18、魔髪人



「キャア!この子がベレニケ様が仰っていた子供ね!」

「髪の毛長くてサラサラ~!」

「凄いな!これは使える!」


 男性も女性も全員の髪の毛が腰以上の長さの人達に揉みくちゃにされる。


 ベレニケや目の前にいる魔女達は魔髪人コームウィッチと呼ばれる種族だそうだ。

 私のような人種族ノーマルや小人、他の種族よりも膨大な魔力とその魔力を溜め込むことが出来る特殊な髪を持つ種族らしい。見る人全員髪が長いのは魔髪人にとって髪は魔力を籠めれば自由自在に動かせ、いざというときの魔力の貯蓄にもなる武器同然。短く切る事が考えられない。抜けた髪すら高い魔力を籠められ、魔術で呪いの触媒にしたりするらしい。

 とベレニケが去った後に里長の奥さんのナナネさんに聞いた。


「ちょっ、大丈夫か?アンリ~!」


 冷静になろうとナナネさんが教えてくれた魔髪人の事について思い出してみたが、揉みくちゃの状況は変わらなかった。着いてきてくれたコービー達は身長が普通の人くらいの彼女達の人波に飲まれてしまった。


ピィピ大丈夫?」

「うん…」


 この前ベレニケさんに迷宮紙を届けた藤色の長髪の女性──確かシュシュと呼ばれていた──人が来てやっと解放された私は『高品質の髪がぁー!』と叫ぶ魔髪人たちを置いて、ベレニケさんの家へと向かっていた。

 魔髪人の里は小人の里よりも建物が洋風でしっかりしている。木製と石造りが混ざりあった感じだ。爆発音と叫び声がちょくちょく聞こえる事について気にしてはいけない。


「ごめんなさいっ!ベレニケ様が生き物にご興味を示されるなんて早々ないもので里の者たちが興味津々になってしまいまして…」

「いえ…。助けてくれてありがとうございます。えっと、シュシュ、さんですよね?」

「…!ハイッ!ベレニケ様の身の回りのお世話をさせて頂いています。シュシュでしゅ!」


 名前を呼ぶと嬉しそうに振り替えってくれたシュシュさんは最後にキレイに転んだ。


「大丈夫ですか!?」

「はい、何時もの事ですから」


 やっぱりこの前聞いた明らかに誰か転んだ音はシュシュさんだったのか。立ち上がってまた歩き出したシュシュさんに着いて行く。


 あの後、聖刻を書き写したベレニケさんは聖刻の研究解析をすると言って去ってしまった。


『ああ、女子よ。妾の里へと来るのを許可しよう。下手な者を入れる気にはならぬが、そなたなら平気であろう』


 そして今日、ベレニケさんから呼び出しがあり、に里長の指示でコービー達3人を着けてもらい、小人の里から北に行った場所に隠れていた集落へとやって来た。

 そして中に入った瞬間に囲まれたのである。髪を触られ、落ちた髪を回収され、ついでと言わんばかりに頬をモチモチされた。


「来たか。待っておったぞ」


 何だったんだあれは…とソルをナデナデして精神を回復しているとベレニケさんの家へ着いた。先日とは違う濃い紫色のワンピースを着たベレニケさんは私を見ると直ぐに家に入ってしまった。


「シュシュ、珈琲を」

「ハイッ!ベレニケ様!アンリちゃんは何を飲む?」

「では、同じく珈琲を…」

「おや、珈琲の味が分かるのか。……いや、を考えれば当然だったな」


 席に着くや否やベレニケはシュシュに珈琲を頼む。同じく珈琲を頼んだアンリに一瞬眼を瞬かせたが精神年齢を考えて納得した。


 シュシュが運んだ珈琲をベレニケはブラック、アンリはミルクを少量入れて飲む。


ニガーイピーピ!」


 ソルが珈琲の苦味に堪らずミルクを飲んだ頃、ベレニケから今回の用事である聖刻を調べる為に手招きされた。


「少々聖刻で確かめたい事があってな。少しちこうよれ」


 言われるがまま、ベレニケさんの向かいの席から隣へ行く。額に手を当てたベレニケさんは真剣な顔をして聖刻を調べ始めた。


「…やはりか」

「あの?何か分かったんですか?」

「大した事ではない。その聖刻が複数名の魔力で構築されているのは知ってるな?」


 ベレニケの言葉に聖刻を刻まれた時を思い出して頷く。


「普通、複数名での構築は役割分担の意味合いが強い。魔方陣の呪文、図形、場所ごとに分けて作れば早く正確に発動出来る。だが聖刻は違うようだ。同じ聖刻を違う者達が重ねている。これでは1つを解除しても他が残ってしまう。解除方法は聖刻発動者が全員死ぬか解いて貰うか」

「それは…」


 無理だろう。と心の中で即答した。解いてくれるなんて奇跡は僅かな可能性すらないと知ってしまっている。


「ふふっ!燃えるのお!まだ妾の知らない魔法が魔術があるとは!聖魔法は調べ尽くしたと思っていたが…アッハハハ!」


 だが、ベレニケは違うようだ。自分の知らない事があると知り、それはそれは美しく笑う。困難すら楽しむベレニケの姿勢がとても眩しく見えた。


「そうと決まれば…。シュシュ!妾は暫く聖刻の解析に集中する!里の魔女どもに報せておけ」

「かしこまりました!」


 ベレニケから指示を受けたシュシュは急いで報せに行こうと走り始めて……。


「フギャ!」


 転んだ。顔面から転んだ事に驚いて駆け寄る。


「平気ですか!?」

「大丈夫です…ちょっと髪が引っ掛かっていたみたいで………」


 どうやら急ぐあまり髪の毛を壁に掛けられた夜の森が描かれた絵画の額縁に引っ掻けてしまったらしい。引っかかった髪を取ろうと引っ張っぱろうとしたシュシュの髪がスルスル動いて額縁から取れた。


「シュシュ、髪を大切にせよと言っているだろう。髪は妾たちにとって命も同然なのだから」

「ベレニケ様…!ハイッ!」


 魔法を使ってシュシュの髪の毛を取ったベレニケはシュシュの髪をすきながら言う。ベレニケの慈愛の笑みを目の前で焼き付けたシュシュは嬉しそうに頷いた。


「あの……」

「どうかしたのか?」


 髪でさっき里に入った時の事を思い出して質問すると、ベレニケさんは当然のように返した。

『魔術等の触媒用の髪が欲しかったんだろう。妾たちの髪は実験で使うには魔力が多過ぎて失敗した時の被害が大きくなってしまうからな』

 実験に使われるのか、と遠くを見たアンリはベレニケが更に続けて言おうとした事をシュシュが慌てて止めた事に気が付かなかった。


転生者そなた等の魔力は人種族やその他とも違うからみんな欲しがったのだろう』


 止められたその言葉をアンリが聞いていたらきっと長い髪を切ってしまったかもしれない。シュシュは魔女達の未来の為になる行動をしたのだ。決してベレニケに頭を撫でられたかった訳ではない。


「大丈夫だったか?」


 用事が終わったので、里に入って直ぐにはぐれてしまったコービー達のところへ案内して貰うと、髪がウルツヤになったが少し窶れたコービー達がいた。


「うん、コービー達こそ……大丈夫?」

「あたし達は平気よ…。ちょっと髪を遊ばれただけで」

「…どうして里長が来なかったのか分かったよ…」


 これまた艶々になった髪が複雑なアレンジを施されているピグミーと短髪なのにサラサラになっているネンの恨めしげな言葉にピグミーもコービーもアンリもソルも頷いた。

(里長あいつ逃げやがった)

 誰も口にしなかったが、思っている事は同じだった。


 魔髪人たちが私達を虎視眈々と狙っている為、早く立ち去ろうとしたアンリ達の下へ、ベレニケが飛翔して降り立つ。


「アンリよ」

「は、はいっ!」


 突然名前を呼ばれた事に驚いて背筋を伸ばすとベレニケがしゃがみ、夜のような瞳で真っ直ぐに私を見る。


「近い内に妾が必ず解いてみせよう。面白い魔法だが、不愉快な事に代わりない」


 安心せよ、と頭を撫でられベレニケは離れた。余裕のある姿に漠然と感じていた不安が少し軽くなる。


「今日はありがとうございました」


 確かにベレニケさんは魔法の変態だが、それだけではないのだと分かった。解析してくれる感謝の気持ちを込めて礼をする。


『「「「また来てね~!」」」』


 という魔髪人たちの言葉は曖昧な笑顔で誤魔化して私とコービー達は小人の里へ帰るのだった。




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 お読みいただきありがとうございます!


 9月からは火曜日と金曜日の週二回にする予定です。

 もしかしたら週一回になってしまうかもしれないですが……

 無理の無い範囲で頑張ります。


 よろしくお願いします。


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