第50話 契約違反と次元の悪魔



「えっ……」


 その言葉を最後に俺の隣にいたファイアー……本物のダヴィド・イーゴは動かなくなった。それと同時に俺の体には力が戻りなんとか立ち上がる。


「馬鹿め……だからお前は序盤の雑魚ボスなんだよ」


 俺が立ち上がると、扉から仲間たちがなだれ込んできた。俺の仲間が移動魔法を使えないわけがないだろうが。


 俺は彼女たちが戻ってくることを信じて、奴との会話の中に「転生の話」を何♪のも紛れ込ませた。

 成功を、勝利を目の前にして油断したのだ。悪役らしい死に方である。


「教祖様! すぐに手当てを」


 ユフィーが俺の腕に回復魔法をかけみるみるうちに腕が治癒していく。


「ユフィー、気をつけろ。まだそこに悪魔がいる」


「わかっています。さぁ、汚れをもつものよ。元いた場所に戻りなさい」


 澄んだ声、眩しくて目が開けられない程の光が魔王城を包んだ。アマリスの掌から迸る聖なる光が、逃げようとする次元の悪魔を拘束する。光のイバラに拘束された次元の悪魔は苦しそうな声をあげ、もがく。

 本物のダヴィドが悪魔の弱点まで話してくれたのだ。まぁ俺が誘導したんだけども。

 アマリスは今までの苦しみを辛さを悪魔に精一杯ぶつける。


『よいのか、私が戻れば……その転生者も行き場を失うのだぞ。お前はその男を愛している、失いたくないはずだ』


 悪魔の言葉に、アマリスは耳を貸さない。それでも、彼女は涙していた。


「私はお前の言葉に耳を貸さない。私の愛する人は……自分よりも世界を優先するはずだから……私は、私は」


『さぁ、そのナイフを手に取れ回復魔法使いよ。聖女を殺し愛する男を独り占めにするのだ』


「だめだユフィー! 悪魔の言葉に耳を貸すな!」


 俺第一のユフィーは間違えてしまうのではないか。ユフィーはあろうことかナイフを手に取って俺の方を見つめた。


「教祖様……私は教祖様を失いたくない。ずっとずっと大好きでした。今の生活をみんなで楽しい暮らしを捨てたくない。何も判断できないユフィーをいつだって教祖様は助けてくれましたね。だから、だから……ユフィーは自分で選びます」


「だめだ……ユフィー」


「お前なんかの言葉を信じない! ユフィーの大好きな慈悲深い教祖様はお前なんかと手を組まない!」


 ユフィーはアマリスの腕をつかむと魔力を彼女に付与していく。すると聖なるイバラがぐんと力を増した。


『そこの女戦士。今すぐやめさせろ。そうすれば、愛する男と強い練習相手を……』


「うるさい! その口を閉じろ!」


 クルネはアマリスの後ろに回ると涙を拭きながらぐっとアマリスが転ばないように体で支える。


『そこの忍。お前は初めての男と最期まで添い遂げると誓っているな? いいのか? 私を助けなければその男は死ぬ。お前も死ぬことになるぞ? さぁ、聖女を殺すのだ』


 シズカはクナイをぐっと握った。


「もしも、ダヴィド様が死ぬのであれば……お前を殺してから私も死にましょう。忍は……私情のために仲間を裏切ったりはしない!」


 シズカは強く悪魔を睨むとアマリスに魔力を付与する。


『そこの魔法使い……お前の師匠を殺しても良いのか? 今ならお前にも異世界の魔法を与えようぞ。さぁ聖女を殺すのだ!』


「フンッ、お前を殺してそれから師匠を蘇らせる魔術を研究するまでよ。悪魔の力なんてこの大魔法使いアシュレイ様には……あっ」


 アシュレイが短歌を切り終わる前にグリコが、美しい成人女性姿のグリコが膨大な魔力をアマリスに注ぎ込んだ。


『くっ……ドラゴンめ!』


「立ち去りなさい。悪魔よ、我が女神と相反するものよ」


 グリコの魔力がアマリスの中で大きく膨らみ、光のイバラが悪魔を包み込んだ。そのまま弾け飛ぶと美しい光の粒が飛び散って降り注いだ。それと同時に俺の意識もうっすらと遠くなっていく。

 魔王の間、大きな天窓からみえていた真っ赤な空が青く染まっていく。


 これでよかったんだ。


 次第に意識が薄れいていく。仲間たちの啜り泣く声が聞こえる。


「さよなら……みんな」


 声が出なかった。微かに唇を動かして、それから俺は意識を失った。

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