転生者が嫌われている世界に転生したけどのんびり生活を諦めずに目指す
小春凪なな
魂を喰らう者
1、魂喰らい
灰色のビル群の1つにある会社に就職した。
期待と不安、自分が社会の一員になるんだというフワフワした感情を持って一歩を踏み出した事を覚えている。
新社会人としてその会社で毎日、働く。
働く。
『───!この書類はなんだ!!』
働く働く、怒られる。
働く。知らない仕事の知らないミスを押し付けられて怒られる。働く。
『知らない?そんな事は聞いてないんだよ!なんでこんな単純なミスをしたのかって事を聞いているんだ!!』
働く。体調が悪くなっても、残業で泊まっても、働く。
食事が疎かになった。
慢性的に睡眠不足になった。
それでも働く。ちょっとしか貰えない給料の為に。
働く。働く働く働く。怒られる。働く働く働く働く働く働く…………倒れる。
それで・・・・・・。
「…あの会社ってブラック企業だったんだな~」
瞑っていた目を開いた私の視界一面に広がる青空。
転がっていた草むらを起き上がると見えるのは灰色のビル群…ではなく、緑溢れる森と木材と石で造られた家だった。
私は、リージュ・ハミック。自分で言うのも何だが、美少女だ。
水色の髪は氷のように日の光でキラキラとして、琥珀色の瞳はまるで宝石のように輝く。容姿はまだ5歳なので幼女体型だが、顔立ちは既に可愛いし、将来に期待できる美幼女といえるだろう。
そんな私には前世の記憶がある。
『
気が付いたのは赤子の頃。ブラック企業に就職してしまい、無理が祟って倒れてポックリした事を思い出した。
あまりにもテンプレな展開に暫く放心していたが、すぐに今世の方針を決めた。
『
赤子の頃から努力して手に入れたチートで無双!とか、様々な物を作り出して無双!とか、惹かれる。めっちゃ惹かれるけど!
○○チート無双モノって、のんびり出来てないんだよね。何かしらを頼まれ、目を付けられ、イベント事満載なのだ。
物語としてはそれで全然オッケーだし、むしろイベントがある方が盛り上がるから良いんだけど、現実として第2の人生をそれに使うのは、私はナイ。
ビバスローライフ!のんびり!三食お昼寝付き生活!
これに尽きる。
「よいしょ!そろそろ遊ぼうかな。ルナちゃん家に行こう」
なので天才だとか騒がれるのを避ける為に、私は普通の5歳に見えるように生活していた。
例えば、魔法系チートを避ける為に魔法の訓練を通常の子供が開始する時期まで耐えたり、生産系チートを避ける為に物の改善点を指摘しなかったり。
この世界には魔法がある。衛生面は魔法の〈クリーン〉があるから心配無い。料理の火も魔法で着火、飲み水には使えないが洗濯物の水も魔法で出したものを、土を耕すのも魔法で、髪の毛を乾かすのも魔法。
この毎日一回は魔法を見る環境で魔法の訓練が始まる3歳まで魔法の使用を耐え、魔法を発動してもおかしくない時期まで1度も発動させなかった私は偉いと思う。
『リージュちゃんは偉いわね~。魔法の使い方も上手くって、羨ましいわ』
『ええ、魔法が好きみたいで、熱中し過ぎる時がある以外は良い子なんです』
魔法が好きなのは仕方ない。だって魔法だもん。前世はおとぎ話だった魔法が使えるようになったのだ。魔法好きになるのに理由はいらない。
前世で成人済みの人間が我が儘を言うのは恥ずかしいので、たまーにちょっとしたお願い事をする事で何とか子供っぽさを演出している。夜ご飯の献立とか。
という訳で村での私の評価は『魔法が好きな聞き分けの良い子』だった。
「ルナちゃん!遊ぼ!」
そんなこんなの考え事をしている間に到着した家の扉を叩いて友達を呼ぶ。
ルナちゃんは私が生まれたソーン村の中で1番仲良しの女の子だ。
「リージュちゃん!」
扉から少し離れて待っていた私に、勢いよく開かれた扉から幼女が飛び出して来た。
「今日は何する?」
「んーとね。西の森に行ってベリー食べよ!それから…」
新緑のような髪色に、エメラルドのような瞳の色。のんびりした顔立ちと雰囲気を纏った幼女を受け止めて、遊びの予定を話す。
「あら、リージュちゃん。ルナと一緒に遊んでくれてありがとう。暗くなったら魔物が出るから、早く帰って来るのよ」
「はーい!」
「ママ行ってきまーす!」
ルナちゃんが開け放った扉から出て来たルナちゃんのお母さんの同色の瞳をした女性に返事をして、私とルナちゃんは数種類のベリーが生っている西の森へと向かった。
「おいしー!」
ソーン村の西にある森にはベリーが何種類も生っている別名ベリーの森がある。
昔、魔物の数がもっとずっと多かった頃にベリー農家が木々を植えたが魔物の被害にあい、放置された結果生ったベリーが落ちては芽を出して育ち、今では立派な森となった。
「ルナちゃん!こっちのベリーも美味しいよ!」
「ほんと!?」
ベリーを頬張るルナちゃんに別のベリーを奨める。
私の見た目もいいけどルナちゃんみたいな色もキレイだな。本当に髪色とかファンタジー。遺伝子どうなっているんだろう?とか思いながら美味しそうにベリーを口に詰め込んでリスのようになっているルナちゃんを見て、ベリーを口に放り込んだ。
「美味しかった~!」
食べ過ぎると村の人にちょっと注意されちゃうし、夜ご飯が食べられなくなってお母さんに怒られるので、ほどほどにお腹いっぱいに食べた。
大丈夫。子供はいっぱい動くから、燃料はいくらあっても足りないんだよ。
「なにして遊ぶ?」
「それじゃあ木登りしよ!」
「うん!いいよ!」
帰る頃にはお腹空いたって言ってるんだろうなぁ。と思いながら次は木登りをしに走った。
「わー!あっ!村長さんのおうちだよ!」
「ほんとだ!あっちはリュカくんのおうちかな?」
「それじゃあ隣のは…」
村外れにある小高い丘の上にある木に登って、眼下に見える村の景色にルナちゃんと2人ではしゃぐ。
来たのはもう何十回以上だけど。
こういう景色は何回見ても楽しいしちょっと感動する。
「…リージュちゃん。こんど街から人が来るんだって、しってた?」
「ううん。しらない」
ルナちゃんの言葉に首を振りながら返すと、ルナちゃんは瞳をキラッとさせて手招きをした。
「それなら、わたしが教えてあげる!」
と胸を張ったルナちゃんはキョロキョロと辺りを見ると顔を近付けた。
内緒話の姿勢である。
「きのう、ママとパパが話してたのを聞いた話だけど、リージュちゃんにだけ教えてあげる」
耳に囁かれた言葉を理解して頷く。
なるほど、よくある『皆には内緒だよ』系の話か。
「誰にもはなさないでね。ぜったいだよ」
真面目そうな声の幼女に、真面目そうに頷いた。
「あのね。しゅくふくをしてくれるきょうかいのしきょうさまがくるんだって」
ルナちゃんの話で昔に聞いた事を思い出した。
この世界で崇められている神様は何人もいるが、生まれた子供に祝福を授けてくれるタイプの神様が多いらしい。
「きょうかいでこどもをあつめてしゅくふくをさずけてくださる?んだって」
街には祝福を授けてくれる教会があるのだが、ソーン村のような場所にはない。なので大きな街から司教様が数年に1度来て、一気に子供達に祝福を授けてくれる。祝福の日というらしい…と赤子の頃に両親が話していた。
「そうなんだ、しらなかったなー」
そんな訳で知っていた話だったけれど、そんな事を覚えてるなんてバレたら良くて天才だとか言われてしまうかもしれないので、頑張って両親の話を教えてくれるルナちゃんの話を大人しく聞く。
「それで、それでね。どんなスキルをもっているのかわかるんだって!わたしはママと一緒のさいほうがほしいな!」
これは知らなかった。スキルの鑑定とかを兼ねてもいるんだ。
スキルか。私ものんびり生活に役立つスキルが欲しい。
「あとは、あ!''たまくらい''かどうかもしらべるんだって」
そんな、のほほんとした内緒話の中で知らない単語が出て来た。
「たまくらいって?」
「わかんない!」
情報源のルナちゃんも知らないらしい謎の単語『たまくらい』。
「たまくらい。玉?まくら、くらい?うーん、わかんない」
「なにかのスキルかなー」
「特別なスキルかー」
「そうそう!バーッてするのかも!」
「なんか凄そう!」
最初はルナちゃんと真面目に考えていたが最後の方は脱線して、どんなスキルが凄そうなのか、についての話で盛り上がった。
「じゃあね!バイバイ、ルナちゃん!」
日が落ち掛けた頃、ルナちゃんの家がある方向と私の家がある方向の分かれ道で手を振って別れた。
「うん!リージュちゃん、バイバーイ!!」
お互いが見えなくなるギリギリまで手を振り合う。なんていう子供的な楽しい事をして、美味しそうな香りのする我が家に帰った。
「あら。お帰り、リージュ」
入ってすぐにあるキッチンで料理を作っていたお母さんのエレナが出迎える。
さすが美幼女である私の母親なだけあって、水色の髪をまとめているだけなのに綺麗だ。
「おかえり~!リージュ!」
「ただいま!お姉ちゃん!」
お母さんの後ろから出て来て、私にハグをしてくれたのはお姉ちゃんのスザンナ。
美少女で、青空のような髪に朝日のような瞳の可愛らしさと美しさが混ざり合う美少女だ。2回言っちゃうくらいに美少女だ。
「ただいま~って、リージュとスザンナ。なんで玄関でハグなんて……お父さんも混ぜてくれないかー!」
「キャー!」
「おとーさん!おかえり!」
将来はお姉ちゃんのような可愛いキレイな美少女を経由して美しいお母さんのようになりたいな。とハグされながら考えていたら、お父さんのユスフが帰って来て、お姉ちゃんと私のハグに混ざった。
お父さんは太陽のような瞳に金髪のムキムキマンだ。職業は大工。弟子も数人いるらしい。
「あらあら、3人して楽しそうね」
「エレナも混ざるか?」
「良いのかしら?」
「お母さんもおいで!」
「おいでー!」
お母さんまでも混ざって、4人でしばらくハグをした。
「えー!今日そんな事したのか、ふーん」
そして夜ご飯。〈弓術〉スキル持ちで狩人に弟子入りしているお兄ちゃんのマイロが家族でハグをした事を知って驚き、ちょっと悲しそうにパンを食べた。
「マイロったら羨ましいの?」
「ち、ちげーよ!ぜんっぜん羨ましくなんてないし!」
「お兄ちゃん!後でギューする?」
強がる兄に妹からのせめてもの慈悲として提案すると、それでも抑えたのだろう喜びの表情を一瞬浮かべた。
「リージュ!まぁ。そこまでいうなら…」
お父さんと同じ太陽のような瞳と青い髪のこれまた美少年の兄は、絶賛思春期だった。
そして最後の1人が…。
「オギャア!」
最近離乳食を食べ始めたこの家の末っ子。琥珀色の瞳をした私の前世今世合わせて初めての弟のチェリオ。
この全員が今世の私の家族だった。
美人、ムキムキマン、美少女に美少年に将来の期待大の弟。
優しくて、暖かい。帰るべき我が家。
生活面での不便も魔法で解決されるし、のんびり生活出来ているので、今世は結構恵まれている。
夜ご飯の後、お兄ちゃんとハグをこっそりして、2階にある自室に入る。
「おやすみなさい。リージュ」
「おやすみなさいおかーさん」
お母さんが部屋を出て、部屋は静寂に包まれた。私は瞳を閉じて眠ろうと・・・。
「今、お母さんとお父さんが1階にいる。内緒話をするならこの時間だよね」
眠るつもりなんてなく、両親2人きりで話される話題を聞こうとしていた。こっそり鍛えた魔力操作で両親がいる部屋に風魔法を届かせた。
「~~~~来るまで~~~~~」
「ああ。~~~リージュと~~~~が~~~~~~」
風魔法を繊細に使い、音を拾う。
「やっぱり、何か話してる」
私はルナちゃんから聞いた『たまくらい』が何なのか、ずっとモヤモヤしていた。
「祝福の日についての話だと良いんだけど」
このモヤモヤを司教様が来る祝福の日まで待つなんて出来ない。
更に集中して1階の音を拾うと話し声が鮮明に聞こえるようになった。
「~~なスキルなのかしら」
「俺とエレナの子供だ。スザンナは調合をマイロは弓術のスキルだった。きっと2人も良いスキルだよ」
「そうね。でも、スキルがなかったら…」
スキルがない。そんな子がいたら同年代の子供達からは浮いた存在になりそうだ。それが『たまくらい』?
「無くたって問題ない。時間は掛かるが努力して得れば良いだけだ」
「そうよね…。パン屋のマイルスさんのように料理スキルがなかったけど努力して得たスキルで生活している人も多いものね」
「ああ。努力して得たスキルで英雄と呼ばれるまでになった者もいる。スキルがないくらい、問題ない。あればいい。くらいだな」
「ふふ、そうね」
どうやら違ったらしい。英雄やパン屋のマイルスさんのような人たちがいたお陰でこの考え方が普通なのかもしれない。
今日のパンもマイルスさんのパン屋のパンだった。自力で得たスキルで生計を立てているんだ。明日からパンが更に美味しく感じそうだ。
じゃあ、結局『たまくらい』って何なのだろう。
「それじゃあ問題は1つね」
「ああ…」
両親の会話は次に移ったようだ。さっきよりも声が重い気がする。
「エレナ、リージュはどっちだと思う」
「…魔法が好きだし、聞き分けの良い子だわ。そうだとは…」
「祝福の日まで、我が子を少しでも疑ってしまうのは辛いな」
「そうね……」
疑う?何を疑われてた?確かに私は転生者だし、ちょっとおかしな行動をしちゃったかもだけど、そんなに疑われる程の行動なんて…。
「…リージュの魔力は村の子供やスザンナやマイロの幼い頃の魔力とほぼ変わらない」
「毎日魔法で遊んでいる所為か少し多いけれど、おかしい程じゃないわ」
「チェリオも変な動きはしていない。きっと大丈夫。2人とも大切な我が子だ」
「ええ。きっと大丈夫」
まだ赤子のチェリオまで疑われてた?じゃあ、私がどうこうじゃなくて他の理由があるのかな。
「……リンジーさんのお子さんのロベールくんは夜な夜な魔力を使っているらしいわ」
「…俺も聞いた。ロベールくんはそうなのかもな」
「リンジーさんの一家は辛い事になるわね」
「ああ。まさか我が子がそうだなんてな」
リンジーさんは知っている。柔らかな雰囲気の人で、たまにくれる手作りクッキーが美味しい人だ。リンジーさんにチェリオが生まれた少し後に子供が生まれた事も知っている。
「どうして、こんなに残酷な事が起こるのかしら」
「何故、愛する我が子を奪っていくんだろうな」
話が見えない。ロベールくんはまだちゃんとソーン村にいたはずだ。病弱なんて話は聞かないし、何を話してる?
「……この世界に現れては、国を何もかもを荒らす存在。そいつらは誰かの子供の身体を奪い、魂を喰らって成り代わる」
「魂喰らい。…昔は違う呼び名だったのよね」
「ああ。今でも前の呼び方をする国もあるようだが、そういう国は魂喰らいの力を欲しているだけだ。だからあんな残酷な呼び方が出来る」
魂を喰うか、怖すぎる。魔物か何かっぽいよね魂喰らいって。それでもって魂喰らい容認系国家もあるの。そんなに強い魔物なの?ヤバすぎる。
「…子供達が寝たか様子を見てくるわ」
ってこっちもヤバい!起きてる事がバレたら私もヤバい!
「ああ。特にリージュとチェリオは念の為に祝福の日までは目を放さないでくれよ」
「…ええ。祝福の日までは」
慌てて魔法を切って、静かにベッドに転がる。
「祝福の日さえ、無事に終われば…………」
祈るような声を出したお父さんの一言が、心に響いた。
そして数日後。
「今日はリージュとチェリオの祝福の日ね」
祝福の日が訪れた。
────────────────────
お読みくださりありがとうございます!
面白いと思って下されば幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます