16、奥さん怒る
謎の信頼があるらしい里長の姿について想像しているアンリの頭上にある木から声がした。
「よお!コービーにピグミー」
見上げると木の枝に座るコービーと同じくらいの年に見える悪ガキ、という表現がとても似合う深緑の髪の少年が黄色の眼を煌めかせて私たちを見ていた。
「里長!いつの間に!?」
「ハッハッハ!妻が面白…不思議な気配を感じたと言うのでな。見に来た」
誰だろうと思ったがコービーの叫びで里長だと分かる。長老的な見た目を想像していたが、まさかこんなに悪ガキっぽい見た目なんて。
コービーとピグミーはそこそこ高い木の枝から軽々と地面に降りた里長に詰め寄る。
「見に来たって、あなた里長でしょ!そういうのは他の者に任せる場面ですよ!」
「そうですよ!もし何かあったらどうするんですか!」
「ええっ!2人とも仮にも長に対して態度悪くない?」
「奥様のナナネさんからの許可は貰っています。『長らしからぬ行動をした時は遠慮なく叱って殴れ』と」
「えー。酷い。面白…楽し…謎の事があれば里長として確認するのは当然だ!里長として!」
あくまでも里長の仕事の範疇だと言い張っている里長のナノスは里一番の弓の使い手だ。先日の魔物の大量発生の折にもほぼ全て一射で仕留めていた。その時は頼りがいのある里長なのだが…コービーとピグミーは2人揃ってため息を吐く。せめて本音は隠してくれと。
「それで?この子はどうした?」
「オレが森で見付けました。多分、数日前に起きた魔物の大量発生で奴隷商あたりから逃げたんだと思います」
「成る程~ふーん」
「…あ、あの?」
コービーの説明を聞いた里長は私をジロジロと見る。全てを見透かすような黄緑色の瞳に一歩、後ろに下がった。
「ピピッ!」
頭の上でのんびりしていたソルが里長に向かって威嚇するように羽を広げた。
「…うん!いいぞ!」
『「「………へ?」」』
離れるとニコッと笑って里長は言った。あっさりと許可が降りた事に全員フリーズする。
「ん?ここに滞在してほしいってことじゃないのか?」
「そうですけど良いんですか?他の者の意見を聞かなくて」
「その結果、見捨てる事になる訳にはいかないし、どうせ平気だろう」
「そんな軽い問題じゃ…」
里長のあっけらかんとした言葉に呆れ顔のピグミーとコービー。ちょうど里の方角から2人の人影が走って来た。
「はぁはぁ、ごめん。里長がまた何処かに行ったっていうので、取り敢えず息子のナンを連れてきた…って」
「父さん。やっぱりここにいたんだな。どうせ母さんの言葉を聞いて飛び出して来たんだろ。まったく…帰るぞ、母さんからの説教が待ってる」
呼びに行っていなかった里長がこの場にいる事に固まるネンと予想していたらしい息子のナン。
「えっ、イヤだ!やめてくれ!ナナネの説教は、それだけはーー!」
眼の色は薄茶と違うが目付きの悪さと深緑の髪がそっくりなナンは里長の首根っこを掴み、情けない声を上げる里長をズリズリと引き摺っていった。
「あー。取り敢えず、今日狩った魔物を届けに行かない?」
「そうだな。薬草もあるし、行くか」
「おいで。里を案内するよ」
嵐のように現れて消えた里長に一応許可は出たのでコービー達と里の中へ足を踏み入れる。
薄い靄がかかった細い道を抜けると、靄が晴れて小人の里が目に飛び込んで来た。
木と草で造られた家が斜面に建ち並び、斜面に作られた段々畑では畑作業をしている人達と近くには遊んでいる子供がいた。
光景だけなら日本かと思うような長閑な光景に一歩足を踏み入れたまま見入る。
「…?どうかしたのか?」
思わず立ち止まってしまった私にコービーが振り返る。
「えっと、いい風景だなぁって」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
思ったことを正直に言うとコービーは心底嬉しそうに笑い、ピグミーとネンはコッソリ拳を付き合わせた。
鹿を里の食料庫に、薬草を薬師の所に届けたアンリ達はコービーの家に向かった。
今日のアンリの取り敢えずの寝る場所とその他諸々を相談したいのと、コービーが産まれたばかりの息子に会いに行きたいと駄々をこねたからである。
「もうっ!3人とも何してるの!!」
「「「すみませんでしたあぁ!」」」
そして、コービーの奥さんのニーニョさんに諸々の事を説明して、アンリは快く迎えられたが、それはそれとしてコービー達は怒られていた。
額に青筋を浮き上がらせて怒るニーニョさんにただひたすら謝るコービー達3人。
どうやらニーニョさんは私を小人の里への帰り道の中でも魔物等が追ってこれないような小人しか使わないような道に案内した事を怒っているらしい。道理で険しい道のりだった訳だ。
「ねぇねぇ、アンリちゃん。こっちおいで」
正座させられているコービー達とニーニョの間でオロオロしていたアンリに話し掛けたのはコービーとニーニョの娘のエナノ。コービーと同じ栗色の髪を揺らして笑った。
「ママはあーなったら止まらないんだ。アンリちゃん、こっちでお菓子食べよ!」
「でも……」
「いいのいいの。理由を聞いたら怒るのも分かるし、パパ達は怒られていればいいんだよ」
冷え込んだ室内で普通に笑う大物のエナノに誘われ、どうしようかとニーニョさんを見る。
『もう少しバカを怒っているから座っていて』と頷かれ、手招きするエナノの隣に座る。
「しばらくしたら終わるだろうしアンリはゆっくりしてて。あっ!弟のイスン抱っこする?」
エナノは私とほぼ同じ身長だが、年齢は10歳だとか。ソバカスが可愛い女の子は初めての弟を自慢気に紹介してくれた。
「全く、私たちと近い身長だからってなんて無茶をさせたの!ノーマルの成長は小人よりゆっくりなんだから同じに考えたらダメな事くらい分かるでしょう!」
「ごもっともです…」
「大体……」
ほのぼのとした空気が流れるアンリとエナノとは対象的にコービー達は凍えるような冷気に晒されていた。
怒られる大人達をお菓子を食べながら見ていたアンリとエナノは目配せで伝えあう。
ニーニョさんは若葉色の髪を編み込んでお団子髪にまとめた淑やかな女性である。突然現れたアンリを『大変な思いをしたのね。この家で良ければゆっくり過ごしてね』と大海原のように広く深い懐で迎え入れてくれた。
だが、絶対に怒らせてはいけない。それは今叱られている大人達が証明してくれている。
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