第12話 シュカのお礼


「ローミアはお食事を作ります」


 ローミアは長いストレートの茶髪を束ねると弱々しく笑った。生まれつき体が弱い彼女だが、幼い頃から姉のために料理をすることだけが楽しみだったらしい。


「金は死ぬほどある。ゆっくり療養しつつでいいさ。最悪、料理人は街で雇ってくればいいんだし。シュカをあまり心配させるな」


 ローミアとシュカは同じ部屋がいいというのでその通りにしてあげ、シュカはメイドとしてこの屋敷で過ごすことになった。一旦、本人たちの希望があるまで教団への入信は保留することに。


「シュカの手際の良さはすごいな」

「まぁ、盗賊をするくらい器用だもの。それに、幼い頃からローミアと2人で暮らしていたのよ。家事なんて片手間でできるわ」

「助かるよ、さてと。行商を呼んだが。ローミア、くるか?」

「行商、さんですか?」

「あぁ、街からここまでいろんな商品を持って売りに来てくれるんだ。今回は食材をお願いしてね、料理をしたいなら選びたいかと思ってさ」

「是非っ」


 ローミアはそういうと立ち上がって歩き出した。清楚系の雰囲気にふさわしいロングスカートのメイド服、色は白と青で優しい雰囲気に。彼女は露出しない方がいいな、この路線で行こう。

 一方で、こっちは黒と白のミニメイド服のシュカはセクシーなガターベルトに胸元と横腹が見えるデザイン。動きやすいようになっているが非常にセクシーである。


——姉妹メイド。過激系と清楚系。よきかな、よきかな


「ローミア、先にロビーへ行っていてくれ」

「はい、ダヴィド様」

 ローミアが部屋から出ていくとシュカと俺だけになる。俺は、彼女に小さな鍵を渡した。

「何よ、コレ」

「鍵だ、金庫のな」

「はぁ? どういうこと?」

「どうもこうもない、お前たちはまだうちの信徒じゃないんだ。だからしっかりと給料は払う。金庫から好きな分だけ持っていくといい」

「私、盗賊よ? 全部持ってローミアと一緒に逃げるかもよ?」

 そう言ったシュカをじっと見つめる。生意気そうな猫目も、強がっている表情もきっと全て今までの環境のせいなのだ。

「そうしたいならそうすればいいさ。なんてったって、うちは弱いものを助ける教団だからな。それでお前たちが幸せに暮らせるのなら喜んで渡すよ」


 シュカの表情が少しずつ柔らかくなる。彼女は盗賊として虐げられてきたからこうやってなんの見返りもなしに受け入れてもらうのは初めてなんだろう。


「あの子の……体が良くなるまで働いてもいい」

「そうか、好きにしろ」

「あの、これ……」

「持ってろ」

 シュカは金庫の鍵をネックレスに通すと首に掛け直し、きゅっと握った。

「別に、感謝なんかしてあげないから」

「あぁ、そうかよ。感謝されること前提で慈善団体なんかやってないからそれでいいよ」

 ムムッと彼女が不満そうに片頬を膨らませる。ツンデレをいじめることに快感を覚え始めた俺はことごとく彼女が欲しがるリアクションをしない。

「な、なによ……それ」

「困っている人がいたら助ける。ただそれだけだ。対価は求めない。それが我が教団の方針だ」

「私は、それじゃいやよ。恩返しくらいさせなさいよ」

「わがままだな……、メイドの仕事で十分だと言ってるのに」

「それは、お給料が出るんでしょう?」

「仕事だからな」

「そうじゃなくて、助けてくれたことへの恩返しとか、私がしたことを許してくれたことへの恩返しとか」

「じゃあ、逆にお前はメイド以外に何ができるんだ?」

 シュカは少し考えてから、照れ隠しなのか俺を軽く睨むと

「盗みと……それから少しの間、娼婦をしてたから、その。男を喜ばせることはできる。けど、その……稼ぐためにやっていたのであって」

 と言った。

 やはり、かなり苦労してきたらしい。シュカは「軽蔑されたっていいわ」と付け加えるとそっぽを向いた。

 俺が彼女にできることはなんだろう? 

 過去を変えてやることも、罪を拭ってやることもできないけど……俺は

「じゃあ、礼をしてもらおうじゃないか」

 そういうと、シュカは立ち上がってドアの鍵を閉め、メイド服のスカートに手をかける。

「おい、何してる?」

「お礼って言ったでしょ。金持ちのあなたに盗みをしたって仕方ないから体で返そうとしてるだけ」

 そういいつつ彼女はブラウスに手をかける。

「最後まで話を聞け。一旦服を着なさい」

 不満げに落ちたスカートを拾って履き直すと彼女は首を傾げた。手を出したい気持ちは山々だが、彼女の生い立ちを聞くとそんな気にはなれなかった。

「何よ、お礼って。もしかして着衣派?」

「違う、もしも君が俺にお礼をしたいなら……、盗みはするな。それに、本当に好きだと思った相手にしか触れさせるな。それを守ってくれ」

 シュカは驚いたように俺を見つめ、

「ばっか……じゃないの。もう触りたいって言っても触らせてあげないから」

 と強がった。照れ隠しをしながら腕を組んでそっぽを向く典型的なツンデレ行動に笑いそうになりつつも、俺は1人の女の子が安心して過ごしてくれるだけで十分だとそう思った。


——ツンデレってやっぱいいな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る