7、魔物暴走




「…なんだ、まだ移動中か……」


 相変わらずガタガタ揺れる馬車の中で目覚めた私は、あくびをして起き上がる。


 騎士から『魂喰らい』についての話を聞いてから数日が経った。


 私としては嬉しい事に先日まで雨が降っていた所為で足止めをくらい思うように進まず、まだまだ目的地には着いていない。


 前世の話を聞き終わってから司教は1度も来ないし、あの話を聞いた後に騎士達に話し掛けるなんて無理だし、あっちから話し掛ける人なんていないし、そんな感じで現在ほぼ放置状態だ。


 具無しスープと固いパンが食事な事に変わりはないが、最近はスープに浸ける時間を調整して、ふにゃふにゃで食べたり固めで食べたりとアレンジを始めた。


「───は───野営───!」


 私にも聞こえる程大きな声が聞こえたかと思えば、馬車の揺れがなくなる。どうやら今日はここで野営にするようだ。


 指示を出す声やバタバタと動く音を聞きながら、暇すぎる私は夜ご飯までもう一眠りする事にした。


 ◇◇◇


 夜ご飯を終えた騎士達は明日に向けて休んでいた。


「────ギャアア!」

「──助け───」


 だが、騒がしい声に起きた。まだ覚醒しきっていない頭に金属の音、緊迫感のある叫び声が途切れることなく聞こえる。


「ッ!襲撃か!」


 その意味を理解した瞬間、眠気は吹き飛びすぐに天幕から外に出た。


「クソッ!誰か、誰か…アアァァァ!」


 外には地獄が広がっていた。夜闇の中でも数えるのか馬鹿らしくなるほどの魔物が、騎士を襲っている。


 先日、『超過勤務』と『焼却』の二手に別れて数が減っていたとしてもそれなりの数の教会の騎士がいた筈だ。それなのに苦戦している。騎士は思わず生唾を飲み込んだ。




「…私と数名で司教様の下へ向かいます。他の者は魂喰らいの見張りをお願いします。いざというときは魂喰らいの処分をしてください」


 魂喰らいの見張り部隊長をしている騎士の言葉に集まれた全員が頷く。


 訓練された騎士達ですら苦戦する強さの魔物の群に、少し離れた場所にいた魂喰らいの馬車とその見張りの騎士達は孤立してしまった。


 見張りの騎士は隊長の指示の下、魂喰らい『超過勤務』の見張りに馬車に数名を残し、司教や教会の中でも強者がいる聖騎士の下へ行った。


 残された彼らは司教が来るまでの魂喰らいの見張りといざと言う時の対処を任された。


「ガアアァァ!」

「なっ!タトゥーウルフ!?」


 馬車を囲うように立っている騎士が魔物の鳴き声に反応してすぐに剣を振るい飛び掛かってきたタトゥーウルフを倒す。


 タトゥーウルフは灰色の毛に黄色の紋様のような毛が特徴のウルフだ。紋様は強い個体程に赤に近付き細かい紋様になる。


「「「グルル…」」」


 そして、群で獲物を狩る魔物である。


「チィッ!隊長が司教様を連れてくるまで耐えるぞ!」

『「「オオ!」」』


 タトゥーウルフが地を駆けると同時に騎士達も駆ける。硬い物がぶつかり合う音が響き、鉄の臭いが充満する。


「ガァァ…」

「よしっ!みんな!もう少しだ!」


 怪我をしながらもタトゥーウルフの群を倒し、数を順調に減らしていった騎士達だったが、その体は傷だらけで満身創痍。それでも終わりが見え、騎士達の顔は晴れやかなものになる。


「〈エリアヒール〉」

「おお…!ありがとう!」

「いえ、これくらいしか出来ませんから」


 魂喰らいの異変を察知出来るように聖刻を刻む際にいた司祭1名が見張り部隊にいたお陰で騎士達の怪我が治された。


「グオオオオ!」


 元気になった騎士達に新たな魔物が存在を主張する。ビリビリと大気が震えたような錯覚を感じる程の鳴き声の主に戦場の目は惹き付けられる。


 太く強靭な四肢に生半可な攻撃を通さない金色の毛皮。マッドベアと呼ばれる魔物が血のように赤い瞳をギラつかせ、ヨダレを垂らして戦場に現れた。


「司祭さんは下がってくれ、あんたを失う訳にはいかない」

「はい。…もしも、何かあれば懐にある魂喰らいの枷の鍵を破壊して下さい。あの枷には〈位置把握〉と〈状態伝達〉の付与がされています。もしも外されれば逃げられた時に追いにくくなります」

「…わかった。無い事を祈るがもしもの時はそうしよう」


 思わず死が頭を過り、司祭は騎士にもしもの時を託した。


「助かります。…〈聖なる裁きホーリーソード〉〈聖盾ホーリーシールド〉」


 騎士が頷いたのを見た司祭は、感謝とともに死なせない為に攻撃力増加と防御力増加の魔法を使用する。


 そんな会話をしている間にマッドベアはゆっくりと戦場を見渡し、品定めを終えたマッドベアは馬車の周りにいる騎士の1人に飛び掛かった。


 マッドベアは残虐性と食欲の高さと獲物に対する執着の強さが厄介な魔物で、訓練を受けた騎士が10人いても勝てないとされる相手。


 そんな相手に不意討ちで飛び掛かられた騎士が抵抗出来るかと言えば・・・。


「ウワァァ!た、助け…!」


 反応出来ずマッドベアの攻撃を受けて地面に倒れた。自分よりも遥かに大きい存在に押さえ付けられた騎士は、神官の魔法によって防御力が上昇した体でも徐々に骨が軋む音に恐怖しながら仲間に助けを求める。だが、騎士達は不用意に近付けば殺されると分かってしまい近寄れなかった。


 程なくして襲われた騎士はマッドベアの餌となった。


「グゥオオオオ!!」


 戦闘前の腹ごなしを終えたマッドベアは、血液混じりのヨダレを垂らしながら本能の赴くままに騎士達に向かって突進する。


 そう。マッドベアにとって目の前にいる教会騎士何十人程度は餌にしか見えない。


「ガハッ!?」


 マッドベアに1番近かった騎士がマッドベアの突進をもろに食らった。


「回復を!」

「いえ、もう……」


 突進され吹き飛ばされた騎士は馬車にぶつかり衝撃で壊れた馬車に横たわったまま、二度と動く事はなかった。


「よくも、よくも!クソッ!〈火炎斬〉!」


 仲間が2人も殺され、怒りに染まった騎士の1人がスキルを使用した。〈火属性魔法〉と〈剣術〉の2つのスキルを持っている者しか使えない合わせ技〈火炎斬〉。敵を切ると同時に焼く事で一撃必殺の威力を持った強力な攻撃。


「グオオオオ!」

「アアァァ!!」


 更に司祭の聖属性付与魔法によって攻撃力が高くなっている。マッドベアはその危険性を感じとったのか、つまみ食いしようとしていた新鮮な騎士から目を離すと、臨戦体制に入った。


 敵を焼き切る赤い軌道と、敵の血で染まった真紅の爪がぶつかりあう。


 ぶつかった衝撃で火花が爆ぜた。火花が消える前に両者が次の攻撃に移り、また火花が爆ぜる。それを数回繰り返し、マッドベアが大きく腕を振り上げた。


「ソコだァァ!!」


 その隙を逃すまいと騎士は聖魔法で輝く剣に火魔法を纏わせ火力を最大限高める。一息で懐に入ると必殺の一振りを首に向かって薙いだ。


(殺った!)


 周りで見ている騎士も本人も思った。


 だが・・・。


「グルルッ!!」


 攻撃を受けた筈のマッドベアは愉快そうに嗤った。


「ッ!?何なんだこの皮膚の硬さは!」


 燃える剣を振るった騎士は驚愕の声を上げた。


 それは当然だった。分厚い毛皮に覆われたマッドベアは騎士の必殺の一振りで僅かに毛が焼かれただけだったのだから。


 マッドベアは数回の攻防で理解していた。騎士の攻撃は己の命に届かない、と。だから敢えて隙を晒した。騎士が自ら懐に飛び込んでくれるように。


「グルルァァ!」


 そして今、自分の必殺技で皮膚1枚すら切れなかった事に驚愕していた騎士へギロチンを落とすようにマッドベアが腕を振り下ろした。


「…どうやって勝てば良いんだ……」


 夜の闇でも分かる程無残な姿になった仲間と、瞳をギラつかせてこちらを見てるマッドベア。一連の流れを見ていた騎士は自身の呟きに気付かず、ただ剣を構えた腕をカタカタと震わせていた。


〈火炎斬〉を扱える騎士はこの中で1番強い騎士だった。〈火属性魔法〉のスキルを生まれ持ち、努力を重ねた騎士の一振りはあらゆる敵を屠ってきた。


 なのに、目の前のマッドベアには通用しなかった。孤立している今の状況で、マッドベアに勝つ未来が見えなかった。


「あ、ああ、うああぁぁ!」

「ッ!おい!どうした!?」


 心が折れた騎士は、剣を投げ捨てると闇夜の森へと走って行ってしまった。


 その先にいたのはマッドベアのおこぼれを狙っていた魔物達だった。彼らは弱く小さい。だが、餓えている。


「ギャアア!」


 折角来た獲物を逃すまいと手足を噛み、逃げられなくしてから喰らい始めた。小さな口でじわじわと喰い殺される死は逃げた騎士にとって最良とは言えない結末だっただろう。


「ッツ、必ず必ず応援が来る!それまで、なんとしてでも生き延びるんだぁ!!」


 残った騎士は折れそうな心を叫ぶ事で鼓舞する。


 前には攻撃が通用しない殺戮を楽しむマッドベア。後ろには何十体といる骨まで喰らう餓えた魔物達。残された騎士ではどちらも突破する事は出来ず、ただ仲間が増援に来る事を願って1秒でも生き延びる他、選択肢はなかった。


「グルル!」


 決死の思いで立ち向かう意志を宿した瞳を見たマッドベアは器用に嗤った。






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