第24話

 一週間以内に片付けなければならない問題、二つ目の方は一つ目よりずっと厄介な問題だった。なぜならこの問題を解決するには、旭のプライバシーを侵害する必要があった。一体どういった経緯で、旭は血のつながらない颯太を引き取ることになったのだろうか。正直颯太はそんなことどうでもいいと思っていた。過去に何があったか知らないが、旭が颯太を引き取ったおかげで彼は旭と出会うことができた。その事実だけで十分だったが、やはり正しい情報を掴んでおかないと、これからの行動で一手を誤る恐れがあった。もしかすると颯太の知らない重大な事実が隠されていて、それを知らなかったばかりに下手を踏んで全てが台無しになる可能性だってあるのだ。確実に旭をものにするためには、やはり過去のことを正確に知っておく必要があった。

(ええと、確かこの辺に……)

 颯太は旭の寝室のクローゼットに潜り込み、物色した跡に気づかれないように慎重にダンボール箱を漁っていた。この大規模な捜索を秘密裏に行うため、颯太はわざわざ朝練に行くふりをして家を出た後、旭が仕事に出かけた頃合いを見計らって、部活も授業もサボって家に帰って来たのだった。学校が終わった後旭が仕事を終えて帰ってくるまでの時間ではあまりにも心許なかったからだ。

 旭がクローゼットの奥にしまい込んでいるダンボール箱には、颯太の成長の記録が詰め込まれていた。中学校で作った作品や作文、小学校の卒業アルバム。保育園時代の大量の写真を見つけた時、颯太は目的の物に確実に近づいていることを実感した。保育園の思い出の下敷きになっていたダンボール箱を開けると、颯太の予想通り出生の記録に関する書類を引き当てることに成功した。

(代理母出産に関する規約と契約書……これだ!)

 冊子になった契約書のページをめくると、同意署名の欄に東十条夫妻と旭の名前を確認できた。

 颯太は自分の出生について、二通りの可能性を考えていた。東十条夫人が産んだ子供を何らかの理由で引き取ったか、それとも東十条夫妻の受精卵を受け入れて代理母として出産したかのどちらかだ。

(母子手帳もあるし、臍の緒もある。出産時に助産師が撮ったと思われる写真もある。極め付けはこの書類だ。やはり代理母出産で間違いないだろう)

 旭が代理母だったなら、なぜ自分を引き取ることになったのか、推測することは颯太にとって難しいことではなかった。しかし念のためダンボールを漁っていると、やはり底の方に隠すようにしまいこまれていた目的の書類を見つけることができた。

「出生前診断、羊水検査の結果」

 ページを開いた颯太は納得したように頷いた。

(やはりな。思った通りだ)

『遺伝子に異常あり、将来何らかの重大な病気を患う可能性大』。妊娠十五週で行われる出生前診断の結果だった。

(この結果を見て東十条夫妻が俺の引き取りを拒否したのは間違いないだろう。おそらくこの時点で中絶を希望したに違いない)

 実際颯太は小さい頃は病弱で、体は大きいものの本当にアルファなのかと疑われるほど体が弱かった。しかし成長するにしたがって体は強くなり、中学生になる頃には人並み以上にスポーツもできるようになった。第二の性の発現期が近づくと、アルファの遺伝子が本格的に本領を発揮し出して回復力も上がったため、腎臓移植の手術まで受けられるようになったのだった。

(旭さんは何らかの事情で代理母になったが、肝心の子供を引き取ってもらえずやむなく自分で育てることになった、というのが真実だな)

 颯太は折り目がつかないように慎重に契約書と出生前診断書をコピーすると、原本はきちんと元のダンボールにしまってクローゼットの中を元通りに整理した。

 実の両親に病気が理由で引き取ってもらえなかったという真実は、颯太の心に何のダメージも与えなかった。調査を開始した時と心境は変わらず、颯太にとっては遺伝子上の親の行動など全くもってどうでもいいことだった。ただ一つ、気がかりなことがあった。

(報酬はどうなるのだろうか?)

 契約書には、受精卵の提供者が妊娠二十一週までに人工妊娠中絶を希望した場合、報酬は全体の金額を妊娠週で割った分のみ支払い義務が生じると書かれていた。もし契約書どおりの金額しか払われていないのなら、成長した颯太を引き取った時点で夫妻は残りの金額を払うべきなのだが、この契約書はこのような事態を想定しておらず、そのような記述は見当たらなかった。

(当然だ。依頼主が中絶を希望しているのにそのまま代理母が妊娠を継続するのは契約違反になるから、その後は自己責任というわけだろう)

 東十条家に引き取られた後、颯太は何度か探りを入れたが、旭に報酬が支払われた形跡は無く、日向からもそのような報告はなされなかった。

(あのタヌキ親父め、金持ちのくせにそういうところはせこいんだな。代理母出産時の報酬は確かに支払い義務はないが、せめてこれまでの養育費くらい払うべきだろ)

「颯太、新しい学校はどうだね? 慣れない環境で苦労していないか?」

 広い食卓で向かい合って食事をしながら、東十条健がにこにこしながら尋ねて来た。颯太は内心タヌキ親父呼ばわりしていた父親に向かって器用に自然な笑顔を見せた。

「はい、あまりにも今までと環境が違いすぎて正直戸惑っていますが、特に問題はありません。むしろ教育の水準が非常に高くて、将来アズマグループを引き継ぐのに必要不可欠な環境だと思っています」

 東十条健は少し微妙な表情をしたが、夫人の方は心から嬉しそうな様子だった。

「あなた、学校の先生も驚いてましたのよ。外部生でいきなりうちの学校の授業について来られるなんて、将来経営者として有望ですって」

「ふむ、そういえば小遣いは足りているかね? あそこの友人は皆大富豪の子息や令嬢ばかりだから、友達付き合いにはかなり金がかかるだろう」

 颯太は学校で友達を作る気などさらさらなかったが、一応情報収集のために何人かの生徒とは交友関係を持つことにしていた。彼らと話して分かったのだが、豪遊してサラリーマンの月収より多い小遣いを使い切る連中というのは、大抵がただのどら息子か女に入れ込んでいるかのどちらかで、まともな連中は投資して金融の勉強をしたり、自費制作の映画を作ったり将来に役立つ研究に使っているようだった。

「今のところ問題ありません」

「あなた、あそこの学校の女の子はみんな生活水準が高くて、プレゼントも高価なものでなければ受け取ってくれないし、デートするにも高級レストランじゃなきゃダメだって言うじゃない。今はまだ大丈夫でも、彼女ができたりしたら月四十万じゃとても足りないわよ」

「そうだな、私としたことがそこまで考えが至らなかったよ」

「……」

 自分の息子を気づかずどら息子扱いしている両親を見ながら、颯太はにこやかに黙っていた。

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