熊のキーホルダー
翠雨
第1話
ピーンポーン
オートロックのマンション。入り口でインターホンを押すと慌てた男性の声で、「早くきてください」と招き入れられた。
「お待ちしておりました。こちらです」
玄関の前で待っていたのは、スウェットを着た30歳くらいの男性。
「若い徐霊師さんだと聞いていましたが、高校生ですか?」
「一応、大学生なんです。宇津木
頭を下げると、
「大学生なら、十分若いですよ」
と、よくわからないフォローをする。
玄関を開けると、
「あの、お願いします」
と、自分の部屋に入ってきそうにない。
「説明してもらわないと、徐霊できません」
咲花は徐霊師の卵。割りのいいバイトだと思っている。
徐霊師の家系ではあるがあまり能力は高くないので、色々な道具を駆使することで、徐霊師として働いている。
「自分の部屋ですが、怖くて入れないんです」
咲花に比べて、遥かに年上の男性の言葉とは思えない。
「ここでいいので、何が起こっているか説明してください」
「リビングのテレビの横に、思い出の品が置いてあるコーナーがあるんです。そこに、捨てても、捨てても、熊のキーホルダーが戻ってきてしまうんです」
「じゃあ、お願いします。僕を見はなさないで下さないでね!!」
そういうと、玄関を閉めてどこかに行ってしまった。
住人のいない他人の部屋にいると変な感じがする。
言われた通りにリビングに行き、思い出の品コーナーを確認すると、有名テーマパークの熊のキャラクターが二体。
咲花は、荷物の中からランタンを取り出して、その中の蝋燭に火をつけた。
霊が見えない咲花が、霊をみることができるようになる蝋燭だ。作るためには12時間ほどかかり、効果は3分ほど。霊が見えているうちに、徐霊しなければならない。
蝋燭の炎が揺れて、となりに青年の霊が現れる。
はじめての仕事のときに、咲花に取り憑いてしまった霊だ。
部屋の中を見回してみても、青年の霊以外は見当たらなかった。
「ねぇ、咲花ちゃん。このお仕事、やめたらぁ??」
気だるそうに、部屋の中を歩き回りながら話しかけてきた。
「でも、依頼主さん、困ってたから」
「そんなの、あいつの自業自得じゃねぇ~?」
咲花と違って、彼は霊なのだ。霊同士が話すのに、蝋燭などいらない。今までも徐霊対象に勝手に話しかけて、話を拗らせていたことがあったので、蝋燭をつけるまでの間に、この部屋にいた霊と話したのかもしれない。
「そういえば、ねぇ、あなた、お隣さんになんかイタズラした??」
数日前、隣の住人に、このアパートは事故物件ではないかと言われたのだ。
「へ? なんの、ことかなぁ~??」
わざとらしい返事に、咲花は確信する。
「ねぇ、ちょっとぉ!! 私が住めなくなっちゃうでしょ~」
「だぁって、あいつ、驚くと跳び跳ねて、ホントに面白いんだ~」
「やめてよね。アパート追い出されたら、行くところなくなっちゃう」
「う~ん。咲花ちゃんが困るなら、もう、しないよ」
「絶対だよ。・・・・も、しかして……、孝くんにも何かした??」
同じ学科の男の子だ。孝くんが咲花のことを気持ち悪いと言っているのを聞いてしまい傷ついていたのだが、つい先日、謝罪のメッセージが届いたのだ。そこには、咲花に近づこうとすると背筋がゾクゾクして気持ち悪くなると書いてあった。さらに、うっすら霊感があるらしい孝くんは、咲花に悪いものが取り憑いているんじゃないかと心配してくれたのだ。
「え?? だって、あいつ、イケメンだし??」
「意味がわからないから」
「面白くないじゃん??」
「だから、意味がわからないから。とにかく、私の回りの人にイタズラしないで。大学通えなくなっちゃう」
「別にバレないでしょ~」
「あなたが私に憑いているのが、何となくわかる人がいるみたいだから、やめて。じゃなかったら、人のいない山奥とかに・・・」
咲花が言う台詞が予想できたのだろう。遮るように首を振る。
「あぁぁ~。ヤダヤダ。山奥なんかにいても面白くないじゃん」
「じゃあ、おとなしくしてて」
「だって、面白くないんだもん」
「勝手に、テレビつけてみてるじゃん」
「そういう、面白さじゃなくって~」
「じゃあ、なんなのよ」
「だって、咲花ちゃん、普段は俺と話せないでしょ~」
「それは、仕方無いよ」
徐霊師としての資質がないのだから。
「仕方無くないと思うけどなぁ~」
「ちょっと、あなたたち!! 二人だけで仲良くはなさないでよね!!」
「あっ!」
「いつから、いたんだよ? せっかくの咲花ちゃんとの会話、邪魔するなよな~」
あぁ、また拗らせそう。
「はぁ~?? あなた達は、私を探していたんじゃないのぉ??」
「はっ?? 俺は、どっちでもいい~!」
咲花は、二人の霊の間に体を滑り込ませた。
「もう!! 少しは、はなさないでいられないの?
もう、少ししか時間が残っていませんが、お話聞きますよ」
「ふ~ん。まぁ、いいけど。
あいつったら、私の元彼なのよね~。
私の誕生日に『私を離さないでね』ってお願いしたら、『絶対にはなさない』って約束したのに、あの男、その舌の根も乾かないうちに、私の妹に手を出したのよ。妹は迷惑がっていたけれど、信じられる?? まぁ、そのあと私は死んじゃったみたいなんだけど」
死んでしまうと生前の記憶が曖昧になるらしいから、彼女は覚えているほうだろう。死んだ理由は、自殺だったのか事故だったのか、本人としては「私の性格で自殺はないと思うのよね~」と呟いている。
「だから、あいつ困らせておけばよくない??」
青年の霊が、ソファーに寝転がって大あくびをしている。
「そんなわけにはいかないし。これ、戻ってくるって困ってるのよ」
熊のキーホルダーを一つ手に取ると、
「はなさないで!!」
「これ、大事なの?」
「二人で、お揃いにしたの。だから、隣に並べておくの」
「そっか。
でも、あんな男、忘れた方がいいよ。次の恋ってやつね。あなたの時間がもったいない」
「うむ~」
もう少しで蝋燭が燃え尽きてしまいそう。早く徐霊してあげないと。
「じゃあ、徐霊するよ。来世は変な男に捕まっちゃダメだからね」
荷物からお札を取り出して、ペチッと女性にはると「まぁ、それも悪くないかもね~」と消えていった。
「咲花ちゃん、優しすぎ~」
「彼女には、新しい人生が待っているんだから」
と、呟いてソファーのほうを見たが、青年の霊はもう見えなかった。
ランタンの中の蝋燭が消えて、細ーい煙が上っていた。
熊のキーホルダー 翠雨 @suiu11
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます