17、お客様
「アンリちゃん!待てー!」
楽しくて堪らないと顔に出ているエナノが額に布を巻いた氷のようにキラキラとした髪の少女──アンリを追い掛ける。
「わ~!逃げろ~!」
後ろに迫るエナノから走って距離を取る。身体強化は使っていない。だから追い付かれてしまう。
「タッチ!アンリちゃんが仲間になった~!」
「アンリが死者になったー!」
「逃げろー!」
さっきまで一緒に逃げていた子供達が蜘蛛の子を散らすようにアンリから逃げて行く。そんな子供達をエナノと一緒に追い掛ける。
絶賛鬼ごっこ中のアンリです!小人の里に来てから数日経って里の子供達とは仲良くなれたよ!
最初は離れた所から見られるだけだったけど日に日に近寄って来て一昨日、遂に一緒に遊んでくれるようになったんだ。
額の聖刻はニーニョさんから布を貰って、それを巻いて隠している。他人に見せるようなモノじゃないからね。
鬼ごっこって言ったけどそれは遊び方が同じなだけで、小人の里では『死者と生者』って言うんだって。死者になった人が生者を追い掛けてタッチする。タッチされた生者は死者になって生者を追い掛ける。鬼ごっこって言うより増え鬼だね。
「ほら、あの水色の髪の……」
「あの子が…」
「危険じゃないのかしら…」
でも、まだ里の大人には受け入れられてない。表立った不平不満は言わないけど漠然とした不安を抱えているみたい。
少し離れた場所で井戸端会議をしている小学校高学年程度の背丈しかない奥様方からの視線を感じつつ、アンリは死者として逃げ惑う生者を仲間にさせようと追い掛けた。
「みんな~!お昼にしましょ~!」
死者と生者からゴルゴンの瞳(だるまさんが転んだ)や人隠れ(かくれんぼ)をして遊んでいると、ニーニョさんの声がした。
「「「「はーい!」」」」
お昼ご飯の時間になったことに食欲を思い出した子供達は一斉にニーニョさんへ走り出す。
「ふふ、ちゃんと手を洗ってからね」
「洗ったらおいで、〈クリーン〉をかける」
ソワソワしている子供達を流れるように手洗い場へ案内し、〈クリーン〉をかけて席に座らせる。
「今日はヒシューが得意な料理を持ってきてくれたよ」
「沢山あるから」
うぐいす色の髪が肩口で切り揃えられたクールな顔立ちのヒシューさん。私を里まで案内してくれた時に一緒にいたナンさんの奥さんらしい。
広げられた色とりどりの野菜にお肉。鼻を擽る美味しい匂い。我慢の限界に達した子供達は手を合わせて食べ物を与えてくれた自然と精霊に祈ると各々好きな食べ物を口に入れた。
「おいしー!」
「うまっ!うまっ!」
パクパクと食べて行く子供達。ドンドン減る食べ物。
「ほら、アンリも食べて。これとかオススメ」
「ありがとうございます…」
子供達の勢いに圧されて食べれてないアンリに気が付いたヒシューが今日の自信作だが子供があまり食べてくれない煮付けをよそってあげる。
「美味しい…!」
「ピピッ!」
「それならよかった」
美味しそうに食べているアンリといつの間にかアンリの肩に乗って食べているソルを見て、他の子供達も煮付けを食べ始めたのにヒシューとニーニョは満足そうに笑った。
「うんうん。確かに美味い!」
突然隣から聞こえた声。何だか既視感がある状況だと思いつつ声の主を確認すると、そこには里長がいた。
「さっすがニーニョとヒシューだな。飽きがこないように色々な料理を作るとは。ところでこの挟み焼きは妻直伝のやつかな?」
「はい、ナナネさんに教えて貰ったものです」
「やっぱり!この味付けは俺好みだからなぁ。あぁ美味しい!」
「あー!ボク挟み焼き食べてないのにー!」
「わたしもー!」
「仕方ないだろう!美味しかったんだから!」
彩り野菜を芋で挟んで焼いたおかずをほぼ食べきってしまった里長に子供達からのブーイングが飛ぶが、胸を張って大人げない理由を述べた被告人。
「そもそもどうしてここに?何か用事でも?」
話題を変えようとニーニョが里長に話をふると、少し空を見上げて考え、思い出したっ!と端から見ても分かる顔をした。
「今日何時もの客が来ているんだがな。折角だからアンリを同席させようと思って呼びに来たんだった!」
「何時もの客…あぁ!あの方々ですか」
「そうだ!あいつらは魔法に精通している。アンリの魔方陣もどうにかしてくれるだろう。とな」
最後に私を見て言った里長の言葉にドキッとする。
魔法に精通している。確かにそれならどうにかしてくれるのかもしれない。けど、これは残念ながら奴隷紋じゃない。魂喰らいの証の聖刻だ。その魔法に精通している人に頼んだらいずれバレてしまう。
ここ数日で小人族は教会の信者ではなさそうだと分かった。そもそも聖刻と奴隷紋の見分けが着かないくらいだし、人里との関わりが薄いんだろう。でも魂喰らいの認識は分からないし、魔法に精通している人も分からない。魂喰らいは亜人にも酷い事をした。
バレて、またあんな思いをするくらいなら、まだキレイな思い出の内に逃げようと腰を浮かしたアンリの頭上から艶っぽい声がした。
「そこの
みんな驚かせるの好きだな。と思いつつ見上げると、ふんわりと浮いている女性が段々と降下して地面に降り立った。
「ベレニケ。家で待っててくれと言っただろう」
「ナノスよ。中々見れない紋があると聞いたら待っているなんて妾が出来る訳がないであろう」
やれやれ、とため息を吐く里長にその場にいた全員が『どの口が言う』と思った。
ベレニケと呼ばれた女性はナイスボディーを強調する黒のマーメイドドレスを着て、膝まで届く長くうねった漆黒の髪に魔女帽子を被った人だった。
「…して、そこの氷色の髪の女子よな?額から魔力を感じる」
『魔女!?初の魔女!?』と驚く脳内と『神出鬼没の村長と飛行出来る魔女から逃げるなんて無理だ。諦めよう』と絶望的な心の私にベレニケが夜空のような瞳を向けて愉快そうに眼を細める。
「さぁ女子。紋をよく見せておくれ」
額の刻印を隠していた布を取っ払われ、額の聖刻が露になる。どうなるのかと緊張で固まる私と『ほうほう…!ふふっ!ふふふ』と笑い始めたベレニケ。
「解くのには時間がかかるなぁ。書き写したいのだが、良いか?」
「アンリ、どうだ?ベレニケは魔法関連に関しては変態だが、腕は確かだ」
「お願い、します…」
「では行こうか。邪魔したな。子等よ」
断る選択肢なんて無い私が頷くや否や、ベレニケに抱えられてフワッと浮いたかと思うと空を飛んで連れて行かれた。
「さて、折角の機会だ。そうそうお目にかかれぬ教会の聖刻………ふふふ。しっかりと写さねば」
地面に降り立ったベレニケの開講一番の一言に硬直する。
やはり魔法に精通している魔女なだけあって奴隷紋と聖刻の違い程度直ぐに解ってしまったらしい。あの場で言われなかった事は良かったかもしれないが、やはりこの後は教会に連れて行かれるのか……。
逃がさないと言うようにガッチリと抱えられたまま、亜人にも恨まれているのか…と思っているアンリと聖刻で頭がいっぱいのベレニケ。
「あらあら~。ベレニケさん。その子が怖がってしまうわ。ちゃんと説明、してあげないと~」
「そうだ。ナナネの言う通りだぞ」
そこに話し掛けたのは里長の妻のナナネと里長のナノスだった。どうして魔法ですっ飛んだベレニケが降り立つ時には里長が家に着いていたのか、突っ込める人物は不在だ。
「ふむ。ああ、妾は魔法の研究にしか興味が無い。態々教会に告げ口なんて真似はせんよ。それに………奴隷紋より遥かに珍しい教会が造り出した聖刻っ!教会になんぞくれてやらぬわッ!」
『アッハハハ!』と正に魔女が如く笑うベレニケは確かに教会に話す事はなさそうだ。
「
ソルが追い付いたところで里長一家が暮らしているという家に入り、客間に案内されるとベレニケが座り、私は向かいに座るように指示される。
「さて、これは迷宮紙に書き込むしかあるまい。シュシュ!迷宮紙をありったけ置いて行け」
「ハイッ!ベレニケ様!」
名前を呼ぶと同時に何処からか現れたこれまた美しい藤色の長髪の女性がA4からB5まで様々なサイズの紙を置いて直ぐに消えて行った。…明らかにバタンッ、と転んだ音がしたけど大丈夫かな?
「迷宮紙?」
「迷宮紙って言うのはね~。迷宮で見付かった紙の事よ~。インクが滲まず落ちにくく、水に強く、耐久性も高く長持ちするの~」
「迷宮紙を真似て作られた魔紙があるがやはり迷宮紙には勝てぬ。他の紙は論外だ。女子、アンリと言ったか?終わるまで動くのではないぞ」
「は、はい」
ナナネの説明に既に書き始めたベレニケが捕捉と指示をする。
その後、ベレニケが全体バージョンや一部分バージョン、聖刻の呪文に至るまで事細かに書き写すまで、私は部屋の置物と化した。
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