23、小人と教会
「ようこそお出で下さいました。教会の方々がこんな森の深くまで来るとは思いませんでした」
「必要であれば何処にでも行く。それが女神様のご意志なのだから」
ニコニコと対応する深緑色の髪に目付きの悪い少年にポールは真面目に返す。
身長差とはいえ巨人と小人のような差がある2人はにこやかに握手を交わす。
ポールの後ろに立つ教会の騎士達はニコニコと自分たちの周囲に立つ小人に不思議そうにしている。
メルバの森に入って数日の場所にある小人の集落。その中に無事、ポール達は入ったのだった。
それは数刻前に遡る。
「教会の方々ではありませんか!?どうしてこんなところに?」
「貴様、小人かっ!」
日が傾き始めた時、今日これ以上進むのは危険だと判断し野営の準備を始めた。罠に注意しながら───不幸にも罠にかかってしまった者を助けながらだったが、不意に木の上から話し掛けられた。
「小人が何の用だ!?今更、罠の解除でもしに来たのか!?」
「そうです!教会の方々がまさか罠にかかっているとは…心苦しいので解除しに来ました」
警戒している自分たちがおかしいのかと思う程に栗色の髪と瞳の小人は普通言うとその言葉通りに次々に罠を解除していった。
「何のつもりだ?」
「へ?」
「今まで1度も来なかったのに何故今頃来た!?嘲笑いにでもするのか!?」
質問した己をバカにするようなアホ面で首を傾げた少年に騎士は顔に青筋を浮き上がらせて怒鳴る。
「そんなそんな!罠を仕掛けたと言っても罠の数は多くて多くて…我ら里の小人でも把握しきれないくらいなんです。たまたま帰る時に近くを通っただけで教会の方々がここにいたのは初めて知りましたよ!」
そんな悪意にすら気がついていないかのように少年は慌てて説明するとニッコリと笑った。
「イヤーでも教会の人達も苦手な事があるんですねー。こんな簡た…シンプ…分かりやす…子供でも作れる罠に苦戦していたなんて!」
「なんだと!?バカにしてんのか!?」
「いやいやそんな事は全然!誰だって苦手な事はありますよ!自分はどうしても細かい細工が苦手で」
その様子にポールは小人は嘘が苦手で悪意に鈍く悪意のない種族なのだと評価する。聞いた小人と差異は少ないようだ。
だが一つ確認しなければならない。
「君たち小人は女神様を信仰しておられるのか?亜人で森に住まう君たちはてっきり土着の神を信仰しているものだと思っていたのだが」
小人が女神信仰なのかどうか。その答え次第で集落への対応も変わる。
「女神様って全てをお造りになられたんでしょう?信仰しない理由がありませんよ!」
小人が当然だろうと言った言葉にここの小人達は殊勝な心構えがある、とポールは満足気に頷くのだった。
こうしてその小人…コービー案内の下今までが嘘かのような早さで小人の集落に着いた。一部もっと早く来てくれれば…と思っている者達もいたようだがそれは見苦しいと思わざるを得ない。女神の信者たる者が他者の、それも亜人の手助けを前提に動くなど…。
「里長!教会の方々を連れてきました!」
「ご苦労だった。初めまして、わたしはこの里の村長をしているナノスと言う。女神の手足たる騎士と司祭を歓迎しよう」
ため息を堪えて集落を案内されたポール達は他の子供程度の家とは違って大人の
そうして騎士と小人達が見守る前で握手をした。
「早速だが…先日の魔物暴走は知っているな?」
「ええ。里にも魔物が来て対処に追われました」
「その魔物暴走のおりに魂喰らいが1体逃げた。現在行方を追っている。知っている事があったら全て話してもらおう」
「そんな事を言われても…何も」
「ほう?」
「魂喰らい、なんて存在は里に来ていませんよ」
ポールの圧のある問いにも小人の長は普通に答える。
「…そうか。ならば集落を捜索しても問題ないな?魂喰らいはいないのだろう?」
暫く見詰めあったがポールは姿勢を正すと問い掛ける。目の前に座る長の動きを注意深く観察して真意を探ろうとしていた。
「ええ。里にあなた方が捜している者はいません。満足のいくまで捜してください」
小人の長は先ほどまでと変わらない笑みで即答した。
「ですが…お気をつけて下さい。里の子供が仕掛けた罠が何処かにあるかもしれません。毎日見慣れている我々にとっては子供の遊び程度ですが、教会の方々にとっては大変でしょう。それに………」
だがその後に続いた子供の悪戯程度を気遣う小人の長にポールは我慢ならず声を遮った。
「平気だ。騎士だって鍛えている。罠ごときに遅れは取らない」
だから当然のように答えた。小人の大人が仕掛けただろう森にあった罠ではなく、子供が仕掛けた罠ならば大丈夫だろうというのが全員の総意であり、問題はなかった。
「ウワァァァ!」
「ヒィィィィ!」
「ギィヤァァァ!」
騎士の叫びが里中に響きわたる。
捜索を始めて直ぐに騎士の1人が罠にかかった。罠を解こうとした騎士も別の罠にかかった。森を歩いていた時の光景よりも酷い光景がポールの視界に広がっていた。
「やはり助けを………」
「いらん。我々だけでどうにかできる」
1度断ってしまった手前、掌を返す訳にもいかずナノスの提案を突っぱね、ポール達は魂喰らいを罠に怯えながら捜す。幸いにも罠の全てが子供が仕掛けただけあって殺傷能力が低い。質の悪いことに発動した罠が別の罠を発動させて騎士達が泥まみれ、となったりするくらいだった。
やっと木工品が置かれた天井の低い小屋に入った騎士は中腰で探し回る。家屋に入れば隠れられそうな場所を手当たり次第に捜す。
「捜せ捜せ!収納の奥、棚の裏!子供が隠れられそうな場所全てを捜すんだ!」
ガチャガチャと音を鳴らして必死で捜索する騎士達に隊長の怒号が飛ぶ。騎士達はその声に返事を返し、より入念に探し始めた。
「あれは果樹園か?」
「ええ。そうですが…」
外で待つポールの視線の先に段々畑で育てられた野菜畑の一角にある果樹園があった。側にいる小人の長に訪ねたが珍しく歯切れが悪い。
「果樹園は魔物に襲われやすく、あそこだけ大人が罠を仕掛けているのです…。屈強な騎士と言えど、どうなるか……」
続けられた言葉にポールは眉を寄せた。森でも集落でも罠に引っ掛かる騎士の姿を晒している為何も言えない。
そしてナノスの心配は的中する。
「ウアァァァ!助けっ!落ちるぅぅぅ!!」
さっきまでと同じような落とし穴に性懲りもなく引っ掛かっただけだと思ったポールだが、騎士の様子があまりにも必死であり、駆け寄った騎士も必死になって助ける様子にこれまでとは違う罠だったのだと理解した。
「あぁ…。やはりこうなってしまいますか。ですが運がよかった。あのまま落ちていたらただでは済まなかったでしょうから」
「貴様、こうなる事が分かって放置していたのか?」
「いえいえ!まさか。ただ先程、罠の事を教えた時に遮られてしまって言えなかっただけですよ」
予想通りだとため息を吐いた小人の長に怒りを滲ませたポールだったが返された言葉に黙らされた。当然だ。侮られていると感じて言葉を遮ったのはポールなのだから。
小人の長は別に煽っている訳ではなかったのか、それ以上続けることなく沈黙が広がる。数ヶ所ある果樹園の凶悪な罠に苦戦しつつも騎士達は鍛えられた肉体と精神で捜しきった。
その後落とし穴から家屋の収納まで隅々捜しても魂喰らいは見付からず、ポールも聖刻の魔力を探ったが反応せず、一応小人全員を集めてみたがそれらしき子供はいなかった。
「では失礼する。これからも女神様に感謝し、祈りを捧げて過ごすといい」
「はい。頑張って下さい」
これ以上いても無駄だと判断したポールは他にある亜人の集落について聞き、さっさと荷物を纏めて集落を出ていった。
深々と礼をした小人達に見送られて………。
「あー。かったるい」
教会の奴らが見えなくなって直ぐにナノスがニコニコしていた仮面を取り、ダルそうに肩を揉む。
「久々にこんな演技したなぁー!」
「疲れた~!」
次々とコービーやピグミー、普通に里で過ごしているニーニョ達まで教会の人々に接していたとは思えない程リラックスする。
小人は罠を仕掛けて狩りをする。その罠は時に自分だって使う。怪我をしたふり、弱い子供のふり、魔物の狩りに使うその技術はしかし、必要とあらば人にだって使う。平気な顔をしてウソを吐く。小人のイメージだって外での振る舞いに気を付けて小人達が誘導していた。
「…精々よく捜すんだな。俺たちが協力している以上この森では一生見付けられないが」
薄く笑う小人達の見た目は子供だが中身は立派に弱肉強食世界で生きる大人。子供の見た目だからといって侮ってはならない存在だったとポール達教会の捜索隊は知らない。
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