3、最悪の日




「………さて。これで清らかで純粋な子供無事に祝福が授けられた。だが、残念ながらそうではない者がいたようだ」


 声のトーンを落とし、鋭くその2人を睨み付けた司教。


 いや、その空間にいた全員が祝福を授けられなかった子供に、敵意を向けていた。


「ああッ!ロベール、どうしてなの!どうして私の子供なの!どうして、どうして…」


 祝福を授からなかった子供の1人は、リンジーの子供で夜な夜な魔力を使っていた赤子のロベールだった。リンジーは疑惑から真実になってしまった事に傷付き、泣いて崩れ落ちた。


 そしてもう1人が・・・・・。


「ねぇ。リージュちゃん。どうしてリージュちゃんは光に包まれなかったの?」


 心底不思議そうに、ただ純粋に訊いたルナちゃんに私は言葉を返せない。代わりに家族の方を向くと、そこには様々な感情で私を見詰める家族がいた。


「な、何で?リージュ。貴女は私達の子供だったでしょう?子供なのに!!」


 床に崩れ落ちて涙を流したお母さんが叫ぶ。


「魂喰らいだなんて…。ウソだよね。リージュは妹だよ!?」


 お姉ちゃんはそうお父さんに投げ掛けながら、聞きたくないと耳をふさいだ。


「……祝福の光を浴びていなかったのを見ただろう。リージュは、は俺の子供ではないんだよ」


 淡々と静かに告げたお父さんにお兄ちゃんが掴みかかる。悲痛な声で、否定してほしくて。


「ッ!ウソだ!ウソだウソだ!家族だろ?父さん!リージュが魂喰らいなんかな訳が…」

「いい加減にしろ!!」


 黙っていたお父さんは、お兄ちゃんを突き飛ばして叫んだ。言葉を失った家族に向けて、何よりも自分に向けて荒げた息を整えて絞り出す。


「…………リージュは、この世にいないんだ。あのリージュのふりをした悪魔に殺されて、もう死んでしまったんだよ」


 その瞬間。


 可愛がっていた妹が、妹の命を奪った敵だったという残酷な事実を突き付けられたスザンナは顔を覆って泣いた。


 マイロも涙し、拳を床に叩き付けた。気が付かなかった自分が悔しくて、辛くて。


 ユスフは静かに立っていた。家族の前で泣く訳にはいかなかった。ただ、握った拳から血が垂れていた。


「祝福を授からなかった子供は、魂喰らいだ!」

「この世を混沌に落とす化け物。子供の魂を喰らい、肉体を奪いさり、さも子供かのように振る舞う邪悪な悪魔だ!」


 そんな中で教会の者達が口々に叫ぶ。魂喰らいの恐ろしさと残忍な行為を集まった村人全員に聞こえるように、祝福を授かったばかりの幼い子供達に魂喰らいは悪魔なのだと刷り込むように。


 恐れと怒りが広がる教会で、エレナは思い出していた。リージュを産んだ時の事を、それからの成長を。そして・・・・・。


「…………リージュ」


「お、母さん…?」


 謝罪かはたまた後悔か、愛娘の名前を呼んだエレナの耳にから、か細く自分を呼ぶ声が聞こえた。


 顔を上げた先にいたのは、まるで悪戯をして怒られる時のように視線をチラチラさせて服の裾を握ったリージュ。


「あ、あの。その……おかあ」




「お前にそう呼ぶ資格なんかない!!」




 まるで本物の娘かのように振る舞うリージュ悪魔に心の底から煮えたぎる怒りをぶつける。射殺さんばかりに血走った瞳が目の前にいる血の繋がった娘を明確に拒絶した。


「……返せ。返せ返せかえせかえせかえせ!!私の子供を!リージュを!返せえぇぇ!」

「ッ!」


 今まで過ごしてきた全てが嘘だった。初めて魔法を使った時の楽しそうな表情も、スザンナやマイロと夜更かしをして怒られた時に泣いたのも、全て。


「嘘つき、騙したなぁ!嘘つきうそつき嘘つきうそつきウソつきウソつき嘘つきウソツキうそ吐きウソツキウソツキうそつき嘘つきうそツキウソツキ嘘ツキうそつきうそ吐きウソツキ…………」


 狂ったように叫び始めたお母さんに何も言えなかった。


 お姉ちゃんもお兄ちゃんもお父さんも、お母さんの心配はしても私に対してはお母さんと同じように、強い敵意を向けてくる。


「悪魔め!リージュを殺した悪魔め!今すぐ出ていけ!娘を返せ!!」


 ああ。


 ここまで言われたら理解してしまう。


 理解してしまった。


 溢れた涙にすら気付かず、鬼の形相になったお母さんを見ていた。


「殺してやる。これ以上、リージュの身体を好きにはさせない」


 ゆらりと立ち上がったお母さんを、お父さんが家族が止めた。


「落ち着けエレナ。肉体は本物のリージュ。娘なんだ。お前に傷付けてほしくない」

「ッ!」


 お父さんの言葉に一瞬止まったお母さんの様子を見計らって司教が話し掛ける。


「そうです。お子さんの身体は本物。親である貴女に傷付けられるのは望んでいないでしょう。そういった事は我々教会が責任をもって対象致します」

「…お願いします。リージュを返して下さいッ!せめて、せめてでも…」


 必死に司教様に頼んだお母さんが、反対の意見を言わない家族達が、急に遠い存在に感じた。


「司教様、どうか、どうか私の子供もロベールを元に戻して下さい…!本物のロベールを返して下さい…」


 エレナの声に我に帰ったリンジーも司教に懇願する。涙を流しながら。


「…魂喰らいは悪魔等とは違って子供の魂は無くなってしまっています。魂喰らいが肉体からいなくなっても……貴方の子供を返す事は出来ないんです。我々の力が及ばず申し訳ない」

「…そんなッ!あぁァァァ~~~!!」


 帰ってきたのは非情な現実だった。リンジーは崩れ落ち、エレナは夫のユスフに抱きつく。


 そうしている間にいつの間にか私の周囲から子供が離され、代わりに腰の剣に手を掛けた教会の騎士達が取り囲んでいた。


「…それでも、お子さんの名を謀るモノがこの先悪行を重ねないようには出来ます」


 教会内の敵意を一新に集めている私が、祝福を授けられなかった私が、そうなんだ。


 転生者が、魂喰らいなんだ。


「穢れし悪魔たる魂喰らいを教会の名の下に捕縛せよ!」


 司教様の号令で武器を抜き、駆け出した騎士達に抵抗しようと魔法を発動しようとする。


「〈ウィンド〉!・・・ッ!?」


 魔法は発動出来なかった。


「〈ウィンド〉!〈ウォーターボール〉!〈ライト〉!」


 何度言っても、叫んでも、他の魔法も何一つ発動しない。慌てていると後ろから赤子の叫び声が聞こえてきた。


「なんなんだよぉ!やりなおせるんじゃないのか?てんせーしてかみさまのかごとかもらってチートでつよくなってがくえんとかにいっておうじょとかとなかよくなって、ほかのおうじょにもすかれてハーレムになったりしてせかいをすくったりできるんじゃないのか!?クソックソックソッ!おい!みているんだろ!たすけろよてんせーさせたんなら、おい!かみさま!」


 短い手足をバタバタさせながら赤子の、赤子だった筈のモノが叫んでいた。意味不明な叫びに、教会所属の聖騎士すら動きが止まる。


「早く捕らえなさい!」


 そんな中で響いた司教の声に、聖騎士や司祭は得体の知れない化け物を捕らえた。





「驚いたでしょう。魔法が使えない事に」


 拘束され、騎士達によって別室に連れて行かれた私とロベールくんに穏やかに話し掛ける司教様。


はなせっおぎゃあ!」

「………」


 ただ、隠しきれていない敵意を察知して片や嫌がり、片や返事をしなかった。


「…絨毯の下には魔方陣が描かれています。一定時間その上に立っていた者の魔法の使用を封じる効果がある物です」


 会話をするつもり等ない司教は魂喰らい達の反応を気にせずに話を続ける。


「その魔方陣の効果は離れても暫くは持続するのですが、永遠とはいかない。時間が経てばまた魔法が使えるようになってしまう」


 司教が話をしている間に教会の者達はとある準備を進めていた。


 キラキラとした液体が入った瓶。


 ドロドロとした気味の悪い液体が入った瓶。


 枷等の拘束具。


 そして、焼き鏝。


「それは世界の危機です。だから、聖なる魔法を肉体に刻んで使えないようにするのですよ」


 ナニをされるのか、想像したくもない。どんな事をされるのか想像がつく。


「い、いや!止めて!ヤダ!!」


 涙を流して抵抗するリージュだが、この部屋に魂喰らいの涙で心を動かされるような者は誰もいない。


 淡々と気味の悪い液体とキラキラした液体を色が変わるまで混ぜる。色が変わったら鏝をその液体に浸ける。


「魂喰らい。貴方に自身の罪を刻み、戒めとしましょう」


 司教様はそう言うと杖を預けて代わりに液体に浸けていた鏝を取り出した。鏝は魔力を帯びて熱く発熱している。


 それを持って、一歩、また一歩と近付いて来る。


「ヤダ、ヤダヤダ!!イヤだ!やめッ……」


 拘束の所為で顔を反らす事が出来ない。怖い。怖い。怖い!


「聖なる魔力よ。邪悪たる魔力を持つ者に純潔の楔を」

「「「純潔の楔を」」」

「悪が傷つける事すら出来ぬ純血よ。魔の知恵の行使と、正義からの逃避を禁ずる」

「聖刻に奇跡を。」

「「「聖刻に奇跡を」」」


 鏝に聖なる魔力を籠め始める。効果を高める為に司教を筆頭とした教会の司祭達が聖句を重ねる。小さな部屋に聖なる魔力が満ちていく。聖騎士に顔を固定されたリージュを乗っ取った魂喰らいの額に聖刻を刻んだ。



「あ、あああぁぁ!痛い!いたいイダイ!」



 比喩ではない焼けるような痛みがした。逃げたくても拘束の所為で叶わず、泣いても誰も止めてくれない。


 どうしてこんなに酷い事が出来るのだろう。魂喰らい、転生者がどうしてこんなに拒絶されるのか。


 薄れ行く意識の中でそんな事を考えていた。






 全身に衝撃が走った事で意識を取り戻した。


「…ッ痛い………ここは?」


 目を開けるとそこは僅かな明かりが射し込む狭い個室だった。後ろに扉がある事から、そこから投げられたのだろうと推測出来る。外から馬の嘶きが聞こえる。それにこの部屋、建物にしては雑な造りだ。馬車にでも押し込まれたのかな。


 仮にも子供なのに扱いがとことん雑な事は置いておこう。手首に重たい枷が嵌められているのも、置いておこう。壁に繋がれた鎖と手首の枷が繋がっているように見えるけど…うん。気のせい気のせい。


 まず確認するべきは魔法が本当に使えなくなっているのかどうか。


 体に魔力が巡っているのは感じる。魔力を現象に変えるのが魔法。魔力はエネルギー、呪文はスイッチ、それで起きた現象が魔法。魔力の消費量が少なければ魔法は小さく弱く、多ければ魔法は大きく強く発動する。魔法には得手不得手がある。私は風が得意で火が苦手だ。苦手でも発動出来ない訳じゃないけど魔法の効率が悪いらしい。


 魔法を教わった時の事を思い出しながら、初めて魔法を使った時のような緊張感で初歩として教わる〈ライト〉を発動させてみる。


「……〈ライト〉イッ!?」


 魔法を発動しようとしたが、途中で生じた痛みで魔力を動かすのを止めた。


 何度か試しても、他の魔法でも、魔法を発動させようとすると痛みが生じて魔法の発動までに至らなかった。


 ただの脅し文句とかじゃなかったらしい。


 魔法は無理矢理、頑張れば使えると思う。ただ激痛が全身を駆け巡るだろう。魔力はあるのに魔法は使えない事は悔しいが、使えないのなら魔法を使う事は一旦諦めよう。次はここから逃げられないかと部屋を見渡す。


 木の壁に同じく木の床。狭い個室は都内のワンルームよりもカプセルホテルの方が近い。物は何一つない。ベッドはおろか埃すらない。


 扉も木製のようだが、扉の上部に小窓があり時計がないから分からないが何分かに一回覗かれる。つまり見張りがいるから無理だ。


 逃げられそうにないと思ったリージュは諦めて鎖をジャラッと鳴らして座り込んだ。枷は分厚く相応に重たい。子供の体力では長時間立っていられない。


「おぎゃあ!」


 近くから赤子の鳴き声が聞こえた。恐らくロベールくんだろう。赤子ながらに暴れているらしく騎士の怒鳴り声がしたが、それでもロベールくんは暴れ続け、辟易した騎士達は最終的に猿轡をして音量を下げることに成功した。


 ロベールくんが静かになったが、次は外が騒がしくなった。


「魂喰らいめ!」

「私達をずっと騙していたのね!」

「子供のフリをしていた悪魔め!」


 続々集まって来る村人達は自分たちを騙していた魂喰らいへ怒りをぶつける。


「地獄に落ちろ!」

「赤子の魂を殺した悪魔が!!」


 馬車を取り囲んでいるのか村人からの怒声が360度全方位から聞こえる。耳を塞ぎたくても、私の腕は枷を付けられている所為で自由に動かせず、耳を塞げない。


「魂喰らいに罰を!」


 外から聞こえてくる罵声は一時も止む事はなく、むしろ時間が経つにつれてヒートアップしていく。


 暫くすると外の声が魂喰らいに対しての罵声からざわめきに変わった。外の様子が気になって、ジッと縮こまっていた体を動かして壁に耳を当てた。

 頑丈な木の壁からでは全ては満足に聞けなかったが、司教の声が聞こえた。


「~~らいの輸送を~~~~~~~本部~~~~~~大聖堂~~~~対象を~~~~」


 村人に説明でもしているんだろう。少し声を張っている司教はたまにざわめく村人を宥めながら話をしているようだった。


 やがて話が終わったのか静かになる。


「ぅわ!」


 馬の嘶きが聞こえたかと思えば馬車が、ガタンッと揺れた。


(…まさかこんな形で村を離れるなんて……)


 複雑だった。


 最後に家族を見たのは魂喰らいだと分かった直後の怒りと憎しみを向けられた時だった。


 今世で1番仲が良かったルナちゃんはどう思うのだろうか。他の村人と同じく怒り、憎むのか、それとも…。


 この先は?何処かに連れて行かれるのだろうけど、その先で幸せになんてなれないだろう。死ぬか、それに近い地獄が待っているのかもしれない。


 それでも。


 これからの事は分からないけど、辛い事が沢山あるだろうけど、私はそれでも望む。


 今世はのんびりスローライフを送るんだ。


 人知れず、今一度強く心に刻んだ。




 ◇ ◇ ◇




 今日この日、ソーン村では子供や赤子に祝福が授けられた。


 子供が魂喰らいだと判明し教会に魂喰らいの子供の対処を任せた家では、用意していた食事をただ静かに食べていた。


 笑顔等ない、暗く冷たい食卓だった。


 対照的に祝福が授けられた子供の家ではお祝いに豪華な食事が振る舞われ、子供の好きな食べ物が出されて食卓には暖かい笑顔が溢れていた。


 こうしてそれぞれの祝福の日が終わった。




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