20、樹木人



 遥か先にいる先行させたソルの声が聴こえると全員に聞こえるように声を張り上げて伝える。


「前方から5体!右から鳥系が3体!」

「ありがとう!オレとネンで前をやる!ピグミーは鳥を…」

「ツッ!5体の魔物を倒して1体が接近中!速い!」

「なっ!」


 コービーが視線を前方へ向いた時、木を薙ぎ倒して毒々しい色合いのヘビの魔物が現れる。


「ジャアアア!!」


 涎と血混じりの液体を口から垂らしたヘビは大木程の太さがある胴体を器用にくねらせて横に薙ぎ払おうとした。


「失せろ」


 その攻撃は木の上から放たれた1つの矢が突き刺さったことで未遂に終わり、巨体は力なく倒れた。


樹木人ドリュアスの里は魔物の生息圏を越えなくちゃならなくてな。大変なんだ」

「へ、へぇー」


 今さっきヘビを殺したとは思えない何時も通りの声で、魔物の死体が転がり、濃厚な血の香りという香水にしても売れなさそうな森の中で続々とやって来る魔物に速打ちで仕留めながら話をしている里長のナノスにかろうじて返事をした。


「ギャアァァァ!」


『あたし達は基本的に罠を仕掛けてかかった魔物を仕留めるの。里長は規格外なのよ』


 疲れた目で言っていたピグミーの言葉と後ろで深く頷いていたコービーとネンの姿を思い出す。


「失せろ」


 コービー達も魔法や弓矢で魔物を倒しているが、振り向き様に一射で仕留めた里長の腕は素人目でも達人級だ。


 現在向かっているのは樹木人の里。メンバーは私とソル、それと村長のナノスにコービーにピグミーにネンの5人と1羽だ。

 鳥の魔物は羽を射って、地を駆ける魔物は足を射って、殺す数は最小限に、だが移動速度は減速することなく森の最奥に向かって駆ける。


『アンリ!樹木人の里に行くから着いてこい!』

 と里長に早朝に誘われて急遽、着いて行くことになった。

『樹木人に紹介しておかないとな。ハッハッハ!』

 とても上機嫌な里長と里を出発して今に至る。魔物の死体の山を見ると何か嫌な予感がしたのは当たっていたと思わざるを得ない。


「止まれ。この辺りに折れた枝がぶら下がった木がある筈だ。見つけたら教えてくれ」

「わかった。アンリはその場にいて、コービー、ネン、アンリを目印に離れすぎないように探すよ」

「ソルも探してくれる?」

ピピッわかった!」


 離れ過ぎたら魔物に引き摺り込まれるような森なので気を付けて折れた枝がぶら下がった木を探す。

 何処にでもあるだろう、と思って探しているコービー達を見ていたが枝が折れた木は数多見付けたものの、枝がぶら下がった木は1つも見付けられない。


「どうだった?」

ピィピピィ見付かんない~」


 案外ないものだな。と場所を移動しつつ探し続けた。


「里長ありました!」

「よしっ!ネンのいる場所に集合!」


 ネンの声で里長が全員に声を掛ける。見える程度の距離にいた私達は直ぐにネンの下へ集合した。

 そこには確かに太い枝が折れてぶら下がっている大木があった。


「全員この枝になるべく近寄るんだ」


 里長の指示で近寄ると、里長は枝に手を触れて何か呟く。


「我、無闇に手折ることなく。傷付けることなく。場所を吹聴せず、友であろう」


 里長が言い終わると同時に枝が光を発して………なんてことは起きず、ふんわりと風が吹いた。


「道は開けた。行くぞ」


 首を傾げていたが里長がズンズン進んで行ってしまうので置いて行かれないように着いて行く。

 大木の後ろに回り、近くの枝から木を登る。大体ビル四階相当まで上がったところに洞があった。

 大人1人なら普通に入れる大きさの洞の中は真っ暗で、何処までも深く落ちて行きそうだ。


 その洞へ里長は何の躊躇いなく飛び込んで行く。コービー達も何の気負いなくひょいっと地面が続いているような感じで入ってしまった。


「えっ、ちょっと待っ………」


 静止の声を掛けるどころか手を伸ばすことすら間に合わず、里長もみんなも真っ暗闇に消えてしまった。暫く待っても落ちたっぽい音は聞こえず、かといって里長の無事が分かるような声も聴こえない。

 穴の先は安全なのか、樹木人は信用出来るのか、そもそもこの先に本当に樹木人がいるのか……考えれば考える程疑心暗鬼になっていく。


「ッ~~~!ええい、度胸あるのみ!」


 このままだと洞に飛び込めなくなると思ったアンリはソルに後から飛び込むように伝えて洞へ飛び込んだ。


「うわっ!?」


 てっきり落ちるものだと思っていたら、洞の先には草花広がる草原が広がっていた。落ちる前提で洞に入った私は盛大に転ぶ。


ピピピ大丈夫?」

「うん。びっくりしたけど」


 後ろから飛んで来たソルを見て、先に見てもらえば良かったかも…と思い付いたが既に後の祭り。土を払って立ち上がると少し先にいた里長達のところへ走っていった。


「おお!やっと来たか。じゃあ行くぞ」

「あの、ここは?あの森じゃあ無いんですか?」

「いや、あの洞は更に森の奥地…この森の最深部へ繋がっているんだ。つまりここ」


 里長に聞くと、あの洞は態々魔物の生息圏を突破しなくても行けるように、と樹木人が友人達の為に作った秘密のルートらしい。

 樹木人は元々外に出ることがなく、外との交流が最小限しかないのだが小人や魔髪人を始めとした亜人との交流はあり、外に出ることがなく里に出入り口がなかった樹木人は此処に来るのに命懸けな友人の為にルートを作ったそうだ。

 そんなに危険な場所で生活している樹木人ってヤバくないか?とは思ったが口には出さず草原から長閑な森に変わった場所を歩く。

 やがて樹齢百年超えらしき巨木が何十本と囲んだ泉の前の開けた場所で里長が止まった。


「スゥ──────来たぞーー!!」


 息を大きく吸って、身体強化で肺と全身の筋肉を強化して風魔法まで使って大声を上げる。


「起きろーーーーー!」


 森に響き渡る里長の声に枝葉がザワザワと揺れはじめてピタリと止まる。


 すると人程の背丈だった木が動き出し、あれよあれよと言う間に根っこは足に、枝は腕に、葉は頭に重なり髪のように、眼と口がある場所にある洞の瞳の部分に光が灯る。

 彼等は動き出すと里長とアンリ達の側まで歩み寄りキレイに礼をして見せた。


「………やぁ。よく来たね。歓迎するよ」

「カンゲーカンゲー」

「キャクー!」


 泉の先にある巨木の側から歩いて来た木が流暢に喋り歓迎の意を示すとまだ小さな木がパタパタと回りを走って笑う。

 これが、この森に住まう者。樹木人である。


「ナノス、元気だったかい?疲れただろう。果物とジュースを用意しているよ。たんとお食べ」


 柔らかな笑顔、を恐らくしているであろう樹木人が何処からか果物やジュースを取り出して里長に手渡す。


「オレを子供扱いするな、って言っても仕方ないか……」

「ふふ、我々にとって君は何時までも可愛い子供だよ」

「可愛いは余計だ」


 受け取るまで諦めないことを知っているナノスは渋々受け取り、他の物は別の奴らに渡すように指し示す。


「そこの子は初めましてだよね?わたしはこの樹木人の現リーダーをしているリグナムだよ」


 リグナムは腕に幾つもの桃色の小さな花が咲いていた。声や全体の雰囲気が春の安らぎを感じさせる樹木人だ。


「こんにちは。初めまして、アンリと申します。肩にいるのがソルと言って私の友人です。この度は里にお邪魔させていただきありがとうございます」

ピピッピありがとー!」

「これはこれはご丁寧な挨拶だ。凄いね。最近の外はこんなに進んでいるの?」

「いや、アンリが特殊なんだ。気にするな。それとアンリ」


 アンリとソルのお礼に樹木人のリグナムは驚きつつ同じように礼をした。顔を上げると里長に名前を呼ばれる。


「リーダーって言っても数年で交代するお飾りだからそんなに畏まらなくていい。というかオレにはそんな畏まった態度とってないよな?」

「コービーさん達に『里長に畏まった態度はしなくてもいい』と言われていたので…」

「お前ら…」


 里長の質問に思わず素直に答えると、恨みがましく睨まれたコービー達は『ヒューヒュー』とヘタクソな口笛を吹いて誤魔化す。


「リーダーは積極的に外から来た者と話す為の役職だからね」


 リグナムだけが変わらずのほほんとしていた。

 私だけじゃなくソルにも渡してくれた果物を食べながら大木に歩いて行く。


「木材は別の子が運んでいるところだから持ってきてくれた物を見せておくれ」


 大木の真下に着くと大木から落ちたであろう巨大な葉が数枚敷かれていた。そこに座り持ってきた物を収納箱アイテムボックスから出して並べていく。


「今回も自信作を持ってきたぞ」

「ふふ、それは楽しみだね。あ、おかわりいるかい?」


 並べている間に続々と樹木人が集まって来た。そして無くなった先から補充されるジュースにいつの間にか果物が盛られた皿が置かれている。


 コービー達と協力してスプーンやフォーク等のカトラリーや大小様々なお皿、木彫りの犬や猫の置物に繊細な細工の箱。大きな物だとチェストやテーブルまで並べる。


 準備万端になると並べている間に集まって来ていた樹木人に向かってナノスは笑顔で手を広げた。


「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!月に1度の小人が製作した木工品市だよぉ~!」

「わぁー!」

「待ってましたーー!」

「タノシミー!」


「………え?」



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