6章 主人公の行方
第32話 久々の日本食
「ダヴィド様、少し宜しいでしょうか」
夜、就寝時間を少し過ぎた頃にドアの前でそう言ったのはシズカだろう。ユフィーやクルネと違ってノックをしないで声をかけるところがなんとも忍の国らしい。
「あぁ、入っていいぞ」
「失礼します」
俺の予想は当たりだ。寝巻き姿の彼女は一礼して俺の部屋に入ると音が鳴らないようにドアを丁寧に閉めると、俺の前に正座をする。
「床、硬いだろう。椅子を使ってくれ」
「あぁ、すみません。つい癖で」
彼女は恥ずかしがると椅子に座り直しこちらへ向く。
「お願いがありまして」
「あぁ」
「バフバッファローの戦いの際、私の動きはどうだったでしょうか?」
バフバッファローとの戦いといえば、俺が闘牛士のごとくひらひらさせ、シズカがいばらの剣を抜き取りユフィーが回復するという完璧なものだった。その中でもシズカの俊敏さと力は必須だったはず。
「もちろん、素晴らしかったよ。あれはシズカあっての作戦だったし。どうしてだ? 何か気になることでも?」
俺の言葉を聞いて彼女はすっかり安心したように表情が緩む。
「いえ、その……ダヴィド様はあまり私のことを褒めてくださらなかったので」
「褒めて……欲しかったのか?」
「えっ、あっ……それはその……」
真っ赤になって恥ずかしがるシズカがすごく可愛くて、俺はなんだかいじめたくなってしまう。彼女のビジュアルが日本人風だからかなんというか親近感があることも理由かもしれない。
「褒めて欲しいならたくさん褒めるよ。シズカ、この前の戦いではすごかった。素晴らしい身のこなしだったし、君なしではあの作戦は成し遂げられなかったと思う」
シズカはみるみるうちに茹でダコのように真っ赤になると顔を隠すようにして縮こまってしまった。
あぁ、俺は新しい萌えの道を開いてしまったのかもしれない。
「も、もう大丈夫です」
「そうか、じゃあおやすみ」
「あ、あのダヴィド様」
「どうした?」
「例のアレが明日届くとのことです。心を込めて作りますので食べていただきたいです。その……ダヴィド様は私の初めての人、なので」
俺が返事をする前に彼女はパッと部屋を出ていってしまった。不覚ながら主人公のパーティーメンバーとなるはずのキャラにキュンとしてしまった。
***
台所から良い匂いがする。
懐かしくて非常に腹の減る匂い。
「すごい、忍の国はとてもグルメな場所だと本で読んだことがあったけれど……こんなにも調味料があるのですね!」
ローミアがシズカと一緒に台所で楽しそうに会話している声が聞こえた。
そう、今日は忍の国からさまざまな調味料が届く日なのだ。
前々からシズカを通じてお願いをしており、忍の国からはるばる仕入れた調味料たち。日本出身の俺にとっては見慣れたものが、西洋ベースのこの国で生まれたローミアにはかなり珍しいものらしい。
醤油に味噌、みりんや酒。出汁用の昆布や鰹節。
この世界にあるのかちょっと心配だったが、ゲーム内でも忍の国の料理に味噌汁や煮物が出てくることからある程度は揃っていると予想をしていたが……正解だった。
「鶏肉を一口大に切って串に刺して炭火で焼くんですね?」
「えぇ、これは七輪といって炭火でいろんなものを焼けますよ。お野菜やお魚を焼いても炭の香りがうつって美味しいんです」
「まるで忍式バーベキューですね。ふふふ、楽しみだわ。オミソシルはお野菜を?」
「えぇ、お味噌汁は何を入れても美味しいです。私は海藻類が好きですがお野菜をたっぷり入れると贅沢している気分になっておすすめです」
「シズカさん、とってもお料理上手なんですね。ローミアもたくさん忍の国の料理を学びたいです」
「忍の国はスイーツも美味しいんですよ。今度ぜひ」
しばらくして食卓に並んだのは完璧な日本食だった。メインは七輪で焼いた焼き鳥、厚焼き卵と野菜たっぷりのお味噌汁。副菜には野菜の煮物。この日のために用意した茶碗には真っ白でほかほかのご飯。
「わぁ〜、おいしそう! 私、忍の国のお料理は初めてです」
ユフィーがそういうとクルネも「私もです」と期待いっぱいで焼き鳥を眺める。
「えっと、皆さんお箸は使えないと思うのでフォークを」
シズカが俺にフォークを渡す前に、俺は箸を手に取って煮物を器用に掴んで口に入れた。醤油と砂糖の甘辛い煮物。最高にご飯が進む。
あつあつの白米をかっこめば喉にぎゅっと詰まりそうになって慌てて味噌汁を啜る。
厚焼きたまごはちょっと甘めで、焼き鳥も炭火でぷりっぷりに焼きあがっている。
「ダヴィド様、お箸を使うの上手ですね……まるで忍の国の人みたい」
シズカがそう言ったが、俺があまりに美味しそうに食べるもんで一同も無視して食事にありついた。
「おいしい、パンしか食べたことなかったけれどライスがもちもちでメインとよく合いますね。教祖様、仕入れてくださってありがとうございます」
ユフィーは白米が気に入ったらしく大きな口で頬張った。
「多くの強い忍びを育んだ料理。さすがです。私も器用さを上げるためにお箸で……あっ掴めないっ、ぐぬぬ」
真面目なクルネは箸に大苦戦。それをみてシュカがクスッと笑うとドヤ顔で、里芋を掴んで見せる。
「さすがだな、シュカは」
「別に、練習しなくてもできるわよこのくらい。それより、ローミアのご飯が冷める前に早く食べちゃいなさいよ」
「はーい」
久々の日本食。控えめに言って最高だ。
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