第35話 新保安局長 ヴェルナ・コビート


 保安局にやってきた俺は、局長室へとすぐに通された。保安局はクルネによれば「腐敗している」とのことだったが、本当にそのようだった。まるで趣味の悪い貴族を接待するために豪華にしたようなロビーだったし、この局長室もやけにふかふかの高級ソファーやみるからに高そうなインテリアが並んでいる。


「はじめまして、つい先日より保安局長に就任しました。ヴェルナ・コビートと申します。ダヴィド・イーゴ様よりは多くの寄付をいただいていると伺っております。その上……その」


 ヴェルナは非常にスマートな印象の騎士の女性だ。ジョハンナやクルネと同じくクールな感じで非常に美人。顔や首元、手に傷がないのは彼女が騎士として非常に優流な証拠だろう。


「おかしな要望をしないとか」


 と彼女は付け足した。


「おかしな要望?」


「えぇ、単刀直入に話します。この保安局では前任の局長時代に悪き風習がございました。それは、寄付をしてくれた貴族に美しい局員を周辺警護と評して献上するということです。ですから、ここにもまだ名残が」


 そういって彼女はサーコートの胸ボタンを外す。突然の脱衣に驚く俺だったが、すぐにそれを撤回することになる。


 普通、サーコートと呼ばれる騎士服の下はミスリルや魔法素材でできた鎖かたびらを装備する。無論、クルネやジョハンナは過激シリーズをつけているのでなんとも言えないが……


「過激な下着……ですか」


「はい、これは貴族街にしか売られていないもので。その上、全ての力が失われてしまうもの。女騎士は街の中ではこれを着用するルールとなっていました。街中では力が発揮できず……」


 そう、この過激な下着はゲーム上でも一番セクシーな装備だが、「ボス討伐縛り」なんかにも使われる。これを装備するとステータスが0になるというデメリットがあり、やりこんだプレイヤーはわざとこれを装備させていわば裸状態でボスを倒せるかどうかを楽しんだりするのだ。


——それにしても、ヴェルナの……デッッッッ


 彼女はサーコートをパッと羽織ると恥ずかしそうに顔を赤らめて自慢の銀髪を耳にかけた。


「そうでしたか。それはあまり良くない状態ですね」


「ダヴィド様はわかってくださるのですね。これは由々しき事態です。クルネをはじめ実力のある女騎士たちはみなここを去ってゆきました。ですが、寄付をいただいている以上、我々は逆らうことができないのです。ご存知の通り、魔王が勢力を強めており我が国も厳しいのです。保安局に割く予算も少なく……」


 難しい話はよくわからなかったが、ゲーム中とは言えど財政が厳しいらしい。高校中退という名の中卒の俺には理解し難い話ばかりだった。


「我々もお力をお貸しできるぶんだけお貸ししましょう」


「えぇ、ありがとうございます。イーゴ家からの多額の寄付と聖女様のお力により少しずつ改善はされているのです。例えば、この私が局長になったこと。それは大きな第一歩なのです」


 ヴェルナはそういうと俺の手をそっと握った。


「あなたの力が必要です。ご助言が必要です。だから、その……」


「さて、今日は魔術師団長就任のサインをしにきたんです。そちらのお話を」


「あぁ、そうですね。失礼しました」


 彼女も、貴族に媚びを売ることに慣れてしまっているのだろうか。俺はそれが少しだけ悲しくて彼女の手を離した。

 あとちょっとだけ紳士っぽく言われて嬉しかったのでわざとそんな振る舞いをしたのもある。


「聖女様からダヴィド様はとても信頼できる人だと聞いています。ですから、この魔術師団長の仕事と共に、この保安局の正常化にご助言をいただきたいのです」


「えぇ、わかりました」


「ありがとう。早速ですけれどジョハンナから聞いたかも? 指名手配犯の件です」



 そういって、ヴェルナは2枚の手配書を取り出した。


 一枚は俺がみた赤い髪の男・ファイアー。

 そしてもう一枚は……


「ファイアーの妹?」


「えぇ、調査の結果。赤い髪の男・ファイアーには双子の妹がいることがわかっています。彼女もまた姿を消しており同じく悪事を働いているようです」


 そういえば……グリコは「このお姉ちゃん嫌い!」と言っていた。主人公ファイアーが中性的な顔つきだし、グリコは幼い(上に爬虫類は目が悪そう)ので間違えていただけだと思ったが……


 俺はずっと感じていた違和感の正体に気がついた。

 

 転生者しか知らないであろう裏ボスの存在を知っていた、かつゲーム内には情報のないロヨータ村のバフバッファローの存在を知っていた。この二つの行動を1人の人間が行っているのはおかしいのだ。


 転生者であれば知っていること、ゲーム内の人間しか知らないこと。

 

 もしも、転生者の妹と転生者でない兄が手を組んでいたのだとしたら……?


「まさか2人だったとは、予想外です」


「えぇ、スラム街での調査によれば妹・フレアはその美貌と器用さで貴族から金を巻き上げたこともあるとか」


 フレアというのは女主人公を選んだ時に選択肢の中になるデフォルトの名前の一つだったはずだ。ちなみに俺は「ホムラ」という名前が好みだが。


「まぁ、まずは……女性騎士の人数を教えていただけますかな。イーゴ家から彼女たちに『過激なビキニアーマー』を寄付しましょう」


「良いのですか?! あれはかなり高価な装備……サーコートの下に身につけるのは夢のまた夢……」


「えぇ、こころばかりの寄付ですがもちろん」


 こうして俺は、自分を処刑するはずの保安局入りを決めるのだった。

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