8章 魔王と聖女

第43話 魔王ファイアー


「では、聖女様の力を取り戻すためには魔王・ネルノスを倒す必要があると」


 ヴェルナは深刻そうに眉間に皺を寄せた。


「えぇ、魔王はご存知の通り魔物の島と呼ばれる孤島に聳える魔王城にいると言われています。ですが、魔王の姿を見たものはおらず……古いおとぎ話では伝説の勇者が倒したとされていますが……」


 残念ながら俺は伝説の勇者ではない。それどころか、序盤の雑魚ボスである。多分、ダヴィド・イーゴは魔王にも操られていないだろうし本当に雑魚の雑魚だ。


「教祖様、魔王を倒しましょう。もちろん、すぐにとは言いません。私やクルネさん、シズカさんやアシュレイさんもたくさん経験を積んで……そうしたらきっと夢じゃないはずです!」


 このセリフは、教祖様の部分が主人公の名前になってゲーム内でも実装されている。俺や主人公2人がストーリーを崩しているせいでヴェルナというゲーム上には出現しないキャラがいたりするが。


「あぁ、魔王の力が大きくなったことで世界中で異変が起きているかと思います。我が教団も慈善活動の一環として各地に赴いてみようと思います」


 主人公2人が好き勝手やっている以上、このゲーム内で起こってしまういろいろなイベントを回収しておかないとならない。このシナリオでは、各地のイベント回収がかなり重要になっていて、魔王ネルノスを倒すためには各地に伝わる魔法石を集めておく必要があるのだ。

 

「えぇ、そうしていただけると助かるわ。保安局も情報収集を積極的に行いつつ、王宮とも連携をして、魔王ネルノスを倒すために世界各地と同盟を結べるように動く予定よ。どれもこれも、ダヴィドさん。あなたが保安局の正常化に手を貸してくれたおかげです」


「いや、自分は寄付金を出したまでです」


「いいえ、それが大事なのです。誰よりも多くの寄付金を出している貴族が一番に働くことで、他のイヤらしい人たちが大きな顔をできなくなったのですから。ふふふ、何かお礼を差し上げなければ」


 ヴェルナに愛想笑いをしているとシズカの表情が曇った。多分、彼女の国……つまりは忍の国のイベントが起こるんだろう。本来なら主人公が解決するのだが、俺が行かねばなるまい・


「あの……お手隙で良いのですが……ダヴィド様。忍の国にも困り事が」


 シズカがそう言いかけた時、保安局・局長室の扉が大きな音を立てて開くと局員が1人大慌てで転がり込んできた。


「何事です?」


 あまりの慌てようにヴェルナが声を荒げると、転がり込んできた局員は窓の外を指差して


「魔王が……新しい魔王が……」


 と震える声で言った。


「何?」


 俺は慌てて局長室の大きな窓を開けてバルコニーに出ると、先ほどまで晴天だった空が真っ赤に染まっている。朝日とも夕日とも違う禍々しい紅。

 そして、その中に浮かぶ黒い大きな影が大きく口をあける。


「俺の後ろに隠れろ!!」


 俺は咄嗟に防御魔法を展開した。大きな影、漆黒のドラゴンが火球を放ったのだ。いくつもの火球が保安局、城下町、城を襲う。人々は逃げ惑い悲鳴を上げる。


「くっ……!」


 しばらく耐えたのち、漆黒のドラゴンの背に乗った何者かの声が響いた。


「魔王ネルノスは死んだ。これからは我が主・ファイアー様が新たな魔王に君臨される。愚かな人間たちよ、魔王に平伏し、その魔力を捧げよ!」


——なんだと……!



 俺はこの目でしっかりと見た。

 黒いドラゴンの背に乗っている男は、真っ赤な髪をした中世的な男。


 このゲーム、FGGにおける男主人公 ファイアー。


 新しい魔王と漆黒のドラゴンは燃える国を見て満足そうに翼を揺らすと、彼方へと飛び去っていった。


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