出ると噂の小路にて

黒味缶

出ると噂の小路にて

 俺の住んでいる街には、心霊スポットがいくつかあるらしい。

 路地裏を抜けた先の廃墟となったアパートに明かりがついてるのを見たとか、化かしてくるタイプのやつが出てくる神社があるだとか、橋の下の祠は動かそうとすると怪我人が出るだとか。

 そんな心霊スポットもりもりの住み慣れたこの地に、最近新たな心霊系のうわさが流れだした。


「なあなあ。大山ちゃんって、心霊スポットとか詳しかったよね?」

「んー、近づきたくないからある程度は調べてるってぐらいですね」

「団地が密集してるあたりの小路の話って、知ってる?」

「最近になって『出る』って言われるようになりましたね……もともと近寄る用事もないし、それ以上は知らないですけど」

「そっかー。あ、お礼にこれあげる。缶コーヒーの甘いやつ」

「コーヒー苦手なんでいいです。 そうそう、面白半分で心霊系の話題するのやめといたほうがいいですよ。割とマジで喋ってると寄ってくるんで」

「マジ?こわぁ」


 オカルト系の話題に強いらしい大学の同期に噂について聞こうとしても、碌な情報は入らなかった。

 さて、俺はどうするべきだろうか?突き返された缶コーヒーを飲みながら、数日前に聞いた「はなさないで」という声の事を思い返す。



 その日の俺は、酒盛りをしていた。サークルの仲間で集まって、つまみと酒を持ち寄る安い飲み会。バカ話をしてグダグダになるまで飲んで、眠くなった奴から寝る。そんな適当な集まりだった。

 俺はこういう時は深夜までずーっと飲み続けている方で、この日は俺と同じタイプのやつもそこそこいた。


「つまみ足りなくね?」

「余裕はなさそうだなー、誰か買い行ってくれよ」

「ジャンケンで決めようぜジャンケン」


 俺は公平なジャンケンで見事に負け、他の連中から小銭をじゃらじゃら預かって一人外に出た。

 この日場所を提供してくれたやつの家と最寄りのコンビニは、明るい道を選んで歩くとそこそこ距離がある。そこで酔っていた俺は、団地のあたりの小路を通れば近道だったはず!と思ってしまったのだ。


「うわー、暗ぇー」


 深夜も起きている団地の住民のおかげで目が効かないほどの暗闇ではなかったが、それでもその道に入ったことを後悔する程度の暗さだった。

 それでもスマホの画面から出る光を使いながら、団地の隙間を縫うように小路を歩いている最中、異変が起きた。

 丁字路に入る直前、スマホの画面が暗くなった。

 そしてポケットに入れて暖を取っていた左手に、ひんやりと冷たく小さな手が繋がれた。

 ぎょっとして左後ろ側をみると、青白い顔をして透けた子供がいた。


 ――はなさないで


 子供は唇に手を当てる仕草をする。ポケットに入っているはずの手が、強く握られる。

 二重の意味での「はなさないで」だという事は理解できたが、混乱していた。

 明らかにこの世のものではない奴の言う事を聞くべきかどうか、俺には判断ができずにただ硬直するしかできなかった。


 ォォオオ オ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛!!


 急に暗かった道にバカでかい音と強い光が差し込んできて、俺は自分が向かおうとしていた丁字路を見る。

 この道幅では通るはずもない巨大なデコトラが、怨念を叫ぶような轟音を立てながら通過していた。


 ――はなさないで


 再び子供の声が聞こえて、俺は後ろ側にぐいっと引かれるような感覚を覚えた。

 息ごと止めてしまって声もだせないままに尻もちをついて、気づけばもうお化けの子供も、殺意に満ちた巨大デコトラも居なくなっていた。


 そうして呆然としているうちに、空がだんだん白んでいった。

 俺は慌てて買い物を済ませたが遅くなった理由を説明できる気がしなかったので、少し道の端で寝てしまっていたのだと仲間に嘘を吐いた。



 多分だけど、俺は子供のお化けに助けられたんだろう。

 物理を無視して小路を走れるトラックなんだから、音をたてたら気づかれてはねられていただろう。子供が引き留めるように手を握ってくれなければ、むざむざその進路上に出てしまう事になっただろう。

 だから、あの時あの子供の言う事を聞いたのは悪い事ではなかった。


 ……けれど、その後助けてくれた子供のお墓参りにでもと思った時にある事に思い至った。

 もしかして……今も、はなしてはいけないのだろうか?あの場面で話さないのも、手を離さないのもわかる。けど、その出来事が終わった後、それを話すのもダメなんだろうか?

 重ねて言われた「はなさないで」には、そのような意味もあるんじゃないだろうか?



 手掛かりになるかと思った噂は、大した情報にならなかった。

 考えの甘さを苦く思ったせいか、普段飲んでるはずの缶コーヒーの甘さがなんだか嫌味に感じた。

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