第44話 必要な存在



 王都は混乱の中にあった。


「痛い、熱い、助けて!」


 崩れた家屋の中から響く幼い声、助けても助けても悲鳴は響く。


「ソフィー、こっちに衛生兵を!」


「教祖様、こちらの消火を!」


「わかった」


 ソフィーに火傷した少女を引き渡すと俺は急いで別の家屋の消火にあたる。クルネは瓦礫をどかして救助活動を、アシュレイとシズカは水魔法と水遁で消火活動に当たっていた。


「おい! こっちを治療しろ!」


 少女を抱えたユフィーを止めたのは明らかに裕福な格好をした貴族の中年男性だった。彼の視線の先には腕に擦り傷を作って泣いている女性がいた。


「ですが、この子を早く運ばないと」


「ええいうるさい! 平民どもなど死んでも構わんのだ! 我が若妻が泣いているというのに貴様逆らう気か!」


 俺はもう1人、男の子を救い出して衛生兵に引き渡してからユフィーの方へと向かう。


「ユフィー、早く衛生兵のところへ。それから少し休んでこい、魔力もうないんだろ」


 ユフィーは、「でも」と反論しかけたが自身の魔力が底を尽きていると理解して黙って衛生兵の元へと走った。


「貴様、どういうことだね」


「恐れながら、奥様は軽傷です。心配はいらないかと」


「ふざけるな! 血が、血が出ているんだぞ!」


「私の大事な肌が傷ついたのよ! 平民の子供なんて死なせておけばいいじゃない!」


「今にも命の危険がある人がたくさんいるのです。我々はそちらを優先するだけのこと。奥様の怪我は衛生兵や回復魔法使いの力を使わずとも問題ないでしょう」


「うるさい! 慈善団体風情が! この私を知らんのか! そもそも、平民どもを優先などあるまじき行為! 平民などいくら死んでも代わりはいるじゃないか、ネズミのように増えるのだからな」


 怒り出して中年貴族の方は俺が若いからかそれとも気に食わないからか激しく俺を罵倒した。女の方も俺を指差して非難する。


「我が、スコホルス伯爵家を侮辱するとは何やつ! 我が家は代々保安局に寄付をし、女局員の面倒を見ていたんだぞ!」


「スコホルス。そうですか、この緊急事態に平民よりも自分を優先しろと? 申し遅れました。私は、国営保安局・魔術師団長のダヴィド・イーゴと申します」


 俺の名前を聞くと男は顔をこわばらせた。


「イーゴ家……だと」


「えぇ、わがマゴアダヴィド教は平民・貴族関わらず人助けをしております。多くの人が家を失い、死者もいる非常事態。混乱を極めるこの国にもはや貴族や平民などという違いは存在しません」


 スコホルス伯爵は盛大に舌打ちをすると踵を返した。


「ふんっ、イーゴ家がなんだ。復興したら根回しして痛い目を見せてやるからな」


「そうよ。ダーリン、あんな若造は没落させてやりましょう。スコホルス家は貴族の中でも歴史の長い家柄ですもの」


 俺は何も言わずに彼らに背を向けた。

 ぐえっと蛙のような声が響き、鈍い音が聞こえた。「ふざけるな」とか「偉そうに」とかそういう罵声が聞こえた。人だかりができているが、俺には救助活動がある。あの中心にはさっきまで俺に罵声をとばいていたスコホルス家の2人がいるに違いない。助けてくれと叫んでも、さっきの一部始終を見ていた平民も保安局の人間ですらも手を差し伸べようとはしなかった。


 つい、この前まで貴族は偉くて平民は頭も上がらないようなそんな階級社会だったのかもしれない。けれど、今は異常事態だ。混沌の中には悪意だけでなく歪んだ正義も存在しているのだ。


 例えば、混乱に乗じて貴族にふだんの恨みを晴らそうとする人々とか。汚職貴族を見殺しにする保安局員とか。


「教祖様、まだあの家屋に私の家族が!」


「わかった。すぐに向かおう。自分の怪我の手当はできるかい?」


 女性は力強く頷くと擦り傷をした右手に、破ったスカートを巻きつけた。水魔法で消火活動をしつつ、閉じ込められた子供たちを助け出し怪我人を治療所まで誘導する。平民街は、建物が石造りでそれぞれが距離をもって立てられていて、造りもしっかりしているだけマシだ。


 俺は向こうに見えるスラム街を見た。

 掘建小屋の長屋からは轟々と炎と黒煙が上がり、悲鳴や怒号、断末魔が響く。平民が平気で貴族を殴り殺すように、スラム街ではもっとひどい……もっと悲惨なことが起きているのだ。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「お母さんと絶対に離れたらいけないよ。さぁ、安全な治療院へ。できれば衛生兵や保安局員を手伝ってあげてほしい」


***


 噴水広場に作られた、治療所は阿鼻叫喚だった。

 そこら中に死体が転がり、痛みにうめく声や泣き声が響く。衛生兵や回復魔法使いたちは助かる見込みの高いものから治療し、水魔法を使えるものは消火活動や火傷の流水治療に当たっていた。


「魔術師団長! みな、魔力が尽き始めています。そもそも保安局員の被害も甚大で……このままでは」


「交代で休んでくれ」


 そういって、治療にあたろうとした俺も足元がふらついた。襲撃からもう1日以上寝ずに救助活動をしている。


「教祖様、休んでください」


「いや、救出した人たちの火傷を治療しないと……それには大量の水と薬草が必要だ」


「でも、もう皆魔力が尽きかけて……保管庫が火でやられて薬草なんて」


 ユフィーが悔しそうに眉間に皺を寄せた。俺も答えは出せなかった。疲労でどうにかなってしまいそうだったし、何よりもこんな現場に出会ったのは初めてで……


「ダヴィド様〜!」


 聞き慣れた声に振り返るとそこには、ローミアとシュカ、それからグリコとロヨータ村の面々が立っていた。引いてきた馬車にはたくさんの食料と薬草を積んでいるようで、ジョハンナの妹のカーナを中心にせっせと治療所に荷下ろししていく。


「ほら、しっかりしなさい。グリコが頑張って薬草と野菜を大量生産したの。ここに炊き出しも作るからさっさと場所空けて」


「シュカ……どうして」


「城の方で火が上がってるのが見えて……それにあの魔王の声は領地まで響いていたわ。だから、私たちも慈善団体としてできることをしただけ」


「シュカ、ローミア、グリコ……ありがとう」


「あら、まだ満足しないでよね。もうすぐ応援も来るから」


「応援?」


 そう言ってシュカは空を指差した。不思議に思って見上げると、一瞬だけキラッと光って、転移魔法が発動する。

 俺たちの前に、涼しげな風が舞い彼女たちが姿を現した。


「ダヴィド様、恩返しにまいりました」

「まいりました」


「君たちは」


 アイス伯爵の屋敷にいたメイドたち。彼女たちは「雪女」というモンスターだ。そう、氷や水を生成できる。火傷の治療に必須な流水と薬草が揃ったのだ。


「魔力ならお任せください」

「お任せください」


「あぁ、ありがとう!」


「ここはあたしたちに任せて、ユフィーとあんたは少し休みなさい」


 シュカに肩を叩かれて俺たちは一旦城に戻ることにした。




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