第5話 俺と後輩の小説講義


下駄箱で靴を履き替えた後、淳樹が男にしか興味がない人間であることと、さっきまで男子生徒に手を出していたことを星奈に話したらドン引きしていた。


「あなた、入学早々なにしてるの?」


星奈がなにか変な生き物を見るかのような視線で淳樹に問う。それに対して淳樹は相変わらず冷めた顔で、しかしちゃんと答えた。


「別に僕の勝手だろ」


ぶっきらぼうにそう答える淳樹。それに対して星奈はビシッと淳樹を指さしてこう言った。


「手を出すなら告白して了承を得た後でしょう」


……手を出すことは認めるんだな。星奈の指摘する部分にツッコミながら内心俺も星奈の意見に一理あるなと感じていた。別に男が好きでもいいじゃないか。俺もそう言った性に関することには疎いが恋愛感情を持つことは自由だと思う。


それが例え同性でも見方を変えれば同じ性別同士価値観が合ったりしていいじゃないかと。俺は普通に女の子が好きだし淳樹の気持ちはわからんが応援している。


「わたし好きよ?そういう恋愛を見るのも楽しいからね」


どうやら星奈はちょっと腐っていたらしい。そう言えば星奈の部屋には漫画がいっぱいある。その中にBL本が混ざっている可能性があるな……。


「どうやら君とは仲良くなれそうだね」


そう言って珍しく女子に対して淳樹が少し笑った。本当に珍しい……。


この後、淳樹と龍心は自転車通学らしく駐輪場のほうに向かい俺達とは別れた。俺と星奈は二人で帰宅した。


「じゃあ帰るか」


「ええ、英二君、学校はどうだった?」


「どうって?」


質問の意図が読めない。


「学校に行ってみたらやっぱり頑張って見ようってやる気はでなかった?」


そう言うことか。星奈はここ数年俺に似たようなことを言ってくることがある。やれやる気がどうの、やれ元気がどうのと……。どうやら星奈は俺にやる気を出して欲しいようだ。


「いや?普通にやる気ないけど?」


「そう……」


ちょっと残念そうな声で顔を正面に戻す星奈。俺はそれを見てどこか申し訳ない気分になった。


◇ ◇ ◇


自室のベットの横になってラノベを読んでいるとスマホが鳴った。電話の主は友達の春山浮子と出ていた。俺の一つ下の後輩で今は俺の卒業した中学の三年生だ。将来は小説家になることを目指している子で日々執筆作業に取り組んでいる。


文芸部に所属し投稿サイトで小説を書いているようだ。俺は何度か彼女の作品を読んだことがあるが、春山の性格からは考えられないぐらい面白いモノを書くこともある。俺はちょっとした春山ファンだった。


「もしもし?」


『先輩、今時間ありますか?』


「ごめん、今、後藤君が活躍するいいシーンなんだ。ラノベを読み終わるまで待ってくれ」


『どうやら暇そうですね、良かったです』


俺の話聞いてた?何事もないように春山が要件を言う。


『先輩、相談してもいいですか?』


「いきなりだな……」


『先輩相談乗ってください』


「……まあいいけど」


きっと今も真顔でお願いしてきているのだろう。実は春山は何を言わせても真顔をキープしている奴で感情が声によってしか読めない子だ。電話をしている今なら混乱しないが直接会って話すと「この子今なんて言った?今言ったことで合ってる?」と混乱しそうになる。


『投稿サイトにいくつか小説を投稿しているのは知ってますよね……それで、なかなかブク紐が付かなくて……』


ブク紐とは気に入った小説を登録していつでもマイページから読み直すことができるしおりみたいな機能のことだ。


また読みたい、続きが読みたいと思った読者がブク紐をクリックする。


『この作品と、これと、これなんですけど……』


ピロンと音が鳴ってメッセージが送られてくる。内容は確認して欲しい小説のタイトルだった。


「少し見て見るから時間をくれ」


俺は机に向かいパソコンを開いた。しばらくして電源が付きすぐに春山が普段使用している投稿サイトにアクセスする。そして検索機能で春山から送られてきたタイトルを入力した。


そして俺は紹介された三つの作品を見て考えた。まずタイトルは悪くない。話の内容もどれも面白い。俺の主観だか春山には小説家になる才能があると思う。


ただ才能があるからと言って、自分が書いた作品が正当に評価されるわけじゃない。


投稿サイトに投稿した作品が面白くても評価されないのは、宣伝や広告、人脈や運など作品以外の要素が多分に関わってくる。


自分の作品が面白いはずなのに上手くいかない──。


評価されている作品が面白いと思えない──。


そう言った悩み嫉妬が渦巻くのが投稿サイトの世界だ。


「うーん、タイトルも内容も面白いけど、どこか作品に勢いを感じないな」


『勢いですか?』


「うーん、これはどれも現実恋愛小説だろ?なら、現実感を残しながら面白い会話を考えてみるとか……面白いとしてもあまりにも非現実的な会話は書かないとか、そう言うところを見直してみたらどうだ?」


『なるほど……』


「それと、タイトルがダメだな」


『えっ先輩はタイトルも面白いって……』


春山、投稿サイトで小説を書いていくなら面白いタイトルを付ければいいわけじゃないんだ。


作品を読む読者の気持ちを想定しなければならない。


「確かに面白いタイトルだけど、どれもタイトルが短い」


『先輩は短いタイトルが好きなんじゃないですか?』


「ああ好きだ、大好きだ。けど、読者はそれだけじゃブク紐を付けないんだ……」


『というと?』


「春山、お前は長いタイトルの小説と短いタイトルの小説、どっちが検索しやすいと思う?」


『短い小説ですけど……』


「だよな……なら、どっちが後から検索するのがめんど臭いと思う?」


『長い小説……あっ』


「そう……読者はあとから検索しやすい作品にはブク紐を付けないんだ。わざわざブク紐を付けるのは面白い作品だけどタイトルが覚えにくとか検索しにくいとか思ったときだ」


まあ、だから投稿サイトでは長文タイトルが流行っている。


だがほとんどの人はただ長文タイトルのほうが人気が出るのだろうと漠然とした認識を持っている。それが俺の持論だ。間違った認識かもしれないが少なくとも俺はネット小説を読むときそう考えている。


「つまり春山がタイトルを考えるのなら、面白い内容の小説を書いたうえで、面白くかつ検索するのがめんどくさいと思うような少し長いタイトルを考えないといけない」


『なるほど……』


「だから春山。この夢と女の子を追う男の子の青春小説だけど……『ヒャッハー!俺は夢と女を手に入れる……ハーレム王に俺はなる!』みたいなタイトルに……」


『絶対いやです』


面白いと思ったのに……。ダメかあ……ハーレム王ダメかあ。まあ俺もハーレム系小説はあまり読む気になれないけど。男はハーレムって単語を検索したくなる生き物だからな、仕方ない。これも戦略の内なのだ。


「さて、俺のアドバイスはここまでだ」


『ありがとうございます。助かりました』


「どういたしまして……」


俺は自分の椅子に座り直し、机の端に置いていたエナジードリンクを開けた。飲むと読書と会話で疲れた脳に染みてうまかった。はあ~効くう~。やはりエナジードリンクは格別だ。美味しいし疲れが飛んだ気分になるし、あと美味しい。


「なあ、春山」


ふと星奈の言葉と顔が気になったのを思い出した。春山に聞いてみる。


『なんですか先輩?』


「やる気のない人間をどう思う?」


『先輩ですね』


「違う。やる気のない人間の総称=俺みたいな言い方やめろ」


『けど、先輩みたいな人のことだと思いますけど、ダメでごみで最低ですね』


「君、俺に恩があること忘れてない?」


この子には執筆のアドバイスやら作品のアイデアとかいろいろ話した気がするんだけど……。俺の優しさが伝わってないようだ。がっかり。


『確かに先輩に恩も感謝もありますけど……それって先輩もわたしと仲良くしたいって下心あってのことですよね?なら先輩と仲良くしている今、ギブアンドテイクじゃないですか』


どんだけ自信過剰なんだこの子。


「いつ俺が春山に惚れたんだよ……お前が自分から相談してきたからそれに応えただけだろ。本気でギブアンドテイクだと思っているならブチギレるぞ」


『いやですね。冗談ですよ』


冗談と言う割に春山は真顔なのだろう。愛想笑い一つしない。声や言葉は綺麗で澄み渡るように聞き心地がいいのにどこか感情が乗ってない。あまり見ないタイプの子だなと思う。


感情をあまり覗かせない割りに小説の内容はどこまでも饒舌で面白みに満ちている。きっと、感情がないわけじゃないんだろう。本人も小説を書くことが楽しいと言っているからほんとに楽しんだろう。


『先輩、新しい高校はどんな感じですか?』


「ああ、思っていたより普通の学校だったよ」


『へえ、そうなんですね……わたしも来年その高校に入学するので楽しみです』


「春山は英霊師としても優秀だからな……」


英霊師とは英雄の血を受け継ぐ英雄の卵たちの総称だ。春山は英霊師としても優秀で来年アトラ高校に入学したらさぞ活躍するだろう。それに表情は無だが、結構可愛い子だ。人気が出るのは間違いないだろう。そう上小説家を本気で目指す努力家……もう欠点がない。


『先輩の実力なら活躍間違いなしですね』


「うんん?俺は大人しくしてるつもりだぞ?」


『ですよね、知ってました。中学でもそんな感じでしたから』


まあ中学はほぼ前世の一般的な高校と変わらず特に楽しようと思わずとも楽できた。


「話はそれぐらいか?ならラノベに戻りたいんだけど」


『はい、さっきはアドバイスありがとうございました。おやすみなさい、先輩』


「はい、おやすみ」


電話を切りパソコンの電源を落とした。そして再びベットに横になりさっきまで読んでいたラノベのしおりを挟んだページを開いた。エナジードリンクの残りを飲み干しベットのヘッドボードに空いた缶を置く。そして俺は読書に没頭する。

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