第2話  本篇 学問の神様は鬼

ここは学業の神として名高い人間神。

菅原道真の宮。湯島天神。

彼のほんとうの魂は今、ここにいる。

時はさかのぼり平安の都。 人間、鬼、妖怪、神様が混沌と存在する時代。

学業に秀で、人間の同僚の醜き妬みを受ける。

心優しき真面目な学者はその妬みと罠を解かずに黙って喉奥に、血の涙を流しながら、ごくりと吞み込んだ。

京の都を離れる前の晩。

彼は庭の梅に、そして天上から照らす月に誓った。

「祟ってやる。」この言葉以降、彼は口から言葉を発さなくなった。

そして、口は貝のように固く閉じたまま、辺境へ向かう。都落ち。南へ向かう長い道のり。揺られる牛車の中より幾度、月を睨みつけて南へ下っていたのだろうか。

時折、都の京極より牛車に早馬の文が届く。

その文は彼を唯一人間に戻す、わずかな手段だった。しかし、その文も備前のお山を越すころには途絶え。潮の流れの早い関門を渡るときには全く途絶えてしまった。

彼の悲しみと恨みは彼の通った道に落とされ、落とされいった。

よく聞く、言い伝えによると、何もない道で転んでしまったら道真の呪いだと。

祟りだといわれるようになった。この呪術的な呪いは期限がない。

二千年経った今でも道に残されている。

物ではなく、土地に残る怨念は凄まじいものがある。

弱い人間は食われてしまう。弱い人間は立ち入ることさえできないようだ。

たまに誤って立ち入り転んだ時には土地の神様に許しを助けをもとめるがいい。

文字通り恨みの固まりの道真の怨念もその類だ。

それだけ彼の恨みは、すさまじかったことの証明だ。

人間は時に魔物になる。

難所の関門の海に来た。

そして海を渡る前の晩。

彼は潮風にうたれながら頭上を見上げる。

月がない。今宵は新月か。

月明かりのない中、彼はとうとう鬼に化した。

これ以後、彼の目に映るものすべて、血色と同じ赤い景色として映った。

こうして学業の神は鬼となり、祟り神となりはて、関門の海を渡った。

海を渡って彼は愕然とした。何もない土地。土埃が舞う荒地。

『都はいずこへ』言葉を発しない彼は心の中でつぶやく。

鬼の心の暗い部分がもっともっと海より深く、深海に沈んでいった。

もう、誰も彼を救えない。彼自身でさえ人間には戻れないところまで落ちてしまった。

お付きの供が報告する。「明日の昼には筑紫野の地に到達します。」

この時も、彼は言葉を発することなく、頭を縦に動かしただけだった。

言葉を失くし、人間でなくなった道真は宮に、こもった。

何も動かず、宮にこもりひたすら文字を、書物を書き綴った。

最初は硯に水を解き墨で文字を綴った。

しかし京の都の醜い人間達はまだ折れない、消滅しない道真を恐れ、存在自体いを疎ましく思い、硯を取り上げてしまった。

そのあとは察していただければ、硯を取り上げた人間の血を皿に入れ赤文字で書物を書き続けた。道真は本物の鬼となり果てた。

そんな道真の南の辺境の地にも季節は巡る。

白い淡雪が終わるころ、来訪者が。梅だ。

道真の庭の梅がここまでたずねて来た。

人間には言葉を発さない道真が庭の梅に問いかける。

「何ゆえ、こんな辺境まで飛んできたのか?」

「主様を慕っていました。再びお会いできてうれしくおもいます。」

薄い桃色の梅の花が答える。「私もおります。」今度は白い梅が話しだす。

道真は「梅たちよ。良く来てくれた。しかし見ての通り、人間ではなくなった。鬼となったのだ。」

桃色の梅の花が「主様は鬼ですか。わたくしにとっては呼び名は、関係がありません。鬼でも人間でも主様は主様です。」

白い梅の花も「そうです。主様。主様は変わりなくわたくしどもの主様です。」

時は流れ鬼の道真もあの世へ旅立つ夜。

桃色の梅の花と白色の梅の花を呼んだ。

「私はこれから消えてなくなる。私の死後、都に災いを落とす。その後、私を慕ってくれた梅たちよ、私の魂は将来、新しい都となる、東の都、東京に行く。湯島には将来同じ人間の祟り神がやがて来る。

私が行く落ち着ける場所はそこのようだ。

人間から鬼へ、そして神へと化けるだろう。

湯島の私の境内にお前達も飛んで来るがいい。一つの梅の木に桃色の梅の花と白色の梅の花。”思いのまま”すべての希望を叶える木となりなさい。そして、もし私の境内で偽りを行った人間は、すぐさま神隠しと称して消滅させる。

”偽り”境内に持ち込むな。嘘をついていた人間がいるならば悔い改め機会を一度だけは許す。

お前達、思いのままの、梅の木に告白させ、

浄化した清い心で本殿に手を合わせに来るように人間達に伝えておくれ。

”偽り、弱気者は我が陣地、境内に入るべからず”災いがあるとしれ。

書物勉学に励むものには加護を与えよう。

桃色梅は自分以外の人のための願いを聞き入れ。白色の梅は願うものの願いを聞き入れる。不思議な木があることを伝えおきたい。」

この後、道真の死後、二つの梅は、東京湯島天神に飛び”思いのままの2色の梅を今も思いを乗せて咲かし続けている。

もし、君がこの梅の木の前を通った時に声がしたら絶対に嘘をついてはいけない。

返事は口に発しなくともよい。ただ嘘はつくな。

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短編こわ~い話・ほんとは怖い湯島天神 京極 道真   @mmmmm11111

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