21、始まりの樹



「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!月に1度の小人が製作した木工品市だよぉ~!」


 コービー達と里から持ってきた色々な物を並べる。準備を終えると里長が集まった樹木人ドリュアスに聞こえるように声を張り上げた。


「わぁー!」

「待ってましたーー!」

「タノシミー!」


「………え?」


 盛り上がるオーディエンス樹木人たちに早速商品の紹介を始めたナノス里長。私の困惑を置いて、取引が始まった。


「あー。アンリ、もしかして里長から聞いてない?」

「ないです。今朝急に決まって急いで準備して来ただけです」


 1人アワアワしているのに気が付いてくれたコービーに真顔で首を振る。樹木人の相手で忙しい里長を見て盛大にため息を吐いて説明をしてくれた。


「そうか…道中は休まらないしなぁ。これは毎月恒例の樹木人と小人間の取引なんだ」


 樹木人との取引は、樹木人が育てた果物や木材と小人が作った薬や木工品の交換だそうだ。今使っているコップも皿も小人が作った物らしい。


「わぁ。このフォークの持ち手、猫みたいになっているんだね。こっちのコップも蔦と花が綺麗に彫られている」

「これを貰おうかな~」

「これホシー!」


 里単位での物々交換なので、持ってきた物で欲しいと言われた物から渡していく。時には椅子やチェスト等の大きな家具も貰い手がついた。代わりにこれが終わったら樹木人から貰う。それが取引であり、里長の何代も前からしている伝統行事でもあるそうだ。


「よし。それじゃあ次は魔髪人コームウィッチの物だ」


 と、コービーから説明して貰っている間に里長の手腕で小人が作った物があらかた渡し終わった。

 次は魔髪人が作った物になった。が魔髪人の物は元々リクエストしてあった物を渡すだけなのでさっきまでの盛り上がりから少し落ち着くだろう。


「……魔髪人が製作した呪物だ!」


 だが里長はまだまだ元気にすっかり行商人にしか聴こえない声で禍々しい気配のある品々を置いた。


「これが『魅了の造花』イイね。何処に置くのがいいか…」


 足が他の樹木人よりも太い樹木人が毒々しいピンク色の造花を持って行った。


「真っ赤な石キレー!」

「早く試してみたいなぁ!あっ、触っちゃダメだからね!危険なんだから」

「キケンー?」


 肌色が白い樹木人が真っ赤な石を持って行く。後ろを石が気になったらしい小さな樹木人がカタコトな言葉で話し掛けていた。


 魔髪人の本職は呪物製作だ。他者に悪影響を与える黒魔術の中でも人の昏い感情と媒介を使用して効果を与える呪い。広げた物は本職が製作した高品質な品々なのだ。


 他にも細かな鈴が沢山付けられた物や、細い糸を一本の縄にした物等々………効果は知らないがリクエストされていただけあって呪いの品々は樹木人に大いに好評だった。


「それじゃあオレ達は受け取りに行ってくる。アンリはそこで少し待っていてくれ」

「はい」


 こうして月に1度の恒例行事は終わり、貰い手がついた物の数と小人の里の欲しい者から何をどれだけ貰うのか議論しに行った。コービー達も着いて行ってしまい、残されたのはリグナムを始めとした樹木人数名と私とソル。


「初めましてバウムだよ。疲れていない?果物いる?」「可愛い鳥だね。珍しい種類だ。その鳥の名前はなんて言うんだ?」「いい柄の布だね!どうして額に着けているの?怪我?それとも別の理由……」「君って小人?それとも人種族ノーマル?あっ!ノーマルって言えば昔凄い王様がいてね……」


 ドッ!とよってきた樹木人が好き勝手に話し始めた。誰が何の話をしてるのか分からないくらいだ。


「ピィピィピッ!」


 ソルが離れろ!と羽を広げてくれているがまだ小鳥のソルがそれをしても可愛いだけで効果は無い。


「ほらみんな。珍しいお客さんだからって一辺に話し掛けたら困ってしまうだろう。ほらジュースをどうぞ」

「ありがとうございます…」


 頭の処理を超えた話をしていた樹木人は、リグナムが入って落ち着きを取り戻した。


「ごめんリグナム。ついつい…ボクはアルブルだ。綺麗な黒い羽だね。抜けた物で良いから貰えないか?」

「本当にアルブルは綺麗な物集めに余念が無いなぁ」


 ピョンピョンと体のあちこちに細かい枝が生えているアルブルに感心と呆れ混じりで笑ったのがさっき果物を渡してくれた頭の葉が細長く先だけ白いバウム。


「悪い奴ではないんだ。樹木人1番の綺麗な物好きなだけでね」

「ボクは何十年も勝手にコレクションに物を追加していた奴を忘れないからな」

「ゴメンゴメン、面白くて。それに一部は気に入ってコレクションに追加してくれたじゃないか」


 リグナムも楽しく話す彼らの年齢も分からないが、まぁ気にする必要もないだろう。


 樹木人はお喋りな性格のようで、時々脱線しながら色々な話をした。


「私たち樹木人は<植物の加護>持ちでね。この辺り一帯の森の声を聞くことが出来るんだよ」

「だから此所には魔物は来ないんだぁ。何時でも平和だよぉ」

「ちょっとした物なら植物の繋がりを通って送ったり持ってきたり出来るんだ。コレクション集めに便利なんだよ」


 森は樹木人の庭も同然で魔物がどんなにいようが樹木人の里まで到達出来ないようだ。


「昔に凄い大国があってねぇ。大陸の中心にある魔の森に隣接していたんだけどぉ人種族ノーマルも亜人も平等を謳っていたんだぁ」

「そんな国もあったね。我々のように精霊の親族の種族も多く所属して植物からの評判も良かった」

「でも初代皇帝が亡くなって数代で国はバラバラになったよな。皇帝の人望ありきだったんだろう」

「なんて名前の皇帝だったっけ?ながーい名前だったよね」

「忘れちゃったなぁ」


 恐らく大昔にあっただろう国家の話まで、のんびり気ままに話をする。


 こうして聞いていると私よりよっぽど世界の事を知っている。私はまだこの世界に産まれてたった数年だけどまだまだ知らない事が多いのだと思った。


 だが、少しだけ思う。

 わざと知識を与えられていなかったのではないか?


 回復魔術や結界魔術だって本を盗み読みして習得した。簡単な魔法以外は教えてくれなかったから。『まだ早いから、もう少ししたら』そう言われていたから。国名も殆ど知らない。それは田舎だからとかではなく、警戒する対象に知識を与えない為…?


 考え過ぎても真相は分からない。話が一段落したところで気晴らしにソルと一緒にお散歩することにした。


「綺麗な木………」


 泉の先にある巨木は雄大な自然を感じさせるのに、枝先は繊細な細工のように美しく、根元には薔薇からチューリップはては見知らぬオーロラ色の花まで咲き誇り、天から光が照らす。巨木を中心に絵画のように息を飲む程美しい光景があった。


「…そう言ってくれると嬉しいな。あの木は『ロティス』と言う名前でね。我々の母なんだよ」

「母?」


 いつの間にか隣にいたリグナムは嬉しそうに声を弾ませて泉の先を見る。


「ああ。あの木から樹木人は産まれるんだ。………少し昔話をしようか」


 樹木人の始まりは絶世の美人だった。

 彼女は普通の町娘として産まれたがその美貌が故に貴族に引き取られ、老齢の貴族の妾にされかけていた。だが彼女を別の貴族が救い出した。彼女を一時的に邸に匿ったその貴族はしかし、彼女の美貌に心奪われてしまった。それに怒ったのは貴族の婚約者だった。婚約者は彼女に数えきれない程の嫌がらせを行い最後には命を狙った。それを庇った貴族は死亡し、婚約者は罪人となって処刑された。

 彼女はその美しさから別の貴族に引き取られ………また似たようなことが起きた。それは何処に行っても同じで、引き取る貴族がいなくなり平民になると夜も眠れない程だった。


 それでも彼女には友人がいた。声を掛ければ何処にでもいる友人が。


 彼女の美しさは遂に王族にまで届き、彼女は王子に求婚された。

 傍目から見ればそれは美しい物語のようだっただろうが、実際は求婚とは名ばかりの拉致だった。

 王宮の一画にある邸に閉じ込められ、欲の発散先でしか見られないことに耐えかねた彼女は友人に願った。


『自分の顔をメチャクチャにして。もう耐えられない』


 泣きながら伝えた彼女に友人は答えた。


『自分はただの植物の精霊。友人1人を助けられないが清らかな友人を、大切な友人を失いたくはない。傷付いて欲しくはない。だから力を与えよう。大きな力だ。精霊に限りなく近付き姿すら変化させる程の』


 植物の精霊は彼女の友として願いを叶えた。

 彼女は樹木の肌と自然を聞き、操る力を得て彼女を追う王子から逃げて、この森の最深部に辿り着いた。


 彼女は根を張り、友の精霊と穏やかに暮らしていた。やがて彼女の魔力から枝分かれして樹木の見た目をした半精霊半人の亜人が誕生した。


「それが樹木人なんだ。そして私はその始まりの樹木人………かもしれない」

「ピピ?」

「どっちかは関係ないんだよ。樹木人はそれこそ何百年と生きるから」


 そう言えばリグナム然りバウムやアルブルも流暢に話す樹木人は大昔の事について話していた。


「…あ。母さんが歓迎してくれているよ。枝を振っている」


 泉の先の巨木───ロティスがワサワサと手を振ってくれていると聞いてアンリは少し手を振った。


「母さんの木は自由自在でね。枝は勿論、長ーーーい根っこを動かすのも掌サイズの洞を人1人入れるサイズに変えるのも出来るんだ。生まれたての時はよく遊んでもらったなぁ」


 のんびり喋るリグナムの声が右から左へ流れて行く。手を振った一瞬、前世の芸能人も今世で見た美人も誰も敵わない女神だと言われれば、そうだろうと頷いてしまう程に美しい人が見えた気がした。


「アンリー!」


 それは気の所為だったのかどうかは分からない。隣に立っているリグナムは反応していなかったし、私が見た幻影だったのかもしれない。


「待たせちゃってごめんね。もう終わったからそろそろ帰ろうと思って…アンリ?」

「あっはい。何か手伝うことはありますか?」

「それじゃあ貰った果物とかを幾つか持って欲しいな」


 ぼんやりしてしまい、呼んできてくれたピグミーに心配されてしまった。立ち去る前に少し振り向いたがさっき見えた美人は見えなかった。


「もう帰っちゃうなんて寂しいね」

「ああ。日が落ちたら魔物が増えて危険だからな。また来るよ」

「それもそうだね。ああ。里の子達にお土産を持って行くといいよ」

「いや、俺たちもさっき素材を受け取った時に貰ったから…」

「ふふ、蜂蜜にリンゴやオレンジ、魔髪人の分も必要かな…………」


 どうにかしてお土産を断る…のは諦めて量を少しでも減らそうとするナノスと1つでもお土産を付けたいリグナム。


「またねー!」

「ああ……」


 結局、蜂蜜と少しの果物で落ち着き私達は樹木人の里を去った。




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