第45話 力のない聖女


「みんな、ありがとうな」


 雑魚寝しているパーティーメンバーたちにそう告げるとユフィーは力なく微笑んだ


「どれもこれも、教祖様のおかげですよ。皆さんが力を貸してくれるのは教祖様が皆さんを助け続けたからこそ」


「あぁ、そうかもしれないな。ちょっと外すからみんなを頼む」


「どこへ?」


「ちょっとな」


 俺は腰を上げるとユフィーたちを残して部屋を出た。ゲーム中でもこの世界にきてからも何度も通った廊下、今は疲れて休んでいる兵士たちでいっぱいだった。

 彼らを起こさないように歩く。


「あぁ、ダヴィド様」


「ジョハンナ、噴水広場にカーナたちが。薬草の仕入れと炊き出しをしてくれている」


「ロヨータ村の皆様が……!」


「聖女様のことは俺が。顔を見せてくるといい」


「ありがとうございます!」


 ジョハンナはそういうと駆け足で廊下を走っていく。怪我から復帰してすぐだというのに流石の責任感だ。

 聖女の部屋の前、俺は静かにノックする。すると「どうぞ」と消え入りそうな声が超えた。

 扉を空けて中に入ると、少しやつれたアマリスが無理やり口角をあげて俺を見つめた。

 聖なる力を失い、魔力すらも失った彼女はひと回り小さくなったように感じた。


「私に失望していますか?」


「失望?」


「聖なる力も魔力すらも失い、なにもできない私を見て怒っていますか?」


「いいえ、俺はただ……」


「1人安全な場所に引きこもっている私を怒りにきたのですか?」


「いいえ、それも違います」


 いつもなら迫ってくるくせに、今日は距離を保ったまま愛想笑いを浮かべている。それが痛々しくて、見ていられなかった。優秀だった俺の姉が大学受験に落ちた時みたいなそんな感じだ。価値を否定されて、自信を失い、もう消えてしまいそうな……。


 そんな時、なんと声を掛ければいいんだろう。

 

「では、どうして……? 聖女でなくなった私になど、なんの価値もないというのに」


「今、この国は混沌の中にあります。多くの人が死に家を失った人も多い。俺も先ほどまで救助活動を行っておりましたが限界がありました。混乱に乗じて気に食わない貴族を襲う人たちや、スラム街では殺しや女性への乱暴なんかも多発しています」


「私が、聖なる力を失ったから。あのドラゴンを退けられなかったから……民は苦しみ、私のせいで……」


「力を貸してほしいんです」


「私にはなんの力もないわ」


「あります」


「ないわ! あなたならわかるはずよ。魔力がなくなって聖なる力だってない!」


 アマリスは俺の手を掴むと自分の胸に押し当てた。確かに、魔力は感じない。泣きはらした目、手は痩せてほっそりとしてしまっていた。


「俺は……聖女ではなく、アマリス・クラッチに力を貸してほしいんです」


 アマリスは「えっ」と驚いたように俺を見つめた。


「俺は、貴女が慈善活動をしている姿を見てきました。手を握り市民を励まし安心させる。それは俺にはできなかったことです。貴女にしかできなかったことです。今、貴女を必要としている人がいるんです。魔力がなくても、慈善活動はできますから」


「ダヴィドさんは……力を失った私を?」


「聖なる力があってもなくても、貴女は貴女だと思います。だから、どうかマゴアダヴィド教に力を貸してください」


 気を遣って抱き締めるとか、キスをするとかそんなことはできなくて。俺はただ不器用に彼女の肩をポンと撫でた。握られた手を離し、あまりの疲れにふらつきながら部屋を出た。



***


「教祖、どこへ?」


「ユフィー、起きていたのか」


「えぇ、心配になって」


「聖女様のところだ。彼女にも協力を」


「聖女様、お力をなくされたとはいえ彼女の存在が国民を安心させます。頼れる相手がいれば……」


 カチカチの床に敷かれた藁マットレスの上に寝転がる。隣ではシズカが寝息を立てていた。


「そうだな……」


「教祖様、おやすみなさい。ユフィーももう限界ですぅ」


 心配して待っていてくれたのか、ありがとう。と心で言う前に俺は眠りに落ちた。



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