第3話 リズディアの皇位継承権返上
リズディアは公式の場に出る衣装に着替え終え、煌びやかな椅子に座っていた。
「姫様、これを」
侍女が高価なティアラの入った宝石箱を差し出した。
差し出された宝石箱からティアラを受け取ると、装飾されている宝石を確認するように見た。
「今日で最後ね」
一言つぶやくように言うと宝石箱を持ってきた侍女は涙を流した。
「もう、姫様と呼ぶ事は出来なくなるのですね」
リズディアは侍女に笑顔を向けた。
「何を言っているのですか。第一皇女としての務めが終わっただけです。私はイルルミューランに嫁ぐのですから、そんな寂しい事を言わないで、結婚することを祝ってもらいたいわ」
侍女は、頬に流れた涙を片手で拭った。
「失礼しました。リズディア様は結婚して幸せになるのですから泣いてはいけないと思っておりましたが、皇位継承を放棄までしてしまう事を考えると、私は気持ちを抑えられません」
リズディアには侍女の気持ちが痛い程理解できたのか、少し寂しそうな笑顔になった。
「帝国にはクンエイ兄様がおります。私がイルルミューランと結婚してイスカミューレン商会を盛り立てる事になるのですよ。形は変わったとしても帝国を支える事に変わりは無いわ。皇帝陛下もクンエイ兄様も望んだ事です。だから、あなたにも祝ってもらいたいわ」
侍女は肩を震わせていたが、必死で涙を堪えようとしていたが、リズディアは手に持っていたティアラを頭に乗せた。
「さあ、あなたの最後の仕事よ。ティアラが曲がっていないか確認して下さい。皇帝陛下にお返しするのですから、最後に曲がっていたとなっては申し訳ありませんからね」
そのティアラは、皇位継承権を持っている事を示す物であり、結婚して皇位継承を返還するための儀式には重要である。
侍女は、結婚するリズディアには嬉しく思っており、しかも相手は小さい頃からリズディアが心を寄せていたイスカミューレンなら喜んで良いのだが、その結婚によって皇位継承権を献上する事が条件となってしまい悲しくなってしまった。
「次期皇帝となるのはクンエイお兄様なのですよ。その次となればお兄様のお子様が継ぐのが筋というものです。ここで、私が皇位継承権を返上すれば、お家も安泰です。いつまでも私が皇位継承権を持っていたら火種になりかねません」
「分かっております。ですが、せめて、三大公家に嫁ぐ道も有ったのでは無かったのではありませんか?」
リズディアはヤレヤレといった表情をした。
「そんな事を言ったら、私はイルルミューランの元に嫁げませんわ。あなた達は、私達を一緒にしようと、湯浴みに鉢合わせさせたり、二人の寝室の壁に扉を付けたりしていたじゃありませんか」
リズディアは、子供の頃の事を口に出した。
「だからと言って、皇位継承権を返上する事にするなんて考えられませんわ。聡明なリズディア様なのですから、公爵家として婿を迎え皇族として勤めれば、きっとクンエイ殿下のお役に立つはずです。その時の婿様としてイルルミューラン様であれば良かったのです」
リズディアは、侍女の手をそっと取った。
「ありがとう。そんな道もあったかもしれませんが、イスカミューレン商会に行く事で経済面で支えるのですよ。私はイスカミューレン商会を大きくしたら、クンエイ兄様の為に、そして帝国の為になります」
そう言って侍女の手を顔まで上げてティアラを直すように促した。
「リズディア様は、丁寧に乗せてありますから、私が直す必要はございませんよ」
促されて確認した侍女は、何も問題無い事を伝えると、リズディアは首を横に振った。
「いえ、これが最後ですから、あなたに直してもらいたいのです」
その一言で侍女は大粒の涙を流した。
それは、リズディアの侍女に対する優しさであり、自分が皇位継承権を持っている最後にティアラを直す事で恩に報いようと思ったからであり、その事は侍女にも伝わったからだった。
侍女は、リズディアの優しさを感じ取れ感激の涙を流してしまった。
「はい」
そう言うと侍女は自身の手をリズディアのティアラに当て、直したかどうか分からない程度に動かした。
「これで、問題ございません。皇帝陛下にお返ししてください」
リズディアは、侍女に笑顔を向けた。
「ありがとう」
そう言って椅子から立ち上がると侍女の背中に軽く手を回して抱くと手を取った。
「適齢期を過ぎた私を見離さないでいてくれた事、感謝しています」
侍女は、リズディアの言葉が嬉しかったが、今更何を言っているというようクスリと笑った。
「リズディア様は、幼少の頃からイルルミューラン様を気に掛けておりましたから、私は一歩踏み出せるように後押しをしただけです。それに適齢期を過ぎたのだって、リズディア様のお考えではなかったのですか?」
その言葉にリズディアは少し赤くなった。
「縁談なんて何度も断っていたのは、その為だったのであって、縁談の話が無くなる事を狙っていたではありませんか。皇帝陛下がリズディア様の想いに気付くまで頑張った事を私は知っております」
「知って、いたの、ね」
すると、侍女は吹き出した。
「私は、赤子の頃からリズディア様に使えておりましたから、手に取るように分かりました」
「もう!」
そう言って膨れた顔をするが、視線を合わせると二人は笑った。
「そうだったわね。昔から、あなたには隠し事が通じませんでしたね」
言われた侍女は、手の甲を口に当てた。
「では、行ってくるわ。皇族として最後の仕事だからね」
「行ってらっしゃいませ」
リズディアは、表情を戻し扉に向かうと、その後ろ姿を侍女は丁寧にお辞儀をして見送った。
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