黙鳴館の赤い小鳥

月岡夜宵

炭鉱の金糸雀もその洋館では赤くなる

【epilogue1】


 今でも後悔しています。あのとき試さなければ、と。

 僕には仲のいい女子の友人がいました。彼女は……ええとすみません、ちょっと風邪気味、なのでその辺は省略させてください。ええ、インタビューですよね、最後までしゃべるんでそれで許してもらえませんか。


 で、えー……そうです、仕方なかったんです……あの恐怖から逃げ延びるには。

 あれ、ですか。すみません僕にもなにがなんだか。

 大丈夫です、順を追って……可能な限り、話しますから。


 僕らは学生でした。地方の■校に通ってました。そこで当時こんなものが流行っていたんです。ええ、そうです、都市伝説です。これはその時を偲ぶ雑誌です。え? ああ、違いますよ。この雑誌自体は無関係です。僕らがみつけた都市伝説は別の雑誌でした。

 表紙には陰湿な背景に枯れた木立、一軒のシックな洋館、屋根には反転した鳥の飾りがありました。

 そこにはこう記されていたんです。

 『黙鳴館』、と。



【moment.Q 地下室の異変】

 僕と彼女は放課後の空き教室から出られなくなりました。校庭には部活動をするほかの生徒たちの姿はおろか声もなくなっていました。

 奇妙な静けさに包まれたまま、『成るはずないなら成らない鳴子』、あの儀式を試したせいで教室は「出られない部屋」と化しました。

 異変に気づき、慌てて引き返そうとした僕らの前に、現れたのはまた一冊の本。

 ルールを提示する本でした。

 『黙鳴館』、雑誌の表紙と同じタイトルです。

 ――生け贄を選ぶまで終わレないこコかラ脱出デキレ□ますカ■■■????

 本を開くとたしかおかしな文字が一瞬表示されて、内容が明かされました。


 ルール1、案内役は話さないでヒントを提示すること。

 ルール2、旅人は相棒の手を離さないで探索を行うこと。

 ルール3、旅人はどんな状況に陥ってもかごの中のカナリアを放さないこと。


 僕らには案内と旅人の役が与えられ、忌まわしき洋館を探索することになりました。

 そこで僕と彼女は最後の会話をしました。

 決めたのは僕です、カナリアは僕が持ちたいって。

 彼女はうなずきました。


 メッセージアプリにテキストを打ち込んで、異変のある箇所を必死に探りました。

 異変がある場所ではカナリアが鳴かないんです。

 彼女の言葉とあわせて推理します。

 僕らに課せられた使命は、異変が起きている箇所を、たとえば逆さまで吊られているてるてる坊主を戻したり、北枕になっている枕を逆方向へ、と壊れたおもちゃを箱に詰めたり、そういう作業をさせられました。


 でも僕はやってしまったんです。

 ふすまから聞こえた地団駄を踏むような音でした。

 恐怖に思わず手を引っ込めて、鳥かごを落とした。かごの中にいた鳥が逃げ出すのがスローモーションのように見えました。

 

 館は赤い背景に、不穏な夕日が差し込む、不気味な世界に様変わりしました。そこにはさぎ、つるに似た鳥がいました。いままでいなかった第三者。そいつはルールブックをくわえていました。


 新たなルールが本から明かされました。


 追加ルール1、赤いカナリアを逃がした場合はどちらかを生け贄に捧げなくては出られない。

 追加ルール2、帰り道がほしかったら相手の名前を紙に書くこと。

 追加ルール3、ただしふたりが相手の名前を選べば無事に帰れる。

 追加ルール4、ルールブックは真実を明かさなくてもよい。


 さぎは本を拾おうとしていました。

 ふと目が合ったのはそのときです。

 じっとみつめてくる黒い目に鳥肌が立ちました。

 小首をかしげたあとで口にしたんです。

 あの子はおまえを裏切っている、と。


 背中にじっとりと汗をかきました。

 耳に吹き込まれた言葉が消えなくて、疑いだしたらあれもこれもときりがありませんでした。



【moment.A 深淵に続く回廊】

 その頃には探索の過程でスマホのバッテリー残量は心許ないものになっていたと思います。いくつかの危機を乗り越えた僕らですが、精神的に限界でした。

 彼女は眉間を寄せて僕の顔をうかがいます。なにかいいたげな表情だったと思います。


 突然、てん、てん、てん、てん、てんてんてんてんてんと異様な速度で、やけに大きな足音が迫ってきました。

 慌てて逃げる僕ら。

 彼女も顔をひきつらせていました。

 つよくつよく握った手。

 反射的に振り返ってました。


 板張りの床をみて、怖気立ちました。


 暗がりから続く廊下から足跡が増えていくんです、ぬれたようにそこだけほのかに黒くなって、床のしみ、それがどんどん近づいていて……。へ、部屋を変えても無駄でした。見えない何かが、たしかに僕らを追っていました。

 精神的に僕は限界だったんです、ほんとうです。もう無理で、っだから、だからもう僕には。

「■■■ちゃん、もう書こう?」としかいえませんでした。


 不思議なことに、相談してる間は世界から切り離されてるような感覚でした。さっきまでの足音も聞こえなかった。でもまたいつ始まるかも分からない。

 僕は、……彼女にっ、唯一の望みを提示したつもりでした。


 彼女は首を縦に振らなかった。


 目を見開いたまま、なにか叫ぼうとしていました。慌てて口を閉じると震えるからだで何を伝えたかったのか、必死の形相でスマホに打ち込んでいる様子でした。僕の耳には電子音が聞こえてきました。そのピコン、ピコンが、病院で終わりを意味する、あの命の音のように感じていました。


 画面に打ち込んでいた彼女が髪を振り乱して僕の視界をふさぎました。

 何度も何度もなにかを僕の前にかざすんです。

 でも僕はもう涙でみられなかった。

 いえ、本当のところは見る気も失せていたんです。


 怖かったから、ただただ。


 ついに暗くなる部屋。スマホの液晶が充電切れで切れたんです。

 彼女は腕をおろしました。


 僕らはつないでいた手をほどく。

 彼女は唇を噛みながら泣いていました。


 紙を広げた僕らの解答は。





 もう、いいですよね……ねえ、■■■ちゃん。


 彼女は何も選んでいなかった。さぎは嘘をついていたんです。いえそもそもさぎなんてなにもしゃべってなどいなかったのかもしれません。あれは僕の幻覚で……、いえ、たしかなことはわかりません。ルールブックあったはずの、真実を明かさなくてもよいという言葉。それってつまり嘘をつくのも自由ってことでしょう? ですよね、ねえ? だ、だっ、だからあれを僕は真に受けて……それで。そんな僕なのに、あの子はずっとずっと真実を教えてくれていたんです、迫る危機から何度も救ってくれていたのにっ、僕は疑い続け、結果、偽りの言の葉を信じた。





【epilogue2】

 案内役の彼女は旅人役の僕を、いえ僕と一緒にあのおかしな世界から帰ろうと必死だったんです。

 おとりになった彼女がどうなったか、僕は知りません。ただ、館を出た僕のもとにふらりと訪れた小鳥はいいました。


 赤い赤いカナリアが、狂ったように鳴くんです。

 あの子の声で、たすけて、と。

 耳障りな声で。


 あの館の正解がなんだったのかなんて知りませんよ……もう、忘れたいんです。

 一時は探しましたよ、そりゃ。なにかひとつでも手がかりがあればと思って。でもあれから黙鳴館の雑誌はどれだけ手を尽くしてもみつかりません。

 だから、あああ、もう、彼女のことも、っ、思い出すのもつらいのに、なんでインタビューなんか! なんなんですか、あなたたち。僕は、早く、楽になりたいだけなんです!


 ……。

 すみません、取り乱しました。もうおわり、そうですか。……ああ、そうそう。最後に言い忘れていたことがあるんです。

 時折、窓辺にからすが止まるんです。僕にはその鳥が今も赤い色をしたカナリアにみえて仕方なくって……。


 え? ああ、はい。伝えたいことですか、えーっと、こどもたちへの注意喚起……。ええ、はい。ではお願いします。どうか僕らみたいなことに、っ、ちがう。

 あの子みたいになって・・・・・・・・・・だれかがあっちに連れていかれないように。

 お願いします、ぜったい、これ見ても手を出さないように、って。どうか、……どうか。









【prologue】

 雑誌が教卓の上に載っている。

 中をのぞく少年少女。


 『黙鳴館の赤い小鳥』とは、館は囮を求め、手法をこらして生け贄を迫り、捧げる選択肢を選ぶと現れた鴉によって相棒は連れ去られてしまうという都市伝説。捧げた者は白鷺が出口まで案内するが、後日相棒の遺言が赤いカナリアによって届けられる。カナリアは最期の瞬間のことばを吐き散ラすと書かれている。


 少年と少女がさらにページをめくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黙鳴館の赤い小鳥 月岡夜宵 @mofu-huwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説