屋上のひと時

鷹野ツミ

屋上のひと時

「絶対離さないでね?」

「そっちこそ離さないでよ?」


 ふわっと吹いた生ぬるい風が私たちのスカートを静かに揺らした。

 下を見ると足がすくむ。繋いだ手をぎゅっと握れば、なぜだか平気になった。


 隣の子の名前は知らない。私より先に柵を乗り越えていたのだ。同じタイミングで飛び降りようとするなんて運命的な出会いだと思った。


 学校の屋上なんて行く機会がないから、開放されていることに驚いた。まさか飛び降りる生徒がいるとは誰も思っていないだろう。


 教室の隅でいつも独りでいる子に散々嫌がらせをしたら不登校になった。口うるさい教師と一晩寝たら大人しくなった。親の金を勝手に使ったら何でも買ってくれるようになった。

 殴ったら殴り返されるようなそんな刺激が欲しかっただけなのに、本当に退屈な世界。転生とかいう概念があるなら、私は転生して刺激的な人生を送りたい。


「ねえ、あなたはどうして屋上に?」

 何となく気になって聞けば、手を握る力が強まった。

「……言いたくないな」

 長い髪がサラリと揺れて、鼻筋の通った端正な横顔が見えた。憂いを帯びた表情にどことなく色気を感じた。

「……ふーん、まあどうでもいいけど」


 沈黙が続いた。繋いだ手はお互いに冷たい。お互いに手を離さないのは、やはり、怖いからなのだと思う。


 隣の子が唐突に指を絡めてきた。驚いて横を向けば、微かに口角を上げてこちらを見ていた。その荒れた薄い唇が寂しげだった。

「急にどうした」

「死ぬ時は独りだと思ってたから、嬉しくなっちゃったの」

「……ふっ、意味分かんないわ」

 愛おしさを込めて、私も指を絡ませた。


「こら!何してるんだ!」

 不意に後ろから怒号が聞こえた。その声に驚いて足が滑った。固く繋いだ手は離れなかった。私たちは生ぬるい風の中を落ちていく。





 目が覚めた。

 頭がぼんやりしていてよく分からない。全身が痛い。痛いということは私は死んでいないということだろうか。隣に居たあの子はどうなったのだろうか。

 意識がはっきりしてくると、ここが病院だということに気付いた。繋いだ手の感覚が残っている。あの子を探さなければ。身体を起こそうとすると、指先の重さに違和感があった。


 あの子の指だけが、私の指と絡み合っていた。『絶対離さないでね?』そんな声が聞こえた気がした。

「離さないよ。だって独りは寂しいもの」

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