第15話 聖女の部屋


「って、すごいですね!」


 アマリスたちが帰った後、夕食を食卓に並べながらユフィーが嬉しそうに言った。シュカとクルネもカトラリーを並べたり、大鍋のスープを運んだり。

 フリフリのエプロンをメイド服の上につけたローミアがメインディッシュのミートパイを運ぶ。


「こんなにたくさんの食材を使ってお料理をしたのは初めてです」


 ローミアはサラダを取り分けてお手製のドレッシングをかけながら俺にもう一度礼を言った。その後ろでシュカが彼女に優しい眼差しを向ける。


「まぁ、無理せずで大丈夫さ」


 城下町にある屋敷で食べた料理は高級料理といった感じだったが、ローミアの作る料理は家庭的な感じだ。ミートパイに野菜のスープ、カリカリベーコンの乗ったサラダ。

 彼女がこの街の出身だからこういった西洋風の料理なんだろう。あぁ、もう少し余裕ができたら日本をモデルにした忍びの国からもう1人信徒を探そう。肉じゃがみたいな甘辛い味付けと米が恋しい……。


「いただきます」


 サクサクのミートパイを切り分けてもらい、追加でオリーブオイルらしき油をかける。サクサクでジューシー。中のミートソースはトマトとニンニクがよく効いていてとても美味しい。

 その上、野菜がたっぷり入ったスープもサラダも美味しい。


「美味しいよ」

「よかった……お料理なら任せてください」

「ローミアもシュカも一緒にどうだ? 我が教団は皆平等。メイドも料理人も」


 そういうと2人もエプロンを外して席につく。


 しばしの間、俺たちは楽しい夕食を過ごしたのだった。



***


 数日後、王宮しかも聖女アマリスから直々に呼び出しがかかったため俺は城内にある聖女の部屋に向かっていた。


 ゲームをプレイしていた頃は主人公として何度も入った部屋だ。FGGというゲームはこの聖女が「あそこに行ってあれを解決しろ」「この魔物を討伐してほしい」といった形でいわばメインクエストを教えてくれるのだ。


「ダヴィドさん、座って」


 そう、こんな感じで聖女の部屋に入ると主人公は強制的に椅子に座らされる。そして、この藍色で星のオブジェが輝く部屋で聖女が入れた紅茶を嗜むのだ。


「ありがとうございます」


「ねぇ、やっぱり私をマゴアダヴィド教に入信させてくださらない?」


「ダメですよ、アマリス様」


「そう、残念だわ」


 彼女はわかっていたように笑って見せると俺の隣に腰を下ろした。ちなみに、ゲーム内で主人公と話す時は向かい側の席に座るので俺の場合は若干距離が近い。

 アマリスからは少し爽やかな柑橘系の香りがする。ぴたりとくっつけられた太ももからじんわりと体温が伝わってくる。


——距離近くない⁈


「あなたがダメというのなら、こうして慈善活動をする信仰されるもの同士……交流を持ちませんか?」

「それは……?」

「たとえば、協力して慈善活動を行うとか」


 確か、このゲームの主人公は「聖女の手助けをする選ばれしもの」という立ち位置だった。だが、今の俺は「同じく慈善活動する人」である。

 若干の違いはあるものの、あくまでも聖女側に立っていれば、ダヴィド・イーゴのバッドエンドは回避できるのではないか?


「それは賛成です。我が教団も困っている人間を助けることが目的。イーゴ家の広大な領地を開拓しつつ、全ての人間が健やかに過ごせる場所を作ることが最終目標ですから」


「まぁ、素敵。私の元には多くの困り人がやってきます。もちろん、国の保安局が解決できることもあればそうでないことも……。先日の闇オークションの事件などは噂は聞いていたものの手を出せなかったのです」


「そうでしたか、お力になれて何よりです」


「ダヴィドさん。この国には困っている人がたくさんいます。最近は魔物の動きも活発になっていて各地からさまざまな報告が上がっています」


 ここは完全に主人公が聞くセリフと一緒だ。


「私たちにできることであればいつでも。ところで、アマリス様に協力してくれる方は他にいらっしゃらないのですか?」


 主人公は男女好きな方を選べるのでここで決め打ちをせずにそれとなく探りを入れてみる。俺の死亡フラグ的に、主人公が第2章まで行ってしまってくれれば安泰なのだ。

 俺としては既に序盤を超えて、2章のエルフ編くらいまで進んでくれているとありがたいのだが……。


「いいえ、今のところはおりませんわ」


 残念ながらまだ主人公はいないようだ。ただ、彼もしくは彼女が動き出すと騒ぎになるだろうし、領地で大人しく慈善活動でもしながら静観しておこう。


「そうですか」


「私、初めて出会ったんです。何の見返りもないのに慈善活動をしている男性に……」


 なんだか彼女の方から熱っぽい視線を感じる。そっと俺のももに手が置かれる。その手はさわさわと動く。


「アマリス様?」


「ぜひ、お近づきになりたいと思って。だってそうでしょう? 私たちは同じ志を持つもの同士。それに、イーゴ家は古くから王族とも関わりの深い御家柄と聞きましたわ。きっと、国民も喜んでくれるはず」


——何を⁈


 ゲームの中ではあまり主張のない聖女アマリス。実際は結構グイグイのようだ……。


「ははは、では何かありましたら」


「えぇ、すぐにお会いすることになるわ」


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