貴女と結ばれるまで

@edamame050

貴女と結ばれるまで

  蓋で密閉され、水蒸気で調理された焼売に共感を覚えてしまいたくなるほどに蒸したこの環境。茹だるような暑さ。

 鼓膜にこびりつき、脳髄に響き渡るくらいに繰り返される蝉たちの合唱。

 学校中の生徒たちがそんな体育館と書いて地獄と読める場所に集められ、体育座りを強制され、壇上の演台の前に立つ一人の男の話を黙って聞かされている。

 ずっと座ってるせいかお尻も痛い。

 どうして校長先生の話はこんなに長いのか、もしかしたら全国共通して長いんじゃないか。

 周囲の顔色をちらっと伺うと、皆一様に生気を失ったかのような顔をしていた。

 きっと、この場にいる誰もが、思いを一丸にして同じことを考えてるに違いない。早く終わってくれと。

 そして私はただ、長々と続く校長先生の話を右から左へと流しながら、この終業式が終わったら解放されるんだと罰を受ける囚人にも似た心持ちで必死に耐えていた。

 話がやっと終わり脛の前で組んだ両手の拘束を解き、起立して礼をする。 

 立ち上がったとき軽く目眩を覚えふらふらしたが、体調を崩すほどではなかった。

 だが、みんながみんなこの拷問に耐えられたわけではなかったようで、中には倒れてしまった子もいた。

 周囲は慌てていた。

 その様子を他人事だとみて、そういえば今朝出かける前に占いを確認するついでに見た天気予報で、最高気温は四十度を超えるでしょうと云っていたアナウンサーの言葉を思い出す。

 三十五度以上が猛暑とされるなら、四十度以上はなんて言葉で区分されるんだろう。未知の領域だ。

 さすがにまだ午前中だから四十度は超えてないと信じたいが、それに近い気温にはなっているだろう。

 ふと自分から見て右側の壁際下に目を見やる。あんな小さな窓を開けたくらいで、涼しくなるわけないだろと心の中で呆れ果てる。

 一応、ここよりさらに上のキャットウォーク側の窓も全て開いているようだが、この暑さではそれでも足りないだろう。いっそのことクーラーを導入すればいいのに。費用と電気代が馬鹿にならないか。

 ちなみに水瓶座は七位だった。ラッキーセブン。


「つむぎー、校長先生の話長かったねー」

 教室に戻ってきて席に着くなり、正面に座る同じクラスメイトの恵美が話しかけてきた。

 同意しかない内容なので、「ねー」と恵美が語尾に発した声のトーンを真似て言葉を返す。

 恵美とは席が前後同士ということもあり、こうやってよく他愛ない会話をしている。

「たたでさえこんなクソ暑いのに、つまらない話を延々と聞かせてくるなんて殺す気なんじゃないかって、思えるくらい悪趣味だよねー、生徒たちのことも考えて短く話せっての」

 同意を貰ったことを皮切りに恵美は、さっきまでの鬱憤を晴らすかのごとく思いの丈を饒舌に語り出す。

 その言葉の節々には断固抗議するといった心情が滲んでいた。

 校長先生だって好きで長く話してるわけじゃないだろうし、必要なことをまとめて伝えたら自然と長くなっただけで、少なくともそういう意図をもってやったわけじゃないと思うんだけどな。それはそれとして長すぎると感じたりもするが。

 彼女もそれをわかった上で冗談半分で言っているのだろう。多分。

 ただ、さすがに教室内。先生の耳に入る可能性も考慮すると、恵美の校長先生へのヘイトスピーチに賛同する度胸は私にはない。 

 だからその発言に対しては肯定することなく、ノリが悪いなと思われない程度に苦笑いで茶を濁すことにした。

 すると私の選択が正しかったと証明されるように、恵美の発言の一部始終を聞いていた担任の先生が、一番後ろの私たちの席へと大股で近づいてきた。

「だいたい誰もそんな話興味ないっての、ぐだぐだ、ぐだぐだと中身のないことベラベラ話しちゃってさ、ずっと覚えてられるわけないじゃん」

 恵美は話すことに夢中で後ろから迫ってくる、鬼の形相をつくった先生には気づかない。 

「中山、あとで職員室に来い」

 先生は恵美の机の前で歩みを止めると、冷え切った声でそれだけ言い残して教卓に戻る。

 名指しでお呼ばれされた恵美は、目を見開き数瞬身を硬直させてから、口を一文字に結ぶと素早く身体の向きを前に戻し静止した状態で、去っていく先生の後ろ姿を見送った。

 ここからだと恵美の顔はまるでわからないが、恐らくぎょっとした顔になっているのだろう。胸の内まで表すなら、やっちまったと考えてたりするのかもしれない。

「いや、地獄耳すぎるっしょ……」

 たしかに。


 ホームルームが終わり、担任が教室を出て行くと途端にクラス中が騒がしくなる。

 飛び交う会話を断片的に拾うと、夏休み中にはどこどこに行こう、どうやって行こうみたいな予定や計画を立てる言葉が聞こえてくる。

 先生がさっき夏休みだからといって羽を外しすぎないようにと、注意喚起していたのを一体このクラスの何人が心に留めているのだろう。 

 かくゆう私もこれから始まる長期休暇に内心、浮かれてないわけじゃないが。

「恵美じゃあ私、先に帰るね」

「まって! 私も今帰るから!」

「逃げるつもり? 恵美は職員室にいかないと後が怖いよ?」

 ギクッと音が聞こえてきそうな顔の強張りかたをする恵美。

「だって杉先の説教ってば長いんだもん!」

 そういうと恵美は頭を抱えて天井を見上げた。

 杉先とは、担任である杉谷先生の名前を省略して私たち生徒が呼ぶ愛称だ。杉谷先生もそう呼ばれるのはまんざらでもないらしい。

「お願い! なら、せめて終わるまで待ってて!」

 恵美は両手を顔の前で合わせると、拝むようなポーズで私に懇願する。

「いやでーす。定時なんで帰りまーす」

「薄情者ー!」

 私がどこぞの会社員を装った物言いで、恵美の願いを無碍にすると、恵美は机の上に身体を突っ伏して落胆の意を示した。

 恵美は良くも悪くも感情豊かで素直だ。だから一緒にいて飽きない。

 まぁ、今回はそれが裏目に出ちゃったわけだけど、それは私の知るところではない。

「自業自得でしょ」

 言葉尻にがんばってねとだけ付け足して、項垂れる恵美の背中を軽くたたいて教室をあとにした。可哀想だが、恵美の来世に期待することにしよう。


 「わたしね! おおきくなったらこよりちゃんとけっこんする!」


 昔の夢を見た、あどけなくて純粋だったあの頃の彼女がいった台詞だ。

 彼女は覚えているだろうか。小さい頃に言ったことだから覚えてないかもな。

 そうだとしても私は、その時の言葉を真に受けて今まで生きてきた。


 夏のギラつく日差しが、鬱蒼と生える森林によって遮られ木陰ができた林道。

 コンビニの帰り道、普段は通らないのだが、今日は少し冒険したい気分だった。

 今頃つむぎは学校にいる頃だろうなと思い耽る。

 学校に行ってない私には、つむぎの学校での生活を知るすべはない。そこだけは行かなくなって後悔してる点だ。かといって、学校で彼女がほかのひとと楽しく話すところを見るのも苦しかった。

 足を止める。うっすらとした暗闇に溶け込むように黒いローブを身に纏った、腰の丸まった何者かが椅子に座っていた。

 その得体の知れない人物の前には、両端が地面につくほど大きな漆黒のテーブルクロスで覆われた台があり、上に小さな座布団をクッションにした水晶が載せられている。

 そしてその者は台上で肘を立て、両指を絡め額をあてている。

 なぜこんな人通りのない道にいるのか。

 なぜこんな灼熱の中、厚手の格好をしているのか。

 目的や意図のわからない不審者に、身の危険を感じた私は踵を返そうとした。

「もし、そこのお嬢さんちょっと寄ってかないかい?」

 しわがれた声を背後からうける。気づかれてしまった。

 立ち去る判断をするのが、少し遅かったかなと後悔を念にして下唇を噛む。

 それでも無視して立ち去ろうとしたが、朝の占いの結果が頭をよぎる。

 占い結果は確か、意外な人物が貴方の運命を変えるでしょう。ラッキースポットは林道だったけ、ずいぶんと限定的だ。都会に住む人の事情はおかまいなしか。

「お嬢さん、三月生まれだろう? 騙されたと思ってこっちにきてみないかい?」

 朝の回想を脳内でしていると、こちらの思考を読んだかのような言葉が投げかけられた。鳥肌が立ち、心臓がきゅっと締め付けられる感覚に襲われる。

 ばっと振り返り、訝しげに相手を観察する。

 黒いフードに顔の上半分が隠されているため、口元までしか確認できなかったが、確かにそいつはこちらをジッと見つめている気がした。

 この人は一体なんなんだ?まさか視聴者か?

 だとしたら占いの内容を予め把握していて、ずっとここで誰かが通るのを待っていた、ただのいかれた狂人ということで納得できる。

 冷静に考えてみればさっきの台詞だって、ここを通るひと全員に当てずっぽうで言っているに違いない。

 人通りも少ないところだし、周りの環境も相まって雰囲気作りにも最適なのかもしれない。

 見るからに占い師って格好もしてるし、そういう手法で商売をしているのだろう。それで違いますと答えたら、また別の手を用意しているに決まってる。

 要は少しでも関心を寄せられたらそれでいいってわけだ。

 種がわかってしまえば、簡単なことだった。馬鹿馬鹿しい。それなら結局相手をしなければすむ話だ。

 いつもの私ならそう一蹴したが、ある種の予感がそうはさせなかった。

 占い通りに行動して、どんな目に遭うか味わってみたくなったのだ。

 だから私は、それが危険な好奇心だとわかりつつも、その不審者に近づいた。

「ひっひっひっ、賢明な判断だよ。お嬢さん」

 不審者の声をよく聞いてみると、老婆のような声色をしているのがわかった。

「ちょっとお嬢さんから面白いものが見えてね、なに時間はとらせないよ」

 私が黙ってみつめていると老婆は続けてそういった。

「これをお嬢さんに渡したくてね」

 老婆はローブの裾から透明な液体が入った小瓶を取り出すと、こちらに差し出した。

「なんですか、それ」

老婆からそれを受け取ると、人差し指と親指で上下で挟んで軽く上に上げて、透き通った液体ごしに木の葉で覆われた空を見た。  

「とってもいい薬さ、お嬢さんにとってね」

 意味ありげにフードの下で口元をニタニタとさせる老婆は不気味だった。

「効果は?」

「一度飲んだら死んだとき、記憶を持って飲んだその日の朝に戻れるっていう魔法のような薬さ、何度でもね」

 とても胡散臭い話だなと思った。そんな、オカルトちっくなことがあってたまるか。話を聞くだけ無駄だったか。

 眉唾ものだと感じ小瓶を老婆に返そうとしたが、ふと値段だけは気になったので、一応聞くだけ聞いてみることにした。

 どうせ、法外な値段をふっかけられるに違いないが。阿漕な商売だ、まったく。

「いくらですか?」

「お代はいらないよ。そのままもっていくといいさ」 

 困惑した。ただで渡すなんて本当に何が目的なのだろう? まさかこれ毒なんじゃ?

「毒じゃないよ。言っただろ? 面白いものが見えたって」

 また、こちらの思考を覗いたかのような発言をされる。 

 二度目ということもあり、いよいよ本当に何者なのかという疑いを強める。

「まあ、とりあえずもっていけばいいさ。直に用途も思いつくはずさね」

 老婆は私の疑念の目など、気にならないかのような口ぶりをした。

 用途か。たしかにその話が本当なら金持ちにだってなれるが、そんな都合のいい話あるのだろうか?

「そうそう副作用なんだけどね・・・・・・」

 老婆の話を最後まで聞き終えた後、私は自然と口の端を最大限に上げていた。

 なるほど、それならいいかも。信じてみる価値はある。


 今日はいい買い物しちゃったな。こよりへのいい手土産になるぞ、これは。

 起きてるかな、こより。いや、家に行く前にLINEしたら既読がついたから多分起きてるはず。

 家の前につきインターホンを鳴らす。しばらくするとドアがガチャリと開いて、こよりが顔を出した。

「おはようございます。つむぎさん」

 寝癖が少しついている。もしかしたら、さっきまで寝ていたのかもしれない。

「おそようございますだよ、こより」

 時刻は十三時を迎えていて、太陽もてっぺんから少しだけ傾いた時間帯だ。

 こよりは日差しが、眩しいのか目を細めていた。

 夜行性だからなこよりは。ブルーライト以上の強い光をまともに浴びたら、ただじゃ済まないのだろう。

「暑いから中にお邪魔させてー」

「はい、どうぞ」

 こよりは扉を大きく開いて快く歓迎してくれた。

 玄関で靴を脱ぎ、渡り廊下を少し歩いて階段を上って二階のこよりの自室へと向かう。

 部屋のドアを開けると籠もった冷気にお出迎えされ、私の身体の熱を冷ましてくれた。

 室内はきれいに整頓されていて、余計なものが散らかっておらず、フレグランスな香りがする。

 私は真夏の太陽に削られた体力を癒やすべく、こよりの使ったベッドにダイブした。 

 ぽふんと身体を預けると、お日様のような匂いが私の鼻腔をくすぐった。

 こよりのベッドっていい匂いがするな、やばいこのまま寝落ちしちゃいそう。

「大丈夫ですか? つむぎさん」

 あまりの心地良さからくる睡魔に身を任せて、夢の世界へと旅立ちかけた時、部屋の主であるこよりの声によって、現実へと引き戻される。

「うん! ちょっと寝落ちしかけただけ!」

「そうですか」

「うわーん! こよりちゃんが素っ気なーい!」

 私がベッドから身体を起こして低い姿勢を保って、こよりの腰のラインに抱きつこうとすると、こよりは足で私の顔を踏んで制止した。

「今、飲み物をトレイに載せてるんで、触らないでください。あとちゃんづけやめてください」

「うわーん!」

 私は反応を伺いつつ大げさに嘘泣きしたが、こよりは無視して、丸いコーヒーテーブルの上に烏龍茶の入ったペットボトルとそれを注いだグラスを二杯置いていた。

 その一連の動きをちらちらと眺めながら、ふとあることを思い出す。

「そうだ、こより! ここに来る前にいいもの手に入れちゃったんだ私!」

 訝しげに私をみつめるこより。その顔にはまた変なものでも持ってきたんじゃないかという、胡乱げな気持ちが見え隠れしている。

 チッチッチッ、甘いよこより。今回ばかりは本当にすごいんだから。

 満を持して鞄からそれを取り出すと、こよりに見せつける。

「テレレレッテレー!なんでもレモンティー!」

「はぁ」

 あれ?思ってた反応と違うな?おかしいな?

「前々から思ってましたけど、つむぎさんって変なものばっか、もってきますよね」

「失礼な! 今回のはほんとにすごいんだもん!」

 こよりがやれやれといったような感じで、首を振る。こうなったら強行作戦だ。実際に飲んで貰って評価を覆してやろう。

「グラスにいれてあげるから飲んでみてよ!」

「あっ、ちょっと! へんなもの中に入れないでください!」

 一瞬の隙をついて、グラスに近づきエキスを注ぐ。

 私を止めるためにこよりが羽交い締めにしてきたが、もう遅い。後の祭りだ。しっかり味わうといいさ。

「なんで二杯ともいれてるんですか、私飲むって言ってませんよね」

「まぁまぁ、お堅いことはなしにして飲んでみなよ」

「はぁ、まったくもう・・・・・・」

 不承、不承といった感じでこよりは、烏龍茶だったものを口に含むと何ともいえない表情で二、三回頷いた。

「確かにレモンティーの風味がしますけど、私、烏龍茶が飲みたかったんですよね」

 なるほど、浮かない顔をしていたのはそれが理由か。・・・・・・失敗!

「まあいいか、ゲームやろゲーム」

「良くはないんですけどね、てかつむぎさんも飲んでくださいよ」

 私も烏龍茶を飲みたかった気分だったが、こよりにそう言われたので、仕方なく口にする。

「うーん、レモンティーとしてみても微妙だね」

「なんでそんなのもってきたんですか・・・・・・」

「面白そうだから?」

「はぁ・・・・・・」

 こよりの呆れた視線が痛い。

「まぁ、そんなことよりゲームしようよ」

 場の流れを変えるため、私はさっき提案した内容を改めて伝えた。

「ゲームですか。いいですよ、なにやりますか」

「スモブラしよ!」

 こよりの家に来ると、必ずこのゲームをすると私の中で決めている。

 こよりはこのゲーム強いから、いつも勝てないんだけどね。

 いつかは勝てると信じて挑み続けてる。

「わかりました」

 早速というようにこよりはゲーム機起動すると、コントローラーをこちらに渡してくれた。

 ソフトが開き、タイトル画面が表示される。こよりが適当なボタンを押すと画面が変わりモード選択に入る。対戦モードが選ばれ、そのままキャラクター選択画面にくると沢山のキャラたちがポーズを決めた状態で並んだ。

「こよりはどのキャラ使うの?」

「私はこの新キャラをつかいます」

 そういってこよりが選んだのは、杖を持ったひ弱そうな魔道士のキャラだった。

 お世辞にも強そうには見えない。

「じゃあ、私これ使うー」

 私が選んだのは持ちキャラである、剣士のキャラだ。スモブラでは、ポピュラーなキャラだったりする。

 剣は杖よりも強しってところを証明してやる。


 試合は案外白熱して、お互いの残機が最大ある三つのうち、あと一つのところまできた。それに加え、スモブラにおける残りのHP《ヒットポイント》の指標となる%《パーセント》ゲージの色は、私が白なのに対してこよりは赤だ。

 これはいける、あの柊こよりに初金星をあげられるんだ。

 私の十八番であるガードに徹しつつ、ちまちまと削る戦法なら勝てるとそう確信したとき、突如、画面上の魔道士が私の操作する剣士に背を向け走り出すと、そのまま場外へと飛び降りてしまった。

 このゲームにはゲージを溜めさせて残機を減らす以外にも、場外に落ちたら減るというシステムがある。

 まさかそんな初歩的なことをこよりが知らないわけじゃないし、負けそうだからやけになったのか?

 そんなことするなんてな。私が内心こよりへの評価を下げ、肩を落としコントローラーを持つ手を緩めていた次の瞬間、目を疑うような光景が映る。

 さっきまで場外へと自由落下していたはずの魔道士がリングにいて、剣士が逆に一瞬前の魔道士の位置にいたからだ。

 私が慌ててコントローラーを握り直す頃には、リングのない画面端にいるため、復帰も出来ない状況だった。

 完全な詰み。

 派手な演出とともに、無慈悲にもGAME SETの文字が表示される。

「いまなにしたの?」

 勝者を祝う画面を眺めながら、私が今し方起こった不可解過ぎる現象に疑問を呈すると、こよりはよくぞ聞いてくれましたといったようにふふんと鼻を鳴らす。

「テレポートさせたんです」

「はぁ?」

 格ゲーでは聞き慣れない単語に眉根を寄せ、素っ頓狂な声を出して、視線をどや顔で語るこよりの目に合わせる。 

 なんだ、その意味分からない技は。そんなもの通用できるようにしたら、さっきみたいにわざと落ちてずっとテレポートしてればいいだけになるだろ。ゲームバランスどうなってるんだ。よく採用されたな。

 私の矢継ぎ早に湧いてくる不満に答えるように、こよりは再び口を開く。

「ただし、残機があと一つしかなく、あと一撃でもくらったら負けるときに一回しか使えません」

 なるほど、それならあんなインチキも通った理由がわかる。よほどリスキーな技なんだな。ん?でも、待てよ、ということは・・・・・・。

「お楽しみいただけましたか?」

 こよりは意地の悪い笑みを浮かべると、首をこてんと傾げてきた。

 そうか、つまり私は遊ばれていたんだ。ギリギリの接戦を演じては、私の必死さに愉悦を覚えてたんだ。

 その事実に気づいたとき、ほんの少しだけカチンときた。幼なじみだからってなんでも許すと思うなよ。

「じゃあ、こよりの一番の持ちキャラで勝負しようよ」

「いいですよ」

 絶対泣かせてやる。


「あー、もう無理、降参でーす」

 コントローラーをこよりに渡し、背中を後ろに倒し大の字になって天井を見る。

 結局あれから二十三戦したが、一回も勝つことが出来なかった。なんだったら大半の試合は残機をひとつ減らすことすらかなわなかった。

 私の考え抜いた戦法も本気のこよりの前では、凡策にすぎなかった。

 強すぎる。私みたいな凡人とは次元が違う。

 時間さえあれば、努力して勝てるってレベルじゃない。これはもはや才能だ。

 こんなコテンパンにやられたんじゃ、もう今日はコントローラーを持つ気にはなれなかった。

「そういえばこよりさ、今年のお祭り行く?」

 首だけ動かしこよりのほうを向いて訊いてみた。

「どうしましょうかね」

「いこうよー、絶対楽しいよ?」

 私が身体を起こし詰め寄ると、こよりは腕を組んでうーんと唸る。

「お願い! 一緒に来て!」

「でもなぁ」

「お願い! お願い! お願い!」

「……わかりました。行きます」

 私がしつこく食い下がると、こよりは最後は折れて首を縦に振ってくれた。

「やったー! じゃあ決定ね!」

「はいはい」

 こよりは苦笑しつつもその目は穏やかだった。

 

「じゃあ私帰るね」

 そろそろおなかが空いてきたので、ここらで区切りをつけて家に帰ろうとこよりに別れをつげる。

「気をつけて帰ってくださいね」

「近所だから大丈夫だよ」

 心配症だなこよりは。

 部屋を出て玄関まで行くと、こよりは後をついてきて見送ってくれた。 

「じゃあまた今度」

 靴に履き替えこよりに向き直り、手刀をつくり顔の横あたりに縦にもってきて彼女にみせる。

「はい、また明日」

 こよりは控えめに手を上げ振る。

「明日も来るとはいってないよ?」

「また明日」

 顔色を変えず、繰り返すように彼女はいった。相変わらず同じ速度で手を振ってる。

 ちょっと強引さを感じた。

 

「ただいま」

 自宅の玄関のドアを開け家に帰ってきた報告をするが、返事は帰ってこない。

 そうだった、両親は昨日海外出張に行って十月まで帰ってこないんだった。

 ぐ~。

おなかが鳴る。いつもお母さんに作ってもらってたんだよな。料理するのめんどくさいし、仕方ないから夕飯は冷凍パスタにするか。

 

 七月十九日金曜日

 今日は終業式があった。

 校長先生の話が長かった。

 こよりの家に行った。帰りに買ったものをこよりと一緒に試したら思いのほか微妙だった。

 一緒にゲームをした。新キャラの初見殺しな技でボコられた。カチンときたので、本キャラで戦ってもらった。普通に手も足も出なかった。お祭りに行く約束をした。楽しみだ。

 

 お祭り当日、恵美も誘ったが用事があるといわれ断られてしまった。

 浴衣に着替えこよりの家の外で待ってると、ガチャリと音が聞こえた。

「おまたせしました」

「おお、今年もかわいいね」

「茶化すのはやめてください」

「本当のことだよ。じゃあ行こっか」 

    

 お祭り会場は鳥居から鳥居にかけて様々な屋台で賑わっていて、どの屋台も目が眩むほど照明が眩しく人混みもすごかった。 

「人すごいね」

「ええ」

「はぐれないよう手をつないであげよっか?」

「子供扱いしないでください」

 冗談めかしてこよりにいうと、こよりは柳眉を逆立て不機嫌を表に出した。

「ごめんごめん、そう怒らないで、りんご飴買ってあげるからさ」

「だから子供扱いしないでください」

「あはは」

「あははじゃないですよ」

 

 こよりと屋台巡りをしていると偶然佇む恵美をみつける。用事があったんじゃないのか。声をかけようと思ったが、チョコバナナを二本もった男の子が恵美に話しかけたのでやめた。

 あの顔には見覚えがある、たしか隣のクラスの山根君だ。

 山根君がチョコバナナの一本を恵美に渡すと、恵美はそれを受け取り普段は見せないような笑顔をみせた。 二人はこちらに気づかず、楽しそうに話しながら手を繋ぎ人混みにまぎれていった。

「あの二人付き合ってたんですね」

 私が心で思ってたことを代弁するこより。

「くそー! 来年こそは私もいい彼氏つかまえて一緒にお祭りに行ってやる!」

 恵美に先を越された悔しさから私がそう言うと、こよりは少し躊躇いがちに口を開いた。

「もしそうなったら、来年は一緒に来れませんね」

「え? なんで? 三人で行けばいいじゃん」

「いやですよ。そしたら私が完全にアウェーになるじゃないですか」

「そうかな?」

「そうですよ」

 こよりは寂しそうに笑った。もしかしたら、こよりも本当は毎年一緒に行くのを楽しみにしていたのかもしれないな。

「まっ、安心してよ親友、暫くはそんないい相手は出てこないだろうからさ」

「急に消極的ですね」

「気が変わった」

 ドゴーン、祭りの喧噪を遮るように轟音が鳴り響いた。

 ふと上空を見上げると、頭の上にひろがる青黒い夜の色をしたキャンバスに、多彩色の彩りを身に宿した煌めきが大輪のように咲いていた。

 散っていく火の雫に魅了され、「わあ、綺麗」と思わず口を零す。

 同じ景色を眺める親友に今の気持ちを共有したくて隣に視線を送る。

「こより、今年も来て良かったでしょ?」

「はい」

 そう首肯する、こよりの瞳には鮮やかな輝きが無機質に映ってるようにも見えた。


 八月三日土曜日

 今日はこよりとお祭りに行った。

 こよりの浴衣姿はとても綺麗だった。

 こよりに冗談をいったら怒られた。

 知っているクラスメイトに彼氏がいるのを知った。 

 こよりと見上げた花火がとても綺麗だった。来年もまた来よう。

 

 こよりの家でいつも通りゲームをしていた昼下がり。 唐突にこよりがある提案をした。

「今夜流れ星を見に行きませんか?」

「なにそのロマンチックなイベント」

「今年は短冊書かなかったでしょう?」

「毎年書いてないけどね」

 すかさず私がつっこむが、意に介さずこよりは続ける。

「流れ星にお願いして取り返そうじゃありませんか」 

 失礼かもしれないけど、そういう感性も一応持ってるんだなって思った。

「というか流れ星って狙って見に行けるようなものなの?」

「流星群の極大日に夜空を見上げれば、一時間以内に一つ以上は見れるらしいですよ」 

「ほえー」

「今夜見れるのはペルセウス座流星群です」

「はえー」

 

 日付が変わる半刻前、端々にあった住宅街を抜け、坂を上りきった先に広がる公園があった。

 ここに来るのも久しぶりだなと点在するいくつかの遊具に目を向け、そこで遊んだ記憶を掘り起こし、ノスタルジックな気分に浸る。

 右端にある看板を発見する。看板には『展望台』と書かれていて、斜め上を指す矢印が添えられていた。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」 

 湿気の高い息づかいを隣に感じて見てみると、肩を上下させ両肘に手を置いて、背中を丸めたこよりがいた。

「普段運動とかしないもんね、こより」

「運動なんて大っ嫌いですから、当然です」

 苦笑しか出ないこよりの発言に追い打ちをかけるか内心迷う。

 だが私が何か言うまでもなく、こよりはげんなりとした顔を展望台のある階段へとむけていた。

「あとすこしだから、ね?」

 こよりを励ますようにそういった。

「自分で誘っといていうのもなんですが、来なきゃ良かったです」


 石畳で出来た階段を一段一段のぼりきると空がいつもより近く感じれた。 

 やっとの思いで登りきったこよりに肩を貸し二人で展望台の先端に立つ。

 眼下に広がる景色は、ぽつんぽつんと光っている営為を感じられる夜の街を一望できた。 

「ここが山頂ですか」

「山ではないけどね」

 登り切ったこよりの顔は少し誇らしげだった。

 手近なベンチに座り空を二人で眺めるとベガ、アルタイル、デネブといった三つの明るい星が浮かんでいて、それをつないだ夏の大三角を観測することが出来た。

 しばらく待つと暗闇に一筋の光が流れ落ちた。それは一瞬の輝きをみせると、すぐに消えてなくなってしまった。 

 突然のことだったので、何かお祈りをする間もなかった。

「流れ星ってさ、流れてるときにお願いしないといけないのかな」

「さあ? 多分そうなんじゃないでしょうか」

「まじか」

 今からお願いしても保険はきかないだろうか、そもそもなにをおねがいしようか決めてなかったな、うーん、あっ、そうだ。 

 私が何をお願いするか決めたとき、ちょうど良く二つ目の流れ星がやってきた。

 今度は間に合うようにぎゅっと目を閉じ、両手を胸の前で組んで、心の中で早口で何回も祈った。

(夏休みが終わりませんように・・・・・・!)

 荒唐無稽な願い事だったが、とっさに思いついたお願いがそれしかなかったのだから仕方ない。

 もちろんこんな願い、天地がひっくり返っても叶うとは微塵も思っていない。SFの世界じゃないのだから。

 ならなんで祈ったんだと、自問自答する。それはきっと、冗談でも叶ったら面白いだろうなという思惑があったからじゃないかと、さっきまで考えていたことを撤回するような結論をつける。

 微塵も思ってないなんて嘘じゃないか。誰かに胸の内を読まれたわけじゃないが、そんな声が飛んでこないよう先に自分を咎めることにした。

 私が目を開けて横を見るとこよりは呆然と空を見上げていた。こよりは一回目でおねがいを済ませてるから二回目は祈らなかったのだろうと推測した。

 お星様だって何回もお願いされたら困るはずだ。

「こよりは何お願いした?」

「・・・・・・秘密です」

 私は目を見張った。鈴を転がすような透き通る声音で今まで見てきたこよりの表情の中でも、一際蠱惑的な魅力を携えた笑みを魅せられたからだ。

 だから私は、さっと目を逸らし「そっか」と短く言葉をきることしかできなかった。

 照れたからではない、何でもない言葉のはずなのに初めてこよりがなにを考えてるのか読めなかったためだ。

 それ以上この話題でこよりを追求できなかった。

「よし! 帰ろっか!」

 私は自分の抱いた感情を知りたくなくて、振り払うように出来るだけ声色に活気をもたせて言い放ち、ベンチから思い切り立ち上がる。

 親友に今の心情を悟られてないか、心の動揺で声が上擦ってないかそれだけが心配だった。

「はい、帰りましょう」

 瞬間、手にひんやりとした感触を覚える。唐突に与えられた感覚に思わず手を振り払いこよりを凝視する。

「あっ」と私の口からか細い声が漏れる。こよりの手は宙に浮いた状態で静止している。

 自分が何をしたか、そして何をされたか理解するまでの時間に誤差はなかった。 

「ほら、階段だと危ないからさ」

 聞かれてもないのに言い訳を始める。先ほどより胸の鼓動がうるさくてしょうがない。 

 ちがう、それは少なくとも親友に対して思っていい言葉じゃない。

「ごめんなさい」

 こよりは申し訳なさそうに眉をさげると謝罪した。

「ううん、大丈夫」

 私も少し俯いて両手を左右に動かし、かぶりを振った。

 心臓の鼓動は相変わらず鳴り止んでくれなかった。

 

 八月十二日月曜日

 今日は昼下がりまでこよりとゲームをしていた。

 こよりが流れ星を見に行こうと言い出したときは驚いた。

 その後二人で展望台に上ったが、こよりは死ぬほど体力がなかった。

 二人で流れ星をみて願い事をした。

 とてもいいものをみせて貰ったと思った。


 こよりとのLINEのトーク履歴を眺める。

 受話器のマークを押してタブを開いては、スマホのホームボタンを押してはタスクを切るという無駄な行為を繰り返していた。

 この前の件もあってかなんとなくこよりの家にいくのは気まずかった。

 結局それから私は一度もこよりと連絡を取ることも会うこともなく八月三十一日を迎えた。

 

 八月三十一日土曜日

 特に何事もなく一日が終わった。

 そういえば夏休みの課題一つもやってなかったや・・・・・・まあ、明日の私がなんとかするか。

 おやすみ。


 ジリリリリリ、ジリリリリリ。目覚まし時計のけたたましい音で目が覚める。一ヶ月くらい久しぶりに聞く不快音に眉根を寄せて、音源を止める。

 朝から最悪な目覚めだ。休みの時くらいは聞きたくなくてアラーム切ってたのに。

 ベッドから降りて反射的に制服に着替えようとパジャマを脱いでワイシャツに手をかける。瞬間、先ほど自分が抱いた不満に矛盾と違和感を感じた。

 今何月何日だ?

 疑問符を浮かべたままデジタル時計を覗くと、目を疑いたくなる数値と文字が表示されていた。

 そこには7月19日金曜日とテロップしているじゃないか。

 どういうことだ、時計の故障か? 

 意味のわからない現象に混乱を抑えきれず、真偽を確かめようとこよりに電話しようとして・・・・・・、やめた。

 仕方ないので、恵美に電話をかけると四コール鳴った後につながった。

「うーん。つむぎぃ? こんな朝早くからどうしたの?」

「恵美! いまってさ、何月何日?」

「え?」

 私の意図のわからない質問に電話越しでも恵美が、困惑しているのが手に取るようにわかった。

「七月十九日の金曜日だけど・・・・・・」

「もしかして終業式!?」

「そうだけど・・・・・・、もしかして寝起きドッキリ?」

 恵美は懐疑的に訊ねてきた。自分でも話の本質が捉えられない会話をしている自覚はあった。

 でも、朝目覚めたら過去に戻ってました、なんて馬鹿正直に言っても、余計に不思議がらせるだけだと感じたから、恵美の疑問に乗っかる形で答えることにした。

「あはは、バレちゃった?」

「もう! ちょっとやめてよ! 意味分からなすぎて逆にびっくりしたよ!」

「ごめん、ごめん」

 私の睡眠時間を返せーと冗談交じりの声が聞こえてきたが、内心それどころではなく空返事をして電話を切った。

 落ち着いて状況を確認する。とても理解し難いことだが、確かに現実に起きたことだ。

 深呼吸をして目を閉じて頬をつねる。痛い。夢じゃないな、これ。


 終業式がおわり恵美が校長先生の愚痴を言おうとしたので、手で制し小声で注意した。

「それ全部先生に聞かれるよ」

「うちら一番後ろの席だよ? そんなことあるわけ・・・・・・」

 恵美が不自然に言葉を切ったのは先生と目が合ったからだ。

「やば、まじじゃん」

 途端に恵美の声量もなりを潜めたものになった。



 恵美に感謝され帰りに一緒にアイスクリームを奢ってくれることになったが、丁重にお断りした。

 こよりの家に早く寄りたかったからだ。

 帰りに例のものを買おうとしたが、やめた。

 前回不評だったからだ。

 こよりの家に着き震える手でピンポンを押す。

 大丈夫、前回だってここに来たんだから。

 早くいつも通りに戻りたくて、私はこよりが出てくるのを今か今かと待った。

「つむぎさん?」

「や、やあこより」

 そこにはいつも通りのこよりがいた。こよりの家なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

「めずらしいですね。連絡しないで来るなんて」

「えっ、そうかな? あっ、ごめん邪魔しちゃったかな?」

 しまった、気持ちが逸りすぎていつもは連絡してから来るのにするのを忘れていた。

 そうしないとこよりが寝ていて出てこない可能性もあるからだ。

「気にしてませんよ。どうぞあがってください」

「う、うんお邪魔します」

 こよりの部屋に上がると前回の動きに倣ってベッドへとダイブした。同じ行動をとって、少しでも以前の感覚を思い出したいからだ。

 ベッドに身体を乗せると柔軟剤とこよりの残り香が入り交じった少し癖になる香りを感じた。

 こよりの顔写真をつけて匂いを瓶詰めして売れば一定層のマニアには売れるかもな。こよりは面はいいからな。いや面もか。

「大丈夫ですか? つむぎさん」

 親友のベッドの香りを確かめてだいぶ変態チックな商売を発案しているとこよりに話しかけられる。

 私は前回と同じように答え、腰に抱きつこうとした。抱きつけた。

「?」

「どうしました?」

 前回と違ってこよりは私を制することはなくきょとんとした顔をしているだけだった。わたしがちゃん付けして呼んでも気にしてないみたいだ。

「飲み物あるんで一緒に飲みましょう」

「う、うん!そうだね!」

 烏龍茶を喉に流し込んでからこよりにゲームをしようと持ちかけた。こよりは快諾してくれた。

 こよりは前回同様新キャラを使ってきた。

 そして勝負は白熱した。実際はこよりによる茶番に過ぎないが、それでも初金星をあげるためその時を待った。

 こよりのゲージの色が赤になった瞬間、私は防御を捨て全力でコンボを叩き込んだ。

 一回目の試合で防御に徹したのは、こよりの土壇場にみせる逆転劇を恐れたからだ。

 みるみるうちにこよりの%が加算されていく。

 こよりも立て直そうとステップバックで回避しようとするが、いかんせん判断が遅すぎた。

 そのままとどめの突きをくらわせると魔道士は吹っ飛んで試合が終わった。

「知ってたんですか? このキャラの裏必」

「まあね」

「私も見つけたの最近なのに・・・・・・ふーん」

 こよりには悪いが、二回目は通用しないのだよ。

 その後はいつも通りこよりにコテンパンにされ、夏祭りに行く約束をして帰った。


 七月十九日金曜日

 自分でも信じられないがこの日について書くのは二回目だ、私は俗に言うタイムリープなるものを経験したらしい、原因は不明だがせっかくだし満喫しようと思う。

 こよりに生まれて初めてスモブラで勝った。半分八百長のようなものだが、すごくうれしかった。

 またこよりと夏祭りに行く約束をした。楽しみだ。


 着物に着替えてこよりを待つガチャリと音がした。

「おまたせしました」

 前回と同じ感想を言う。

「ありがとうございます」

 また違う。

 

 人混みのすごさにこよりに手をつなごうかと提案しようとして、あの夜の出来事が頭をよぎった。

 いや、そんなの関係ない。頭から振り払うようにぶんぶんと振った。

「どうかしました?」

「いや、なんでもないよ! それよりさ・・・・・・」

 こよりは笑みを浮かべ承諾してくれた。


 花火を眺めながら隣にいるこよりに同意を求めた。

「今年もきてよかったね」

「はい、来て良かったです」

 こよりの目は喜色を帯びていた。


 八月三日土曜日

 今日はこよりと夏祭りに行った。二回目の祭りだ。 

 こよりの浴衣姿も二回目だ。相変わらず綺麗だった。 

 二人で見上げた花火はとても綺麗だった。

 

 また八月十二日、流れ星を見に行こうといわれた。

 前回と似たような調子で返す。

 こよりは相変わらず体力がなかった。

 そして決まって文句をいう。

 自分から言い出したことなのに。

 流れ星にお願いするとき、ふとある確信が生まれた。 

 そういえば、前回は夏休みが終わりませんようにって祈ったんだっけ。

 この不可思議な体験に合点がいった。

 どうやら願いは叶ったらしい。

 二回目と言うこともあり、あまり自分の欲に従いすぎるのもがめついかと思って、世界平和でも願うことにした。

 こよりに何を願ったのか訊ねようとして、やめた。

 また、あの顔を見せられる気がしたからだ。

 そのまま二人で並んで帰った。

 通り過ぎる夜風がひんやりと感じられた。

  

 八月十二日月曜日

 こよりと昼下がりまでゲームをした。

 流れ星を見るためにまた夏の夜空を見上げた。

 多分、私がタイムリープしたのはこれが原因だ。

 まあ、なんとかなるかと深くは考えないようにした。 

 せっかくだし、二回目は世界平和を願ってみることにした。

 叶うといいな。

 

 八月三十一日土曜日

 このまま眠れば私は一日に行くことが出来るのだろうか?

 一概の不安がないわけじゃないが、また夏休みを満喫できるならそれもありかと考えた。

 夏休みの課題はまた終わってない状態だ。

 九月一日くるな。

 

 目覚まし音で目が覚めて時計を確認すると、また終業式の日に戻っていた。

 また登校して終わらせて、こよりの家に寄ってゲームして、夏祭りの約束を取り付けてその日は終わった。 

 七月十九日金曜日

 三回目だ。特に書くことが思い浮かばない。

 こよりは相変わらず強かったくらいか。


 夏祭りに行って、こよりと空を見上げて来て良かったねと言って帰る。

 

 八月三日土曜日

 こよりと夏祭りに行った。

 特に書きたいことが思い浮かばない。

 とても楽しかった。


 こよりと空を眺め流れ星に今度はもう十分だから元に戻してと祈った。


 八月十二日月曜日

 もう十分満喫したのでもう終わらせてくれと祈った。 

 これで終わるだろう。


 八月三十一日土曜日

 いよいよ明日だ、課題は全部終わらせたのでもう一日が来てもなんの憂いもない。

 流れ星におねがいしたしもう大丈夫だよね?


 朝。目覚まし音で目が覚めた。

 またなのか。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。 もうやめてくれ。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。もううんざりだ。

 

 何回目かの終業式の登校日。変化は唐突に起きた。

 登校途中、横断歩道を渡るとき信号待ちしてる停車した車を見て、なぜだか轢かれると強い恐怖を抱いた。 

 私は多量の汗をかき、必死の思いで白黒の道を駆け抜けた。 

 それだけじゃない、鉄骨を運ぶクレーンのワイヤーが切れて頭上に落ちてくるんじゃないかと言う予感が走ってしょうがなかった。

 だから横断歩道橋を渡って、クレーンのある道から反対側を渡ろうとした。

 階段を上る足の一段一段に緊張が走る。

 足下を滑らせて頭から落ちてしまうかとおもったからだ。

 石段を絶え絶えになって這いずる。

 だが私の無様な進行は、日常に潜むあらゆる事故の可能性が、いつ自分に牙をむくかわからないことへの異常なまでに膨張した疑心によって、階段の何段目かの途中で蹲って終わらされた。

「つむぎさん!? 大丈夫ですか!?」

 私を心配してくれる聞き慣れた優しい声に安心感を覚えるとぷつりと意識が途絶えてしまった。

 

 七月十九日金曜日

 学校には行けなかった。こよりが代わりに先生に事情を説明してくれた。

 何が起きてるか理解できない。

 

 七月二十日土曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十一日日曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十二日月曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十三日火曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十四日水曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい

 

 七月二十五日木曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十六日金曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十七日土曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十八日日曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月二十九日月曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい

 

 七月三十日火曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 七月三十一日水曜日

 こよりがそばにいてくれた。優しい。


 八月三十一日土曜日

 明日が来るのが怖かった。

 また目覚めたときあの朝に戻ってるんじゃないかという予覚と、繰り返すたびに増大していく九月一日への得体の知れない憂懼があったからだ。

 私は赤子のように泣いた。

 明日が来るのが怖いと、どうかそばにいてくれと。

 こよりに抱きついて今まであったことを全て洗いざらい話した。

 こよりは黙って何度もゆっくり頷いて、私をあやすように優しく抱きしめて背を摩ってくれた。

「大丈夫です。なにがあっても私が一緒にいますから」 

 その柔らかい声色に包まれて、私の瞼は深く重く閉じられた。

 どうか次こそはこの悪夢が終わりますように。混濁した意識の中そう願った。

 

 小鳥の囀りによって瞼が開く。カーテンから差し込む陽光は朝を告げていた。

 ばっと身体を起こして隣に身体ごとむける。

 そこには静かに寝息を響かせ、目を瞑っているこよりがいた。

 そうだ、昨晩もこよりと一緒に寝たんだ。

 いつもと違って、アラームで目覚めず隣でこよりが寝ている事実に困惑する。

 ということは今日は何日だ?

 時計を手に取り間違いがないよう至近距離でみつめる。そこには確かにくっきりと9月1日と表示されていた。

 やった。やった。やった! やったんだ!ついに解放されたんだ!

 歓喜のあまり隣に眠るこよりを起こして報告したい衝動に駆られた。

「こより! こより! 起きて!」

「んう・・・・・・なんですか・・・・・・?」

 眠気まなこを擦ってのっそりと身体を起こす、こより。愛おしいな。じゃなかった。

「こより、一日だよ! やっと来れたんだ!」

 こよりは私がなぜこんなに喜んでるのか理解すると温和な笑みを浮かべ、そっと近づき顔を寄せて、そのまま視界はこよりの端正な顔でいっぱいになった。 

 こよりの顔がゆっくりと離れて口元に淡い温もりだけが残る。

 氷雪が長い冬を越え氷解していく感覚がした。

 たった今何をされたかを把握すると、途端に薬缶が沸騰するように顔中から煙が出ている錯覚に陥った。 突然のこよりの奇行にしどろもどろになる。

 一体どう言うつもりなのだろう?

 九月一日を迎えた喜びと同等かそれ以上に上塗りされるほど、胸中は歓喜と困惑に満ちていた。

「おめでとうございます、つむぎさん。もう大丈夫みたいですね」

 その言葉を聞いてこよりの行動を思い返す。思えばこよりはいつも私に献身的に優しくしてくれた。

 そして、さっきの愛情表現。 

 こよりにこんなに愛されてるなんて微塵も感じたことがなかった。

 きっと繰り返される日常の中でもこよりだけは、ずっと変わらずそばに居続けてくれるのだろう。

 あるときから願ったことがある。こよりとこれからを生きられますようにと。

 そうか、そうだったのか。

 この長い苦しみの中でのゴールはすぐそばにあったんだ。 

 それはこよりへの愛を自覚すること。それが叶ったから。私は抜け出せたんだ。

 深い感謝の念を目の前の彼女に抱く。こよりはきっと気づいていないだろうな。

 だから口で直接思い告げることにした。

「こよりさん。私と付き合ってくれませんか」

 こよりは、はにかんだ笑顔をみせると「はい」と小さく頷いてくれた。


 九月一日日曜日

 こよりと晴れて恋人同士になった。

 夏休み最後にこよりと線香花火で遊んだ。

 線香花火に夢中になるこよりの横顔をみつめた。

 とてもきれいだった。

 夜空を見上げた時、流れ星が見えた気がした。

 でも、もう祈る必要はなかった。

 星に願わなくても自分の叶えたい幸せは叶えられたのだから。










 隣でぐっすり眠るつむぎさんの髪を、自分の指先や手の平に感覚を流し込むようにして撫でる。

 老婆に聞かされた、薬についての情報を脳裏に呼び起こす。おもえばあれが信じてみることにした決め手だった。


「副作用は一つ目が強烈な死への恐怖。これは最初の内は気にならない程度だが、死ぬたびに日常生活に影響を及ぼすほど強くなる。二つ目は死んだ日の記憶がなくなる。死因がわからないから交通事故に遭ったりや他殺されたら繰り返し味わうことになるかもしれないね。そして三つめが、好きでもないものとの接吻に対する罰。もしも、した場合は苦しんで死ぬ。ようは誰彼かまわずキスするといった、売女じみたまねはできなくなるね。この三つさね」

「へえ、それってまるで毒みたいですね」

「ひっひっひっ。お呪いさね」

「解毒方法はあるんですか?」

「毒じゃないんだけどね、まあいいさ、この薬の効能と副作用を無くす唯一の方法は、誰かと相思相愛になって接吻することさ」

「ロマンチックだろ?」 


 占いは本当だった。私の運命はあの日、あの道で老婆と出会い、もたらされた薬によって大変好ましい結果になった。

 なんて感謝すればいいだろう。少なくとも今こうして、私の腕の中で彼女が寝ているのはあの老婆のおかげだ。

 あの薬の副作用と解毒方法を聞いたとき、私には彼女を手に入れる算段が出来ていた。

 まずはじめに強い恋愛感情をもって依存させるため、希望のない深い恐怖を伴う暗くて長いトンネルに彷徨わせ、私と結ばれることこそが、出口だと誤認させる必要があった。 

 それと、どうしようもない絶望の中で私しか縋る相手がいないという状況が欲しかった。

 だから、彼女を比較的長く水入らずで独占できるこの期間を利用した。

 それに私たちは幼なじみで近所同士だ。外堀を埋めるのはたやすい。

 実際私は彼女の両親から合鍵を渡されていて、もしなにかあったら面倒をみてやってくれと頼まれていた。 

 加えて万が一の可能性を考慮して、私が原因だと疑われないよう普段通り接し、流れ星が来るようだったので、保険として願ってもらえるよう誘導した。

 これは去年の夏の終わりに彼女が、一生夏休みならいいのにとこぼしてたから採用した案だ。必ずしもそう願うとは限らないが。

 そして九月一日、私は彼女を殺し続け、私自身も死に続けたのだろう。それこそ、確実な愛として実るまで。

 ここまで来る過程が長いと感じたり、辛いと思ったことはなかった。

 彼女と結ばれるためなら何でもやる固い信念があったからだ。

 たとえ何回苦しんで自殺することになっても。

 たとえ何回彼女を苦しめることになっても。

 私は同じ選択を繰り返すだろう。

 彼女にとっての運命の人になるまで。

「んぅ・・・・・・」

 彼女が身じろぎをして、ぎゅっと私を抱きしめる。

 その行動は内なる彼女の本能が、ある不安から少しでも逃れたいがために為されたものにみえた。

 だから私は夢の中にいる彼女に、もう大丈夫だと、安心していいんだと、そう伝える手段として応えるように力強く抱擁した。

 彼女はそれに対して安心しきった顔をみせると、寝息を深いものへと変えた。

 ああ。愛しのつむぎさん。いつまでも貴女への愛は変わらないから、絶対に一人にさせないから、貴女もどうかずっと私のそばにいて、私だけを見ていてくださいね。

 一生離しませんから、それこそ死が二人を別つまで。

 


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貴女と結ばれるまで @edamame050

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