2、祝福の日



 祝福の日。この世界に誕生したことを神に報告し、神から祝福ギフトと呼ばれる力を授かる日。街から離れた村のような場所では祝福の儀式を行える高位の司教がいない為、数年に1度司教が来て村の子供を集めて一気に行う。ついでにスキル鑑定も行う日。


「リージュ、お洋服着ましょうね。はい、ばんざーい」

「ばんざーい!」


 いつも着ている麻の服とは違ってカラフルな刺繍が施された服をお母さんにばんざいで着せられる。


「ふふ、似合っているわ。後は…スザンナが作ってくれた飾りを着ければ、完璧よ!」

「ありがとう!お母さん!」


 色とりどりの布で作られた花飾りが、ヘアアレンジをされた水色の髪に付けられた。花飾りに付けられた蜂蜜のような色の石が視界の端で揺れる。


 最後にピカピカの靴を履いて、家族が待つ外に出た。


「わぁ!リージュ可愛い!」

「…似合ってる」

「うおぉぉん!リージュはお姫様みたいだなぁ!…いつか、お嫁に行っちゃうのか………うおぉーん!」


 ソワソワして待っていた3人は、可愛い妹が更に可愛くなって出て来た事に満面の笑みを浮かべた。


 姉のスザンナはニコニコして素直に褒めた。対して思春期真っ只中の兄、マイロはそっぽを向きながらもか細い声で褒め言葉を絞り出す。そして父親のユスフは天使のごとき可愛さに泣いたかと思えば将来を想像してガチ泣きした。


 そんな三者三様の反応をした家族に私はとびきりの笑顔で感謝を言う。


「ありがとう!お父さん!お姉ちゃん!お兄ちゃん!」


 祝福の日に身に付ける物は家族が作って贈るのが慣わしらしく、刺繍の服はお母さんがお姉ちゃん用に作った服を私のサイズに直してくれたそうだ。花飾りの花はお姉ちゃんが作り、石はお兄ちゃんが取ってきた物を加工した合作だ。靴はお父さんが作った物。


「ぐはぁ!!リージュが、リージュが天使だ…ッ!」


 何時もの服でも美幼女だった私が着飾った上に満面の笑顔で感謝を言った。それはもう攻撃となって襲い掛かり、お父さんは崩れ落ち、


「~!リージュッ!ああもう可愛い~!」


 スザンナは我慢しきれずリージュを抱き上げて頬擦りをする。


「俺にもリージュを抱っこさせろ!」

「え~?どーしようかなぁ?」

「いいだろ!少しくらいッ!」

「でもマイロが抱っこしたらリージュが怪我しそうだし…」


 それを羨ましがったマイロとスザンナとで争いが始まった。


「コラッ!スザンナ、マイロ!折角可愛くおめかししたのにリージュの髪型が崩れちゃうでしょう!」

「「ごめんなさい」」


 その争いはチェリオを抱っこして出て来たエレナの一声で終わり、リージュは地上に下ろされた。


「今日はリージュの晴れの日だもの。可愛い姿で祝福を受けてほしいわ」

「…ああ。そうだな。祝福の光は美しい。リージュ、そしてチェリオがその光を浴びれたら…ううっ!」

「もう。お父さんたら」


 お父さんが泣き出したのを困ったように笑って見るお母さん。


 その仲睦まじい様子はとても私を、チェリオを魂喰らいだと疑っているとは思えない。


 でも日に日に、何処に行くのかを必ず聞かれたり、家族の誰かに送り迎えされるようになったり、眠っているかどうかを数秒おきに何度も確認されたり、目を放さないようにする等の行動がエスカレートしていた。


 それは子供を見守る行為と同じだ。今は家族ではないナニカがいるかもしれない恐怖から少し過剰になってしまっているだけで、魂喰らいではないと分かれば和らぐだろう。


「お母さん!早く行こう!」

「そうね。リージュ行きましょう」

「う、うん!」


 今日の祝福の日が無事に終われば、教会までの道を笑顔で歩く家族と心おきなく暮らす事が出来るようになる。本当の意味で家族になれる。


「父さん。このままだと遅れるぞ。リージュとチェリオが祝福を受ける瞬間が見れなくても良いのか?」

「それはダメだ!早く行かねば!万が一にも祝福を授かる時間に遅れる訳には行かない!!」

「そんなに急がなくても大丈夫よ」

「おぎゃあ!」

「ほら、チェリオもそう言ってるよ!お父さん」

「むむ…。チェリオが言うなら…」

「お父さん!お手て繋いで!」

「…!ああ!もちろんだよリージュ」


 私は魂喰らいなんかじゃない。そんな恐ろしい存在ではない。ただ、スローライフを願う転生者だ。


 快晴の青空が広がる下で穏やかな風が花を撫でる小高い丘の上にある教会に着いたリージュは緊張と期待で唾を飲み込んだ。


「こんにちは。祝福を授かる方とそのご家族ですね。お入り下さい」


 教会の前に立つシスターの案内で教会の中に案内される。


「わぁ!凄~い!」


 教会の中に入ると何時もの長椅子が壁に寄せられ、床には絨毯、魔法の灯りがフワフワと室内を満たしている何時もより神聖さを感じる空間になっていた。


「何度見ても凄いわね」

「毎日こうだったら良いのに。祝福の日だけなんて…」


 スザンナが残念そうに呟いたのに、マイロがため息を吐いて答える。


「毎日こんなに飾り付けするなんて無理だろ。司教様は忙しいんだから」

「分かってるよ!それくらい」

「分かってないから言ったんだろ?」


 そして隙あらば始まる口論。


「あら~。仲良しねぇ」

「良い事じゃよ」


 教会の中に入って来た村人は口論をしている2人を微笑ましげに見ながら壁に寄せられた長椅子に座った。


 止まらないスザンナとマイロの口論をお父さんが止めに行った時、お母さんに1人の人物が近付いて来た。


「…こんにちは。エレナ。チェリオの様子はどうかしら?」

「!リンジーさん…。ええ、離乳食も元気に食べています」


 お母さんが呼んだ名前の人物をついマジマジと見詰めてしまう。


「それは、良かったわ…」


 明るい笑顔の人だったのに、今日はとても暗い表情のリンジーさん。お母さんとお父さんの内緒話の時に赤ちゃんが『魂喰らい』の可能性があると言われていた。


 今、赤ちゃんは抱っこしていないけど、祝福の為に連れて来ている筈。どうして赤ちゃんがいないのか不思議に思っていると、お母さんも気になったのか遠慮がちに尋ねた。


「その、ロベールくんは…?」

「…シスターに預けたわ。だって、もし、もし本当に……」

「ごめんなさい。無神経だったわね」

「良いのよ。まだだと確定はしていないもの。祝福を授かるまでは、あの子は私の子供よ」

「そうね」


 自分の子供だと信じたいと同時に万が一本当に魂喰らいだったら…。そんな考えでリンジーさんは子供をシスターに預けたようだ。


 そしてお母さんとリンジーさんの会話に夢中になっていた私は、背後に忍び寄る影に気が付かなかった。


「リージュちゃん!おはよー!」

「わぁ!ルナちゃん!おはよう」


 背中に飛び付かれて驚いた。いつの間にか後ろにルナちゃんが来ていたらしい。


「しゅくふく、楽しみだね!」

「そうだね!どんな感じなのかな~」

「スキルもあるといいなぁ」

「ルナちゃんは裁縫のスキルが欲しいんだよね」

「うん!ママにおしえてもらうんだ~!」


 そのままルナちゃんと会話に花を咲かせていると祝福を授かりに来た子供とその家族でいっぱいになってきていた。


「今日の主役はリージュとチェリオだ。それなのに姉と兄の方が目立ってどうする?」

「「うう、ごめんなさい」」


 お父さんによってお姉ちゃんとお兄ちゃんの口論が収まった頃にちょうど教会内に全員が集まった。


「皆さん!おはようございます」


 いつもとは違う緊張感が漂う中、この日の為に街から来たらしいおじいちゃんの司教様が杖をついて現れた。


「今日、この日、新たに純粋で清き子供達に祝福を授けられん事を…」


 拍手に包まれた教会内には、不安を押し隠す親と、将来への期待を滲ませる子供がいた。


 この日、私の世界が変わる事になるなんて微塵も思っていなかった。




「…では、名前を呼んだ者から前に。スキルの鑑定を別室にて行います。…リュカくん」

「は、はい!」


 まずはスキルの鑑定から。という事で教会の中心のスペースに並んだ子供達が1人1人呼ばれて別室に入っていく。


「…………次、ルナちゃん」

「は、はい!」


 何人か目にルナちゃんが呼ばれて前に歩いていく。


「…ルナちゃん頑張って!」

「…うん!」


 緊張している様子のルナちゃんに小声で声援を贈った。


 別室から帰ってきた子供達の様子は様々だ。望みのスキルがあったのか喜びを隠しきれずにテンションが高い子供。望みのスキルではなかったのか肩を落として帰ってきた子供。


 呼んでも来られない赤子は別室に集めて親の前でスキルの鑑定を行うらしく、お母さんとチェリオは別室にいる。…勿論、リンジーさんと子供のロベールくんも。


「…リージュちゃん」

「あ、はい!」


 そしてやって来た私の番。バクバクしている胸に手を当てて前にいく。


「彼女が別室まで案内してくれるから、着いて行くんだよ」


 司教様の隣に立っていたシスターに着いて行き、廊下を歩いて別室に向かう。


「部屋の中にはスキルの鑑定をしてくれる人がいるから、その人の指示に従ってね」


 扉の前でそう言われて、シスターは扉をノックした。『お入り下さい』と返された言葉に、まるで前世の病院みたいな感じだと少し不思議な感じがしながら部屋に入った。


「さて、そこに座って」


 部屋の中には中年の男性が1人が座っていて男性の前の机には怪しげな光を放つ水晶のような球体があった。


 机を挟んで男性と向かい合う形に座る。


「えっと、お名前は?」

「リージュ・ハミックです」

「うん。それじゃあ目の前の水晶に手のひらを当てて。しっかりとね」

「はい」


 水晶に手を当てて、しばらく待つ。


「………うん。手を離していいよ。それじゃあスキルが分かったから教えるね」


 他にも何かするのかと思いきや、水晶に手を当てただけで終わってしまった。


「スキルを教える前に1つだけ、大切な事を教えるよ。スキルは1人1人違う。何個もある人もいれば、1つだったり、無かったり。だけどそれは今日のスキルだ。後天的に得たスキルは生まれ持ったスキルよりも効果は劣るけど、努力で縮まるモノでもある。生まれ持ったスキルが無くても生活に支障はないし、英雄にだってなれる。大切なのはスキルがあるなしに関わらず努力する事だよ」

「はい」

「よし。それじゃあ鑑定で分かったリージュ・ハミック。君のスキルは………」


 生唾を飲み込んで次の言葉を待つ。


 スキルを教える前に、スキルが無くても有っても平気だよ的な説明をされたが、やはりあって欲しいと思う。


「〈超過勤務〉だ。自分の限界を超えて行動出来るようになるスキルだね。君の生まれ持ったスキルはこの1つだよ」


 その結果は、1つ。生まれ持ったスキルがあった。けど、これは…。


(…絶対に前世のブラック企業での出来事が原因だよッ!これ!スキルがあった事への安心感よりも複雑な感情の方が勝つわ!?)


 生活面で役立つ訳ではないし、寧ろブラックな環境から離れようと思っている私にとっては無いも同然かもしれない。


「ありがとうございました」

「はい。じゃあね」


 なんだか素直に喜びにくい結果ではあったものの、無事にスキルの鑑定は終わった。


「…!リージュちゃん!」


 戻って来ると、いの一番にルナちゃんが駆け寄って来た。


「ルナちゃん!」

「おかえり!リージュちゃん!スキルはどうだった?」

「ちょう…限界突破のスキルが1つあったよ。ルナちゃんは?」


 危うく〈超過勤務〉と言いかけたが誤魔化して、逆にルナちゃんに話を降った。


 ルナちゃんは腰に手を当てて胸を張ると、眩しい笑顔で片手を突き出す。立てられた指の本数はピースと言うには指が一本多い。


「ふっふっふ。わたしは3つあったの!」

「!凄い!凄いね!」


 なんと。ルナちゃんは3つもスキルを持っていた。多くが私のように1つだけらしい事を考えるとルナちゃんは将来有望だ。美幼女だし、引く手あまたになるだろう。


「でしょ!ママと同じさいほうのスキルもあったんだ!」

「じゃあ教えてもらえるね!」

「うん!あと、あと、ほかのスキルはね~。〈おのじゅつ〉と〈ばーさーかー〉?ってスキルだって!」

「へ、へー。そうなんだー」


 のほほんと教えてくれた残りのスキル名はその笑顔には似つかわしくないものだった。


〈おのじゅつ〉は〈斧術〉スキルだよね。お兄ちゃんが持ってる〈弓術〉スキルの斧バージョンかぁ。〈弓術〉スキルが弓の扱いの向上と威力の増加、疲れにくくなるとかだからそれの斧バージョン…。こんなに可愛い幼女が?


 それに〈ばーさーかー〉って初めて聞いたけど、たぶん〈狂戦士バーサーカー〉だよね。って事は戦いに関するスキルの可能性が高いね。


 ルナちゃんが1番望んでいた〈裁縫〉スキルがあった事は喜ばしい事だけど、他2つのスキルが気になる。


 う~ん。幼女が〈斧術〉に〈狂戦士バーサーカー〉スキル・・・。ゲームキャラとかにいそうだなぁ。


 他の子供のスキルの鑑定も終わり、別室で鑑定してもらった赤子も集められた。赤子はベビーベッドに、子供達はシスターの指示で並んだ。


「…では。これから神に子供達の祝福を祈ります」


 そして今日のメインイベントの神からの祝福を授かる時間がやって来た。


 スキルの鑑定の時とはうって代わり、静まり帰った教会で窓から射し込む光を背に立つ女神像に向かって司教様が祈る。


「…この世を見守る神々よ。神の御前にて願います。神の力の一端を我ら子らへ」


 子供達もその場で祈り、その時を待つ。


「彼の子等は与えられし力を私利私欲ではなく他者を助ける為に、守る為に、邪の心へと堕ちた時、”力”が去る事を心に正しく行使するでしょう。〈分け与えよ幸福をドナムベネティクトゥス〉」


 司教様の一言で数名の子供が自分の内側から力が沸き上がるのを感じた。その力こそが祝福ギフトであり、その力は周囲に幸福をもたらす。


 そしてここから先は子供の知らされていない祈り。悪魔や妖精の悪戯から子供を取り戻し、守る祈り。そして魂喰らいを炙り出す祈り。


「清き魂に神聖なる力の一旦を授けん。女神によって成人までの守護は約束された。邪悪なる魂は女神の御力によって力を失い、純粋な魂が回帰するだろう」


 司教が唱えた聖句に呼応するように、窓の光が強くなる。


 その光はオーロラのように教会内に揺蕩たゆたい始めた。


 やがて光はヴェールのように1人1人を包み込む。暑いどころか木漏れ日を浴びているかのようで、何時までも浴びていたくなるその光に包まれた子供は不思議と落ち着いていった。


 それはぐずっていた赤子は笑顔に、緊張と不安を感じていた子供は安心感から肩の力を抜く程に。


「邪は去り、喜びと祝福が未来を包む<輝く期待《コルソル》>」


 司教の言葉を合図に光は儚く消え去っていったが、子供は感じていた。自分たちの心が暖かく包まれた事を。


 ・・・・・たったを除いて。





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