第21話 緑のゴッドドラゴン


洞窟の中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気に体が痺れるようだった。ゲームの中では平面に見えていたダンジョンだが、実際に侵入してみると結構壮大だ。

 洞窟の中はトンネルというよりは鍾乳洞に近く結構天井が高い。

 その上、足元のゴツゴツした岩と壁は濡れていて、足が取られそうになる。平面で見ると全然余裕だったのに、入ってみると迷路のようだ。


「地下2階への階段を目指しましょう」


 ユフィーが松明に火をつけて全員に渡す。ぼんやりと洞窟内が明るくなり、視界が広くなる。


「この洞窟はそこまで広くないはずだ。ちょっと待ってくれ」


 俺は補助呪文の一つ探索魔法を唱えた。


「おぉ、すごいっ」


 俺たちの足元に緑色の光の線が走る。ちなみに、宝箱につながる道は赤く点滅してくれるのでとてもわかりやすい。

 この呪文は終盤になって大賢者になった人間がいないと使えないものだが、どうやら俺はすぐに使えるらしい。


「さすがです! 教祖様。これを辿ってゆけばすぐに辿り着けますねっ」

「ダヴィド様、ありがとうございます。先頭は私にお任せを」

「か、かっこいい……異国の教祖様に恋だなんて、私ったらダメな忍びだわ」


 女の子たちに慣れてきた俺はさらっと流して足をすすめた。高校中退自宅警備員だった頃はこんなふうになるなんて思っても見なかったけど……実際ハーレムってこう慣れてしまうものなんだなぁ。 



***



 西の洞窟・地下2階

 ワンフロアになっているが、広い地底湖の真ん中に女神像が建てられているだけの質素な祭壇があった。


 ただ、今俺たちの前に鎮座するのは女神像ではなく、見上げるほど大きな緑色のドラゴンだった。

 西洋風のドラゴンは太くて大きな二本足でたち、胸の前には小さな前足が2本。立ち上がった首に大きな翼。鱗の一枚一枚は俺の顔くらいの大きさがある。


「緑のゴッドドラゴン……」


 ユフィーが声をあげる。

 この世界には、七色のゴッドドラゴンが存在する。虹と同じ配色のドラゴンはそれぞれ倒すことでゲーム内勲章がもらえる特別な存在。

 

 この特別というのは「裏ボス」的な存在という意味だ。


「くるぞ!」


 緑のゴッドドラゴンは大きく上向きに咆哮をして、ぐるんと尻尾をこちらに叩きつける。


「ユフィー!」


 身軽なシズカ、クルネと違って戦闘に適さないユフィーを抱えて俺はなんとか尻尾攻撃をかわす。

 これは……クルネと俺で戦うのが最善。さすがに足手まといすぎる!


「シズカ、ユフィーを頼む」


「はい」


 シズカはユフィーをおぶると片手で印を結んで「隠れ蓑術」を唱える。すると、彼女たちはみるみるうちに岩のような色に変わり、フロアの端っこに隠れてしまった。


「っ!」


 一方でクルネはドラゴンの尻尾をつたって駆け上がると一気に飛び上がって脳天に回転切りを叩きつける。


「危ないっ」


 硬い鱗に弾かれて飛んだクルネに防護魔法を唱えて無事着地させつつ、ドラゴンの爪攻撃を防ぐ。

 クルネは戦闘に夢中……というか、非常に楽しそうで笑顔のまま次の攻撃を加える。最上級の武器を装備しているせいで、結構ダメージが入っている。


「攻撃上昇・防御上昇!」


 俺の補助魔法で力が湧き上がったクルネが無双の如く剣を振るう。俺は余裕を持ちつつ、緑のゴッドドラゴンの様子を伺う。

 裏ボスの1匹であるこいつはこんな単純な攻撃ばかりだったか? いや、違う。緑のゴッドドラゴンは厄介な回復魔法を使って持久戦に持ち込んでくるはずだ。


「ぎゃぁぁぁ!」


 しかし、俺たちの目の前にいる奴はクルネによってつけられた傷を回復するでもなく、ただ暴れるように尻尾を振り回したり噛みつき攻撃をするばかりだ。


 そうだ。見てみるか。


 俺はドラゴンに向けて「解読魔法」を放った。


『痛い、痛い』

『ないよ、ないよ。どこにもないよ。僕の魔力』

『水晶をたべてもふっかつしないよ、ないよ、ないよ』

『たすけて、いたいよ』


 悲痛な叫びを読み取って俺は叫んだ。


「クルネ! やめろ!」


 クルネが身を翻して俺の横へと戻ってくる。


「ダヴィド様?」


「様子がおかしい、こいつ……魔力がなくなって苦しんでいるみたいだ」


 俺たちが攻撃の手を止めると緑のゴッドドラゴンは女神像の元へと体を引きずって戻り、地底湖に首を突っ込むと水晶を齧りだして水の上に顔をだし、食う。を繰り返した。


「ユフィー、シズカ出てきていいぞ」


 隠れ蓑術で隠れていた2人も姿を表す。クルネは少し残念そうだが、俺が解読魔法で聞いたドラゴンの言葉を口にすると、倒す気は失せたようだった。

 さて、どうしたものか。と俺たちが集まった時、先ほどまでガリガリと響いていた音が止み、ぐおんと響く低い声が聞こえた。


「お主、何やつよ」


 緑のゴッドドラゴンがこちらを向いて鼻息を鳴らす。


「我が命を奪いにきた不届き者か、それとも……」


「いえ、我々はそこの泉に沈む水晶のかけらを求めてやってきたのです。あなたを傷つける気は……」


「よい、小娘の一撃でやっと目がさめたわい。ワシとしたものが魔力を奪われたことで怒り狂い我を失っておったのじゃ」


 先ほど、解読魔法で聞いた声とは随分と違うような?


「魔力が奪われた?」


「あぁ。赤い頭をした小娘に奪われたのじゃ。そうだ、そこのお主。ワシに最大級のゴッドファイヤーを放ってくれんかね」


 ドラゴンは小さな前足を器用に指差すようにして俺をツンツンと突いた。


「ゴッドファイヤーを?」


「我らドラゴンの鱗は魔法を吸い付くし魔力とするのじゃ。ほれ、はよせい。さすらば、元の姿に戻れよう」


 俺は両手を掲げて最大級の魔力を注ぎ込んだゴッドファイヤーを放った。ドラゴンは轟々と炎に包まれたが、一瞬にして魔法の炎はキラキラと輝き、鱗に吸収されていく。

 そのまま、ドラゴンは煙に包まれるとその大きな影はふわりと消えてしまった。


「あれ、ドラゴンは?」

 クルネがキョロキョロとアタリを見回す。煙の中、俺の手を掴んでいるのはシズカとユフィーだ。

「あぁ、教祖様。あそこ!」


 ユフィーが指差した先、うっすらと小さな影が見えた。小さな、すごく小さな影。


「やっと戻れた。もう痛くない! 僕の魔力もあるよ!」


 甲高い声。背丈は5歳児くらいの幼い見た目。緑色の髪が生えた頭には2本の小さなツノ。どんぐりみたいに丸い目はエメラルド色で笑顔から除く八重歯はまるで牙のようだ。


「たすけてくれてありがとう! 、グリコ。緑のゴッドドラゴンなんだっ」



 裏ボスの一角はどうやら幼女だったようです。










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