13、動き出す



「……司教様…」


 セシリア司祭がいた町から魂喰らい2体と隊を別けて教会の者が待つパーケーキまで向かっていたルーカスはそれより道中の村、スピカの教会で祈っていた。


 事の発端は司教と別れて数日程経った日の夜中だった。まだ外が白んですらいない時間にルーカスは飛び起きた。感じていた聖刻の魔力が分からなくなった事による喪失感からだった。


 同じく聖刻に魔力を籠めた司祭と護衛に騎士を連れてすぐにルーカス達が運んでいる魂喰らいがいるかどうか確認した。


「むぎゃあ!」


 猿轡をしたままの赤子は


 つまりこの喪失感は別の魂喰らい、司教様が運んでいる『超過勤務』と呼んでいる魂喰らいの聖刻を感じなくなったという事になり、同時にあちらに何か起こったという意味になる。


 魔物に村を滅ぼされてから教会で親のような存在だった司教が生死不明。その事実にルーカスは自分でも信じられない程に動揺した。


 共に移動していた騎士団長に情報収集を頼んだが、どうしても小さな村の教会に僅かな時間でも良いから無事を祈りに来てしまう。そうしなければ落ち着けない。だが祈ることしか出来ない自分が不甲斐ない。そう感じるが今は祈るしか出来ない。

 結局モヤモヤして集中できていないルーカスの耳に教会内に重たい足音と金属のなる音が入ってきたのが聞こえた。


「…シルヴァン騎士団長。どうかしましたか?出発まで時間はある筈ですが…」

「ルーカス…司教様が向かった方向で魔物暴走があり、森の中で教会の馬車数十が見付かった、との情報があった」

「………司教様は?」


 入ってきたシルヴァン騎士団長は振り返ったルーカスが眠れず、隈が目立つ酷い顔になっているのを見て、報告を一瞬躊躇うが後から知る方が辛いだろうと口を開く。


「…損壊が激しかったようだが司教服を身に纏い、司教様が使っていた杖を持った遺体があったと……」

「そうですか。分かりました」


 自分でも思っていた以上に冷静だったことを不思議に思う。いや違う。分かっていたからだ。

 聖刻の魔力が分からなくなったという事は聖刻を刻んだ対象に何かあったか、聖刻に魔力を籠めた者に何かあったかのどちらか。心の中では魂喰らいに何かあればいいと思っていた。でもそんな都合の良い事は中々起きない。


「ルーカス……」

「大丈夫です。覚悟していた事ですから。……ああでも、マルスはきっと荒れるでしょうね。あいつは感情が豊かだから」


 予想よりも淡白な反応に心配になったらしい騎士団長に声を掛けられるが、大丈夫だ。寧ろ、司教様が担当していた街の留守を任されたマルスの方が心配になる。同時期に教会に来て兄弟のように育った元気印の弟分が怒る様子を思い浮かべたルーカスは少し口角を上げた。


「それよりも、その話を詳しく聞かせて下さい」


 感傷に浸る暇は無い。司教様が亡くなった現在、魂喰らいの責任者はルーカスとなった。ならば司教様が運んでいた魂喰らいがどうなったのか調べて対処しなくてはいけない。


「あぁ。3日前の夜から朝に掛けてフルリガ村やシュテテ村などを多数の魔物が襲ってきたらしい。前々から魔物の数が増えていた事から冒険者が多く滞在しており、被害は家屋の倒壊と残念ながら数名の被害者と多数の怪我人で済んだ。翌日、冒険者を中心に森へ調査に向かったところ、大量の魔物の死体と教会の者達の遺体を発見したそうだ」


 騎士団長は切り替えたルーカスに一瞬驚くが司教代理となったルーカスに真面目に答える。


「子供の死体は?」

「…いや、激しく損壊した遺体が多かったそうだが、子供らしき死体の報告はない」

「では逃げ出した可能性がありますね」


 ルーカスは魂喰らいの行方について考え、これまでの魂喰らいの情報から答えを導いた。それを聞いた騎士団長は驚いて声を上げた。


「まさか…魔物の死体の中にはマッドベアやロックワイバーンまでいたと、そんな中を生きて逃げ出すなんて……」

「常識で測れないのが魂喰らいです。過去には高位の魔物すら従えるスキル持ちもいたそうですし、『超過勤務』はそのようなスキルではないようですが魂喰らいです。逃げれても何ら不思議ではない」

「それは、そうですが……」


 淀みの無い答えに騎士団長はそれ以上言えない。確かに、と思うところはあったからだ。


 魂喰らいは強い。それは物理的な強さや魔法的な強さだけではない。賢さ、幸運、魂喰らいは昔思われていたようにまるで神の寵愛を一身に受けているが如く様々な強さを持っている。


「…チョレーを経由して教会本部へ連絡します」

「どのような事を?」

「『超過勤務』が行方不明の為、捜索を頼みます。出来れば“使徒”様レベルが来てくれると良いのですが…」

「成る程、確かにもしも使徒様が来てくれれば確実に捕まえられるでしょう」


 死体が見付かっていないのなら生きている可能性が非常に高い。ルーカスは1秒でも早く魂喰らいを捕まえ、教会に引き渡す為に司教様に留守を頼まれたマルスがいるチョレーに連絡する事にした。


「…ですが、上手く伝えられるでしょうか」


 仲間にするとは思えない騎士団長の心配に苦笑が漏れる。別にマルスの心配をしている訳ではない。

 マルスが元気印とはいえ留守を任されるくらいには頭は良い。

 では何の心配を?と言うのもルーカスやマルスよりも長く生きているのに、怠惰と強欲にまみれて司教になるどころか、セシリア司祭のように町や村の教会すら任せられない老害司祭どもがいるのである。


「マルス達がいますから、何とかなるでしょう」


 司教様も頭を痛めていたコイツら老害司祭の耳に万が一にもこの話が入れば間違いなく、良くて自身の手柄にしようと暴走するか、司教様を糾弾するかだ。前者は面倒なだけだが後者は断じて許せない──思考が逸れた。最悪は魂喰らいの自分の物にして何かしようとする事だ。

 昔、『英雄王』の事件の後に魂喰らいに奴隷紋を刻み我が物としたは良いものの、奴隷紋を解こうと暴れた魂喰らいによって街が半壊し自滅したという馬鹿がいる。間違いなく老害司祭はこの部類だ。そんな事態になれば司教様に顔向け出来ない。


「では、私はすぐに連絡できるように準備をしておきましょう」

「頼みます」


 仲間に足を引っ張られるなんて目も当てられない。騎士団長が連絡の準備をしてくれている間に何か策を講じなければ…。


 教会を去る前にルーカスは祈る。


 それは最初とは違う祈り。司教様と亡くなった教会の者達の冥福を願い、必ず魂喰らいを見付け出すという決意を宣言して立ち上がると、振り返ることなく教会を立ち去った。



 ◇◇◇



「助かったよ!ソル!ありがとう」

まあねピピピィ!」


 ソルの警告に従って草むらに隠れた後に現れた魔物を息を潜めてやり過ごした私はソルにお礼のナデナデをしていた。


「ピピィ~」


 目を細めて気持ち良さそうにしているソルを見ているだけで私まで穏やかな気持ちになる。


「この岩を右だよね?」

うんピピッ!」


 ソルが見付けた人里に向かって進む。時に魔物をやり過ごし、果実を食べて。


「早く着かないかな~」


 この世界の人が私に対してどんな感情を抱いているのか忘れている訳ではないが、転生者魂喰らいだとバレさえしなければ平気だろうと楽観的に考えていた。


 ────着いた先でその考えが甘いのだと知る事になる。────


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