第35話
「ずっと日向が使ってたけど、お前がいた時とほとんど変わってないんじゃないかな」
四年ぶりに帰ってきた部屋の主は、目を細めて懐かしそうに自分が思春期を過ごした部屋をぐるっと見回した。
「日向はお前が置いて行った服とかには触ってないと思う。もうとっくにサイズアウトしてるものばかりだから置いててもしょうがないんだけど」
そう言いつつ旭もこの四年間颯太の服に手をつけられなかった。大切な家族の持ち物を捨てるのは、思った以上に勇気のいることだったからだ。それがたとえもう着られなくなった安物の衣類だとしても。
「日向なら着れるんじゃないですか? あいつにやってもいいですよ」
「いやいや、こんな安物貰ったってしょうがないだろ。お前がいいなら処分するよ」
「そうですね。引越しの時に邪魔になりますし、さっさと処分しましょう」
「え、引越し?」
ぽかんとして振り向こうとした旭を、颯太は背後からぎゅうっと抱きしめた。
「アズマグループの後継者の伴侶がこんな賃貸にいつまでも住んでるわけにはいかないでしょう? 兄さんが東十条社長と話をつけるまでは、兄さんのお母さんが経営するホテルの一室を貸してくださるそうですから、しばらくそこに住んでください」
東十条隼人の婚約解消のニュースは芸能誌を一段と沸かせる格好のスクープ記事となった。同時に颯太も自らの婚約破棄をマスコミにリークしたため、アズマグループの株価は一時期二十パーセントも下落することとなった。株価はすぐに回復したものの、二人の息子が東十条社長の信頼を回復するにはしばらく時間がかかりそうであった。
(子供っていうのは親の思い通りに育つものじゃないんですよ……)
心の中で東十条社長にそう諭しながら、旭は自分の胸を抱きしめている颯太の腕にそっと自分の手を重ねた。
「俺はここが気に入ってるから別に引っ越さなくても……」
「ここだと俺が通いづらいんです。あのホテルならアズマグループの所有物なので、俺が入り浸っても不自然でないし、融通も利きます」
「そうか……」
「パパラッチされると面倒なので、ここに来るのはこれで最後にするつもりです」
そう言われるとなんだか寂しい気分になったが、寂しさの余韻に浸っている暇などなかった。颯太は旭を軽々と抱き上げると、高校一年生まで使っていた自分のベッドに彼を下ろしてそのまま押し倒した。何をされるのか瞬時に理解して、旭の頬がみるみる赤く染まった。
「颯太、ちょっと……」
「ここでずっと、あなたに触れることを妄想していました」
颯太の目元は欲情に赤く染まり、興奮したアルファのフェロモンが既に体から立ち昇っている。
「ここであなたを抱いて初めて、俺はあなたの子供という呪縛から解放されるんじゃないかと思うんです」
颯太はゆっくりと前屈みになり、そっと試すように旭に口付けた。戸惑いながらも旭が自分を拒まないことを確かめると、彼の行為は途端に大胆なものになった。
「あっ」
胸の突起に触れられるとじわりと痺れが走って、旭は慌てて右手で口を塞いだ。
「声、聞かせて下さい」
颯太は無慈悲に旭の右手を左手でベッドに押さえつけると、右手で旭の左胸に触れ、右胸の突起には舌を這わせた。
「んっ……」
男らしい完璧なルックスとは裏腹に、颯太のテクニックははっきりいって洗練されたものではなかった。余裕を見せようと背伸びしているものの、動きはどこかぎこちなくて余裕の無さを隠しきれておらず、彼がいかに場慣れしていないかを物語っていた。しかし場慣れしていないのは旭も同じことで、こちらも歳上の余裕を見せようと必死なものの全くうまくいっておらず、拙い颯太の前戯に翻弄されるがままとなってしまった。
旭のそこに触れた颯太は、その場所が指がしっとり濡れるほど湿っていることに気がついて、安堵すると同時に一段とまた興奮した。
「旭さん、ここ使ったことありますか?」
直接指を入れたそこはしっかり濡れてはいるものの、思った以上にキツく窄まっていた。
「いっ……な、無いよ」
ロマンス詐欺の彼氏とは肉体関係は無かったため、旭は子供を産んだことはあるにも関わらず、今まで誰ともしたことが無かった。
「だから正直どうすればいいのかよく分から……んんっ!」
颯太が再び旭に口付けた。今度は遠慮がちだった先ほどものとは違って、舌を入れる深い口付けだった。下からは指を入れられ、上下から攻め立てられて、旭は塞がれた唇の間から喘ぎ声を漏らした。
颯太のそれはガチガチに硬くなって、今にも破裂しそうなほど昂っていた。颯太の荒い息遣いから、挿れたくてしょうがないのを必死で抑えている様子がうかがえた。
旭の口から颯太が口を離した隙を見計らって、旭は左手を伸ばして颯太のそれに服の上から触れてみた。
「……っ! ちょっと旭さん」
「お前もう限界だろ? どうして挿れないんだ?」
旭を見下ろす颯太の目つきは優しかったが、燃えるような劣情を隠せずにいた。
「もう挿れてもいいものかよく分からなくて」
「濡れてるし大丈夫なんじゃないのか?」
颯太がズボンのジッパーを下ろすと、今まで衣服の下に隠されていた彼の本性があらわになった。雄々しくそそり立つそれを見た瞬間、旭の顔が青ざめた。
(あ、俺、死んだかも……)
「やっぱりまだ無理なんじゃ……」
旭の顔色が変わるのを見た颯太は不安そうにそう尋ねたが、旭はすぐに首を振った。
(先延ばしにしたところで結果は同じだ。それに俺の穴はもっと大きなものを通したことだってある。颯太は生まれた時三千七百グラムもあったんだ。あの時の赤ん坊の頭に比べたら、こんなの細い棒っきれじゃないか)
「大丈夫。初めてだからちょっと驚いただけだ」
颯太は微かに震える右手で自らを掴むと、左手で旭の膝を抑えて下半身をぐっと旭に近づけた。
「……っ!」
(痛い!)
声を上げないように、旭はシーツを掴んで必死に歯を食いしばった。
「旭さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「でも……」
(ああ、もう!)
業を煮やした旭はいきなり颯太の首に手を伸ばすと、両腕をギュッと巻きつけて体を近づけた。ギチ、と颯太のそれが奥に入って、旭は苦痛に顔を歪めた。
「旭さん!」
「初めてなんだから痛いに決まってるだろ! こういうのは何回かやって初めて良くなるもんなんだ。最初の一回でビビってたらいつまで経っても埒があかないだろうが」
旭は涙目になりながら、両足を颯太の腰に巻きつけてさらに自分の奥へ颯太を押し込んだ。
「ど、どうだ? 全部入ったか?」
痛みを少しでも逃そうと、旭ははあはあと小刻みに呼吸を繰り返していた。
「……まだ半分です」
「……」
旭は絶句したが、覚悟を決めて颯太を潤んだ目で睨みつけた。
「俺はこれ以上は力が入らないから、後はお前が押し込め。ここまで来て怖気付いたとか言うんじゃない……ああっ!」
颯太が残りの全てを押し込んできたので、旭は思わずうわずった声を上げた。必死に颯太にしがみつき、肩口で口を押さえつけて声が漏れないように塞いだ。颯太もこれ以上余裕が無いようで、もう声を聞かせろと旭を引き剥がすことはしなかった。颯太の動きに合わせて、ホテルのベッドがギシギシと音を立てる。何度かピストンを繰り返した後、颯太の下半身がビクンと震えて彼が達したのが伝わってきた。それと同時に生暖かい感触が旭の下腹部に広がった。
「はあっ、はあ」
二人とも汗びっしょりで、今しがた百メートル完走してきたかのように息を荒げていた。
「……すみません」
「……なにか謝ることあったか?」
颯太はゆっくりと身を起こすと、旭の隣に横になった。
「全然想像通りにできなくて。俺だけ満足して、旭さんは……」
「だから何回かやらないと良くならないものなんだって。そんなに一発でバージンのオメガをイかせたいなら、発情期を狙ってやるしかない」
颯太は大きく息を吐き出すと、熱っぽい目で旭を見た。
「いいんですか?」
「いいよ、子供欲しいんだろ? 俺だって欲しいから」
颯太は腕を伸ばして横から旭をギュッと抱きしめた。彼が再び昂っているのに気がついて、旭は慌てて彼の頭をペシンと叩いた。
「今日はもう無理だぞ! 初めてなんだから勘弁してくれ」
「……分かりました」
旭はほっと息をつくと、先ほど叩いた颯太の頭をそっと撫でた。
「ところでお前いつまで敬語を使う気なんだ?」
「あなたをものにするまでと決めていました。でもさっきのじゃまだダメかなって。あなたに気を遣われながらの行為でイかせることもできなかった。まだまだあなたより幼い子供みたいです」
颯太は無邪気さと妖艶さの境にあるような表情で笑った。敬語は颯太にとって、子供時代の自分のイメージを切り離してもらうための防衛策なのだ。
「雄として、男として完璧にあなたに認めてもらうまでは、敬語は続けようと思います」
産休オメガ~金持ちになった義理の息子に知らない間に囲われてました~ 鈴懸さら @serse
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