第34話 指名手配


「お米がなくなっちゃいましたねぇ」


 忍の国の料理は我が屋敷でもかなりの人気だった。特にシズカの握るおにぎりは絶品でうちのメンバーはこぞって食べたがった。無論、俺もである。


「教祖様、おにぎりが食べたいですぅ」


「ユフィー、米は忍の国からの輸入だから時間が……我慢しろって」


「うぅ、私もうパンには戻れない体になってしまったかもしれません」


「っても、忍の国は遠い上にこの国と国交があるわけでもないし中々な」


「うぅ〜」


 なぜか悔しそうにパンを齧るユフィーと残念そうなクルネ、ローミアは苦笑いをしていた。一方でシズカは何か策がないかと顎に手を当てて考え込んでいる。

 田んぼを作るのは畑を作るよりも大変だろうし、米は作物を育てても加工するまでが大変だ。確か、稲刈りして乾燥させて脱穀してそれから籾摺り、白米にするためには精米。

 小学校の頃の知識が役に立つなんて思わなかったがあの白くてふかふかのご飯を作るまでには結構大変なのだ。


「忍の国出身の領民を集められれば稲作なんかもできるかもしれませんね」


 シズカの一言にユフィーは目を輝かせて賛成したが、中々難しい。


「まぁ、いずれはって感じだな。そもそも、移民すら少ないだろ?」


「そうですね、ほとんどの忍が戦闘要因なんかで来ているはずなので……実際に稲作をする農民なんかはそもそもいないかもしれません」


「だよな。うーん、まぁでも考えてみようか」


 今後、FGGの物語が進むと忍の国との国交ができるのでそれ待ちになりそうだな。次の船が到着するまで1週間、我々は和食を封印せざるを得ない。


「ダヴィド様、お客さんよ」


 玄関先の掃除をしていたシュカが箒を持ったまま、リビングルームにやってくるとその後ろにはジョハンナが立っていた。驚くことに聖女様の姿はない。


「突然押しかけてすみません。ダヴィド・イーゴ様。本日は保安局を代表してこちらをお届けに」


 ジョハンナはかしこまった様子で羊皮紙の書状を俺に手渡した。広げてみると、そこには……


「国営保安局 魔術師団長就任依頼」


「えっ、すごい! 魔術師団長ですって! なになに〜、この度は貴殿の多大なる保安局への寄付とロヨータ村救出任務の功績から鑑みて保安局長 ヴェルナ・コビートのよりご依頼を記します。この依頼書をもって保安局にご来局くださいですって!」


 ユフィーは「やっぱり教祖様は世界一なんだわ!」と蕩けたような表情で言った。


「私、ダヴィド様が保安局に入るのなら……戻ってもいいかも」


 とクルネがモジモジする。

 シズカやシュカ、ローミアとグリコはなんのことやらと首を傾げた。


「なるほど、ただクルネから聞いた保安局の腐敗についても気になるしこの立場に立つことで慈善活動がスムーズになるのなら受けよう。じゃ、今から……」


「それともう一つ。みなさんにも関わるお知らせが」


 ジョハンナはもう一枚の羊皮紙を取り出すと全員が見えるように広げた。そこには赤い髪の端正な顔立ちの青年が描かれている。みるに「手配書」だった。


「これは、聖女様の水晶を盗み出しロヨータ村の井戸に入ったとされる赤い髪の青年です。保安局の調査の結果、彼の出身は城下町のスラム街。名前は……」


 ジョハンナは少し呼吸を置いてから


「ファイアー」


 と言った。周りのみんなは「怖いですね」「スラム街でみたことあったかしら」などと普通の反応をしていたが、俺は固まってしまった。

 彼は、このFGGというゲームのまごうことなき主人公であった。そして、俺の中では一つの仮説が思い浮かんでいた。


——彼も、転生者なんじゃないか?


 いきなり裏ボスのドラゴンの元へ向かったところ、バフバッファローを怒らせるために使った「闘牛方式」のやり方。主人公に転生した何者かが、いやゲームの内容を知っている何者かがかなり自分本位な動き方をしているのではないか。


 例えば、最短で最強を目指しているとか。


「彼はその悪質性からかなり高い懸賞金がかけられています。変装をして慈善団体や保護活動を行なっている場所に潜り込む可能性がありますから、みなさん気をつけくださいね」


「あぁ、そうするよ。クルネ、シュカ、シズカ。顔をよく覚えておくように。こいつはグリコの魔力を吸い取ってかなり強くなっている可能性がある。見つけ次第、俺を呼んでくれ」


 グリコが


「グリコ、このお姉ちゃん嫌い!」


 と足をばたつかせた。やはり、グリコを傷つけたのも主人公ファイアーで間違えないらしい。

——厄介なことになったな。


「じゃ、保安局に行ってくるよ。留守は頼んだ」


「はーい、お気をつけて!」


 ユフィーたちに見送られて、俺はジョハンナと共に王国行きの馬車に乗った。


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