二秒。
「……はい。後数ヶ月お世話になります」
「あぁ、よろしくな!」
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