4、別れ道
村を出発して3日目。
夜になって野営を始めた教会の騎士。何処からか香るお肉や野菜などの美味しそうな匂い。仲間と食事をする楽しそうな声。
だが、その輪の中に私はいない。
「お腹減った……」
薄暗い馬車の中で1人呟く。
与えられる食事は朝晩二回なのだが、小さいパンと具無しのスープ一杯だけ。おかわり不可という成長期の幼女にはキツい量だった。
ゴトリ、と重たい枷が手足に嵌められている所為で動きにくい体でゆっくり寝返りを打つ。グルグルと鳴り止まないお腹を擦り、唯一支給された布団代わりの薄い布にくるまって目を瞑る。
外の楽しげな声は暫く止むことはなく、眠れたのはやっと外が静かになった頃だった。
◇◇◇
村を出発してから5日。
見張り窓を定期的に覗く見張りの騎士と食事の配膳と回収の時以外は誰も来なかったのに、今日は騎士がやって来た。無言を貫く騎士達は両手両足の枷と繋がった鎖、止めに魔法が使えなくされた幼女という過剰だった拘束を更に持ってきた鎖で強化した。
「〈
胴体を鎖でグルグル巻きにされた次は、司祭に黒魔術でのデバフをプラスされた。枷や鎖が重くなった事から1つは重さを増す黒魔術、体が怠い事からもう1つは肉体の動きを下げる黒魔術だろう。
拘束を更に厳重にして準備を終えた騎士はその場に立つ。すると直ぐに騎士達に囲まれた司教が司祭を引き連れてやって来た。
「…さて、魂喰らい。全てを話して貰いましょうか」
司教はもうおじいちゃんなので騎士が用意した椅子に座り、最初の一言がコレである。
「全て?」
「そうです。リージュ・ハミックの肉体を奪ってからはもちろん、その前の事も全て」
おうむ返しをした私に、穏やかな表情のまま答えた司教。
その表情だけならばとても優しいおじいちゃんだ。目の前に枷を付けられた幼女がいるのにニコニコして無茶振りとしか思えない事を要求しているとは思えない顔だ。このタヌキめ。
「…全て、なんてそんなの」
「ああ。別に普通に訊く訳ではありませんよ。ウソを吐かれるでしょうからね。ただ、話すだけです」
「……?」
司教の言葉に内心首を傾げる。話すだけってなんだ。普通にお喋りをしてくれる雰囲気ではないけど、どういう意味なんだろう。
ハテナマークで頭が一杯の私に説明なんて親切な事をしてくれないタヌキおじいちゃん司教はおもむろに立ち上がると、
「<主からの命令です。生まれてからの全てを余す事なく話しなさい。拒否の意思を持った場合には罰を与えます>」
とても響く声で言った。不思議な声だった。鐘の音のように頭の中に何処までも、深く響く・・・。
「…私は日本の東京都で産まれました。母親と父親の3人暮らしで兄弟はいません………」
そんな事を思っていた私の口がスラスラと勝手に動いて話始めた。
初恋も、友人とのケンカも、家族旅行の思い出も、話そうと思っていないのに、話したくなんてないのに止まらない。止められない。
喋る口は止まらない。あの不思議な程に響く言葉が原因だと直感したが、それで何かが変わる事もなく、嫌いな人の事も、面倒だと思っていた事も、大切な思い出も、嬉しかった事も、それこそ全てを私の意思に反して喋る。
司教や騎士はそれを何を言わずに聞き、司祭数名がメモを録っていた。
感慨もなく、ただの記録としか見ていない。私の人生を、生きた思い出を、データ以上の価値がないと存外に示しているその態度に、怒りが沸いた。
どうしてこんな奴等に話さなくちゃいけない!?
止まらない口を、勝手に話続ける口を閉ざそうとこれ以上聞かせたくないと強く願う。
「……五年生の時の運動会でソーラン節をしました。踊りがキレイに揃うように…ッ!」
小学校五年生の時の運動会の話に入った時にやっと口を閉じれた。
「…ほう。<主に逆らった者に罰を>」
笑みを深めた司教の言った一言でささやかな抵抗は打ち砕かれる。
「アアアァァ!!」
骨が折れたような、火傷したような、潰されるような痛みが全身を貫いた。
「ッ!…何度も繰り返し練習をしました。放課後、友人とも練習をして………」
痛みに堪らず気を緩ませた途端に再び口は話を続けた。
もう、抵抗する気は起きなかった。
◇◇◇
村を出発してから6日目。
当然の事ながら前世の20数年分と今世の数年を1日で話す事は出来ず、今日も司祭が来て話をさせられた。
私はただ、勝手に動く口を放置して、話続けて渇ききった喉に気付かないフリをして終わるのを待った。
◇◇◇
村を出発してから10日目。
「…祝福の光を浴びなかった私のことを母親が『魂喰らい』と呼んだことで私のような前世の記憶持ちが『魂喰らい』と呼ばれている事を知りました」
「…終わりましたね。では行きましょう」
話し終わった私を労る事すらせずに司教達は去っていった。
本当に散々だった。2度と体験したくない。家族に罵詈雑言を吐かれた事もだが人生の全てを吐かされた事も負けず劣らずだ。
怒りから司教が去った扉を睨み付けていたが、ここ数日の疲れが出たのか欠伸をする。1度眠気に気が付いてしまうと眠くて眠くて堪らない。薄い布にくるまって寝転がった。
見張りが壁の向こうにいるもののこの小部屋に1人というだけで安心出来る。休み無く喋らされ続けて痛む喉に僅かな咳をしながら苦行が終わった事に安堵して眠った。
◇◇◇
村を出発してから11日。
ガタガタと街道を進む教会の隊列。その中の1つの馬車の中には司教と数名の司祭がいた。
「司教様。サヒネルの町が見えてきたようです」
「ありがとう。ルーカス」
司教は夕暮れのような髪の若い司祭からの報告に感謝を伝える。暫くするとサヒネルの町と町を囲む壁が見えてきた。
「お仕事お疲れ様です!お通り下さい!」
行きに通ったからか、緊張した面持ちの門兵は司教の顔を確認しただけで他の馬車の荷物の確認はせずに町へ通した。それは教会の司教という立場への信頼を示している。
「ありがとう。お仕事お疲れ様です。お体に気を付けて」
司教は穏やかな微笑みのまま、兵士に礼を言う。
魂喰らいが見付かった事も、馬車で運んでいる事も言わず、表向きは何事もなかったように教会の隊列は町中を通って教会へ向かう。
魂喰らいが見付かったと明かさない理由は単純だ。魂喰らいを神の子だとか言って信奉する集団や魂喰らいを奴隷にして一騎当千の力を自分の為に使おうと考えている貴族等に利用させる訳にはいかない。それに平民の中には魂喰らいへ恨み辛みが少なからずある者もいる。だから兵士にもバレない方が良い。バレた1人から話が広まってしまえば、あらゆる輩が押し寄せて来るだろうと想像出来るから。
教会に着いた司教は入り口にいた神父に声を掛けた。
「セシリア司祭にお会いしたい」
「はい!すぐにお呼びします!他の者に部屋へ案内させますので、少々お待ち下さい」
この辺りの地域の教会の纏め役を担っている教会支部の司教に声を掛けられた神父は、大慌てで司祭を呼びに行った。
案内された部屋でお茶を飲んで待つ司教が一杯飲み終える前に扉がノックされた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いえ。大して待っていませんよ。こちらこそ急に訪ねてすみません。セシリア。久しぶりですね」
「ええ、前に会ったのは教会での報告会でしたね。司教様がお元気そうで何よりですわ」
黒髪を1つに纏めた妙齢の女性、この教会の司祭セシリアとの再開もそこそこに司教は椅子に座り対面に座ったセシリアに今回の要件を伝える。
「今回は頼みがあって来ました」
「頼み…?なんでしょうか」
「教会の騎士を数名貸していただけないでしょうか」
「それは…」
「もちろん、無理のない範囲で構いません。貸せなくても構いません。ただ、今の騎士の数だと不安がありまして…出来れば1人でも騎士の数を増やしたいのです。お願い出来ないでしょうか」
司教の頼みにセシリアは静かに息を飲む。何年も交流しているが司教が理由すら告げず要件だけを伝えた事に驚いていた。些か不躾とも言える言葉とは裏腹に教会内の地位が高い司教が小さな町の司教に頭を下げている。セシリアは司教の行動にどうしてなのか聞こうかと口を開きかけた。
「…いかがでしょう」
「……理由は、いえ。………分かりました。最近、魔物が活発になっているので何人もは無理ですが、5名程で宜しければお貸し出来ます」
「ありがとうございます」
それでも出かけていた疑問をすんでのところで飲み込む。目の前の司教の性格から、最初に伝えなかったということは、伝えられない事なのだろうと察したからだった。
「…ではここの聖騎士数名お借りします。ありがとう助かります」
「いえ!そんな…お気になさらず」
話し合いを終えて、再度感謝を伝えた司教にセシリアは柔らかな笑顔を返す。
「…本当にありがとう」
魂喰らいは重要機密扱いの為、例え信頼出来る目の前の司教のような存在にも話す事は出来ない。あやふやな説明しか出来なかったが、何も聞かずに頷いてくれたセシリアに心からお礼を言う。
その事が分かっている訳ではないが、セシリアは眉を少し下げる。
「…では」
「待って下さい。司教様」
そのまま立ち去ろうとした司教をセシリアが呼び止めた。振り返った司教にセシリアはその場で祈る。
「お気を付けて。司教様の旅路に神のご加護を…」
何も言わないなりに何かを感じ取っているのだろう。神へ司教の安全を祈ったセシリアの心からの心配を感じた司教は微笑み、去って行った。
「…では仮称『超過勤務』と『焼却』に別れて向かいます」
早速司教は警備責任者の騎士団長や司祭達を集めて話し合った。
その際に2名いる魂喰らいの区別をつける為に仮称を設けた。元々の名前で呼ぶのは家族の事を考えて止め、所持していたスキル名で呼ぶことにする。
話し合いの結果2名の魂喰らいの警備を分けてこの先の分かれ道で別れて別ルートで進むことにした。
魂喰らいを2名同時に護送することはリスクが高い。魂喰らいは嫌われているが、だからこそ邪な者達が狙っている。魂喰らいが拐われても聖刻がある限り追えるが、それは聖刻を刻んだ際にいた司教とルーカスをすくめたら数名の司祭だけだ。その上全員、又は半数以上が死んだら聖刻が弱まり近くに行かないと聖刻の位置が分からなくなってしまう為リスク分散も兼ねて別れる事になった。
「『超過勤務』は私を中心にした応援の騎士達を含めた隊。『焼却』は騎士団長を中心に司祭のルーカスを着けた隊。教会の本部部隊への引き渡し先の街、パーケーキへ行きます」
もちろん別れる事へのリスクもあるが、そこは騎士団長と司祭である自分を分ける事である程度解消した筈だ。
「…司教様。必ずや魂喰らいを目的の街まで運びます。また、パーケーキで」
「ええ。信じています。ルーカス、頼みましたよ」
「はいっ!」
教会に引き取られてから息子のように世話を焼いた1人であるルーカスからの言葉に、司教は幼かった少年があっという間に大人になったことを理解して目にシワを寄せて笑った。
◇◇◇
村を出発して12日。
町に着いたかと思えば泊まる事なくすぐに出発した。と思っていたらその後の分かれ道でどうやらロベールくんと別れたらしい。協力するのを警戒してなのかな?まぁ、何でも良いや。ロベールくんとは話した事ないし。それより、今やらなくちゃいけない事がある。
「あ、あの、騎士、様」
「・・・・・・」
「この馬車は、何処に向かっているんですか…?」
「・・・・」
扉のすぐ側で私の見張りをしている騎士に話し掛ける事だ。最初は話し掛ける事も怖かったが、今まで特に殴られたりしてないし、試しに話し掛けてみよう、となった。
ここ二三日、行き先から、今日の天気、食べ物の話まで色々な話題で何度も見張りの騎士に話し掛けたのだが全く反応されなかった。それはもう不動の彫刻のようにガン無視された。
見張りの騎士は野営中も馬車から余り離れずに過ごす。だから話し声も私まで届いたりしている。その話を聞くに、私の見張りは余り魂喰らいに恨みがない者がしているそうだ。だからちょこっとだけでも話せるかもとチャレンジしているが、結果は惨敗。
仲間とは楽しげに話しているクセに、私と話す事は絶対拒否とか。どれだけ嫌われているんだ。私自身は特段何もしてないのに。
名も知らない昔の転生者が何をしたのか知らない私は今日の騎士チャレンジを終えて1人、ため息を吐いた。
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