第39話 魔物の聖水とミニケルベロス


「爽快ですね〜!」


 アシュレイは俺の背中にぎゅーっと抱きつきながら、はるか下に広がる大地を見下ろした。ドラゴン化したグリコの背中に乗って、俺たちは今遥か上空にいる。


「防護魔法を張っているから捕まらなくても平気だぞ」


「別に怖いから捕まってるんじゃないですわよ! 別に!」


 アシュレイの強がりにユフィーとクルネがクスッと笑った。一方でシズカは俺の左手をぎゅっと握って縮こまっている。


「ひぃぃ……高い、怖い」


 防護魔法(バリア)は結構便利で俺たちは風圧も感じなければ寒さも感じない。普通、こんな高度でドラゴンに乗っていたら吹き飛ばされそうなものだが、やっぱり魔法ってのは素晴らしい。


「こそばゆいから、次からはちゃんと鞍を作って」


 グリコの野太い声に俺は「そうだな」と答える。ドラゴン用の鞍があるのかはわからないがあればとても便利だ。


「見えてきましたね」


 南の山、山頂にそびえる洋館が俺たちの視界に入った。切り立った雪山、東側に小さな平地がありなんとか着陸できそうだった。グリコが徐々に強度を下げながら目的地へと翼を広げる。


 俺たちは優雅に、そして素早く敵地へと降り立ったのだった。



***


「おっと、こんなところに宝箱が」


 ダンジョンに入ると一番最初に目に入る宝箱に地図が入っている……というのはゲームの中と同じようだ。


「設計図ね。えっと、ここが1階だから」


 アシュレイは率先して地図を広げる。覗き込んでみるとやっぱりゲーム内でみたマップと同じだ。


「さて、アイス伯爵はこの食堂か自室にいるだろうから……そこは避けて通るとして、聖女様が幽閉されているとなれば地下だろうな」


「さすがは教祖様、地下ですね。クルネさん、先頭をお願いします!」


 ユフィーはそう褒めてくれたのだが、俺は嘘をついている。地下にあるのは牢屋で、その近くの宝箱の中に「魔物の聖水」があるのだ。そして、魔物の聖水を手に入れると「氷薔薇の部屋」に閉じ込められている聖女様の奪還が非常に楽になるのだ。


 中身が入っていないのに襲いかかってくる亡霊ヨロイや見張りの槍持ち獣人などをサクッとやっつけて俺たちは地下へと足を踏み入れる。

 建物型のダンジョンだからか、ゲームで入った感じよりもだいぶ狭く感じる。


「クルネさん、大丈夫ですか。すぐに回復しますね」


「問題ありません。鍛錬しなくては」


 みんなに守られているユフィーは別として、クルネにはまだレベルが高かったらしい。いや、レベル……そうか。ゲームの中ではレベルというものがあったが実際はどうだ? 俺もかなり強いはずだがレベルが上がったような感触もない。

 そこは前の世界と同じく経験を重ねていく必要があるのだろうか。


「クルネ、補助魔法かけるぞ」


「ありがとうございます」


 俺は攻撃力上昇、防御力上昇の補助魔法をパーティー全体にかける。自分にもかかるので力がグッと上がったような感じがした。


「ありがとうございます。頑張ります!」


 そんなふうに意気込み先頭を歩くクルネを見ていると、少し強めのダンジョンで経験を積む必要があるな、と思った。


「あ、あそこにも宝箱が! 頂いちゃいましょう!」


 アシュレイが俺のお目当ての宝箱を開けるとそこには不思議な小瓶が入っていた。


「これは……本で見たことがありますわ! 魔物の聖水です。なんでも一部のモンスターに使うことで心強い仲間になってくれるのだとか! 師匠、どうぞ」


 アシュレイから受け取った小さな小瓶は魔法の力が凝縮されているのがわかるくらいキラキラと輝いている。

 小さくて丸っこい小瓶には水色の輝く液体が入っていて、コルク栓には小さな星のチャームがついている。ゲーム攻略本に書いてあった通り。俺はポケットに滑り込ませた。


——そう、このアイテムがあるということはすぐに使用する機会があるということだ。



「地下にいないということは、アイス伯爵の花嫁候補として豪華な部屋にいる可能性も考えるべきだったかもしれない。設計図の中で豪華な部屋の名前はあるか?」


 アシュレイとシズカが設計図を広げて睨めっこをする。


「忍の国では、氷薔薇という美しい花を婚約の申し入れに使う風習がある場所があると聞いたことがあります。もしや」


 シズカが正解である氷薔薇の部屋を指差した。


「2階、向かうぞ」


 俺たちがモンスターを倒しつつ、2階にある氷薔薇の部屋に向かうと「ふしゅるふしゅる」と荒い息と生臭い香りが漂ってくる。


 廊下の角を曲がって、氷薔薇の部屋が見えてくると俺たちの前にその荒い息の主も姿を表した。


 大きくて頭が2つもある黒い犬。その大きさは立ち上がれば俺よりも大きいかもしれない。前世でいうと「ドーベルマン」という犬種に近いだろう。

 片方の犬は垂れ耳のドーベルマン、もう片方は立ち耳のドーベルマン。


「ミニケルベロス! 教祖様! すごく強いモンスターです。私たちじゃとても太刀打ちなんて……」


「まかせろ」


 俺は先ほどの小瓶の栓をポンッと抜くと、中身を振り撒いた。空気中に舞ったその魔法の液体は粉末になって風に流れ、ミニケルベロスのあたりを漂うとキラキラと輝き、ミニケルベロスはクンクンと鼻を鳴らしてそれを吸い込んだ。


「さぁ、ミニケルベロスよ。我が仲間になりたまえ!」


 ミニケルベロスは次第に殺気を無くし、荒い息も収まって牙を見せていた口は完全に閉じてしまった。それどころか、クンクンと鼻を笛みたいに鳴らして俺に擦り寄ってくる。


「シズカ、扉の鍵開けれたりするか?」


「えぇ、お任せください」


 シズカはミニケルベロスが退いた先のドアの鍵穴に術をかけてあっという間に開いてしまう。扉を急いでひらけば、そこには美しい薄氷色で染められた部屋に、泣き腫らした目を擦っているアマリスがいた。


「ダヴィドさん! みなさん!」


「さぁ、聖女様。逃げましょう!」


 俺はアマリスを抱き上げると、みんなに声をかけて出口へと向かった。シズカがしんがりを務め、クルネを先頭に俺、アシュレイ、ユフィーと続く。俺の横には楽しそうに舌を出しながらミニケルベロスが並走する。まるでご主人とジョギングをする犬のような表情で目を輝かせている。なんて可愛い奴なんだ。


 俺たちは何なく、屋敷を出ると最初に着陸した場所へと辿り着いた。



「待て! 貴様ら我輩の邸宅に侵入し、聖女を……! おまけに俺の犬まで。許さん、許さんぞぉ!」


 ゲーム通りの展開とセリフに驚きながらも俺はアマリスを地面に下ろすと戦闘態勢をとった。







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